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いぬがしゃべりました ⑭【人命救出】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

第14話>「人命救出」


「あれ?」

リビングのソファで寝ていたはずなのに、サトーさんがピクリと頭を掲げ、怪訝な顔をしている。

「なに?どうしたの?」

天を衝くように鼻を突き上げ、窓の方をヒクヒクしながら、

「ドッグフード…」とつぶやく。

「ん?お腹すいた?」
「…熱している…珍しいな…。」
「なに言ってんの?」

私の問いにも答えず、表情を曇らせる。

「あれ…?ちょっと待って…。」
「どうしたのよ。」
「大変だ!こっちに来て!」

玄関から外廊下に飛び出し、前脚で非常階段のドアを指す。「開けて!」

「なになに?どこ行くの?ダメよ勝手に出歩いちゃ。ね、ドッグフードがなんなの?」

階段を駆け降りて、「こっちだ。」と廊下を走り、203と書かれたあるお宅の前のドアの下をクンクンしたかと思うと、

「桃々ちゃん、ここピンポンして。」
「ちょっと、ちょっとなによ。いきなり。」知らないお宅にピンポンして出てきたらどうすんの?
「いいから。」
「えーやだよ。」

「じゃ、いいよ。」
ピョンと飛び跳ねて呼び鈴を鼻で突っつく。

”ピンポーーーン”

「わ、わ、わ、勝手になにやってんの!」

緊張しながらインターフォンに耳を澄ます。
「…………。」
反応がない。ちょっとホッとする。

「ほらね。留守みたいだよ。」
「もっと押して。」
「えっ、なによー。なに?なんなの?理由教えてよ。」
「じゃ、また僕やるよ。」
「しょうがないなあ。」

"  ピンポン♪、ピンポン♪、ピンポン ♪ "

身を低くし、ドアの隙間に鼻と耳を近づける。
「…やっぱり…。」

ん?なにが『やっぱり』なの?
サトーさんはゆっくり深く息を吸い、そして叫んだ!

「火事だー!火事だー!誰か!助けて!!119番!!」

「ちょ、ちょ、なんなの?なに?火事って…。本当なの?」
「嘘だよ。」
「げ!ダメでしょ、あんた!」
「時間がない!これが一番手っ取り早いんだ!」
「なに?てか、しゃべっちゃだめでしょ!誰かに見られたらどうすんの!」

狭い廊下なもんだからモメる声も響き渡る。
気にせずピョンと飛び跳ねてお隣の呼び鈴を鼻で突っつく。

” ピンポーン♪ ”

「火事だー!火事だー!119番!」
「ちょ!サトーさん!なにやってんの!?」

さらにそのお隣、またお隣も器用に鼻で次々押し始めた。
「待って待って!ダメダメ!」
制止しようとする私のお尻をガブリ!「ギャー!」

「聞いて!」
サトーさんはキッと私の目を見て言った。
「中に人が倒れているんだ!!」

えっ!?

その時、” ガチャリ! ”
すぐお隣の204号のドアが「はぁい。」とのんきに開いた。

その瞬間、サトーさんはするりと住人をかわして中へ飛び込んだ。
「きゃあ!犬?」と驚く奥様をよそに一気に部屋を駆け抜け、
あっという間にベランダから隣のお宅に跳ね飛んだところで姿が消えた!

私の「す、すみません!お隣が、あの、火事みたいで…。」という言い訳も待たずに、匂いのする203号のドアの中から『カチャン』とロックが解除する音が響き、そしてカリカリ爪を掻くサトーさんの音が聞こえた。
思わず反射的にドアノブを掴み、思いっきり開くと、サトーさんがぶわっと飛び出してきた。

「あれ?あんたどうやって?…」

すぐさまサトーさんがアゴで指すと、
開いたドアの奥の部屋に…、何かが横たわるのが見えた。

「はっ!?」

人だ!うつ伏せに倒れている!
爽やかな青いボーダーのTシャツだが、乱れた白髪交じりの髪の間から、皺の頬をのぞかせるおばあさんらしき姿。

あっけにとられた隣人には聞こえないように、サトーさんがこっそり私の耳元で叫んだ。

「まだ息がある!脈も弱いけど無事だ!」 

マンションの廊下にはたくさんのホースが引き回され、慣れた様子で行き交う消防隊の人たち。こんなに人でごった返す廊下は見たことが無い。
倒れていたお年寄りのご婦人は、救急隊に運ばれていった。消防隊員によると「一酸化炭素を吸って倒れてしまったようです。原因はおそらくガス機器の不完全燃焼。もう少し遅かったら大変なことに…。命には別条が無さそうで良かった。」
隣人たちからは私に対して「なんで気づいたの?この階にいたの?」とさかんに尋ねられた。アワアワしてたら、駆け付けたママが察して、
「ワンちゃんが吠えてくれたんですよ。ね、桃々。」とごまかしてくれた。


日も暮れたベランダ。
マンションの下に集まった消防車が帰っていくのを眺めながら、サトーさんに訊いてみた。

「あんたどうやって気づいたの?」

「ドッグフードさ。」サトーさんはさらりと答える。

「だからそれが何よ。」
「毎日、夕方になると近所の夕食を準備する匂いがする。それも、マンションのたくさんのお宅から。」
「まあね。」
「あの時、お年寄りのお宅の位置からは、最初は豆腐とさつまいもの熱する匂いがした。それとニンジンなどの野菜とヨーグルト、オリーブオイルを少々。」
「そんなのどこの家なのか嗅ぎ分けられるもんなの?」

ベランダから見下ろすと、ずらり多くの窓から灯りが見える。

「わかるさ。この棟くらいなら。」
「すげ。さすが人間の1万倍。」

「それと…加熱されるドッグフード。」
「ドッグフードのどこが変なの?」
「あの部屋では犬を飼っていないはずだから。」
「知ってたの?」
「臭いでね。変だなって思ってたらそのあと追いかけるように、わずかなガスの匂いとお鍋が焼き焦げた匂いがした。だから確信したんだ。」

密閉したマンション。お隣も全く気付かなかったのに、1階上にいたサトーさんはその嗅覚で異変にいち早く気付いた。しかもピンと立てたその耳は、中で倒れているご夫婦の苦しむ息遣いをドア下のすき間から聞き取っていたのだ。

その時、サトーさんは考えた。
中で人が倒れていることを訴えても、確証がない限り迅速に対応できない。だから「火事だ」と叫んで、まわりの住人たちの危機感をあおり、ドアを開けさせ消防車を呼ばせた。
「同時に救急車も来るしね。」
「あんたそこまで読んでたの。」

「とにかく、」後ろ足で首をかいて「おそらくあの部屋に住んでいたご婦人は、元々犬と暮らしていたようだ。けど、今は犬はいない。」

「なんでわかるの?」
「部屋の中に日々の生活臭はした。でも、犬の匂いは新鮮じゃなかった。部屋や家具に染みついた経年を感じさせる古い匂い。」

「でも、ドッグフードの匂いがしたんでしょ。」
「だから変なのさ。犬はいないのに、ドッグフードを加熱する必要があった。何か特別な理由があったんだろう。」

「特別な理由って?」
「それは分からない。」
「あんた探偵みたいね。」

サトーさんの予言は当たっていた。答えが分かったのは、その翌日のことだった。



次の日。おばあさんが、お礼を言いたいと我が家を訪ねた。

「飴宮と申します。この度は助けていただきありがとうございます。ご迷惑をおかけしまして、なんとお詫びしてよいか…。」

体を丸めるようにお辞儀した。プレミアムドッグフードを淡い紫の風呂敷にきれいに包んで、大事そうに抱えるおばあさん。普段から身づくろいに気を遣っていそうな上品なご婦人のようだった。

サトーさんは関心なく寝たフリをしているけど、ドッグフードの香りを早くも察知して、尻尾はブンブンふっていた。素直じゃない。

ママが受け取りながら、
「どうぞ狭いところですけど、よかったら…。あっ、同じマンションだから同じ間取りですね。すみません。」
「いいんですよ。」皆で笑った。
「検査で何ごともなくて、よかったですね。」
「ええ。おかげさまで。」

おばあさんは、サトーさんの頭を優しく撫で、
「命の恩人だね。ありがとう。カワイイねえ。なんて言うお名前?」
「サトーさんと言います。」ママが緑茶の缶を開けながら答えると、
「あら、立派ないいお名前。」

サトーさんは、サービスで普通のイヌを演じて「ワン」と鳴いてみた。

「あらあら返事したわ。お利口なワンちゃんだね。うちの " ウイロウちゃん " みたい。ちょっと似てるかも。」と笑った。「私もワンちゃんを飼っていたころがあってね。” 宇井郎 ” っていうのよ。死んだおじいさんとのあいだに子どもがいなかったから、息子のように大切に育てていたの。2年前に死んじゃったんだけど。おじいさんもね、あまりに寂しくて後を追うように先月…。」

おばあさんの話によると、あの日は『イヌ用ケーキ』を焼いていたそうだ。
スポンジ部分はドッグフードと豆腐とサツマイモを練ったベース。それに細かく切った野菜を混ぜてフライパンで焼いたもの。トッピングのクリーム代わりに無糖ヨーグルトを載せる。サトーさんが言い当てたとおりのレシピだ。その調理中の一酸化炭素中毒だったらしい。

「あの…」聞いていいのかな。おそるおそる、「ワンちゃんが、いないのにどうして?」

「昨日が誕生日だったの。宇井郎のね。」

一年に一度、宇井郎君の大好きなケーキを焼いてお祝いをする行事だった。
宇井郎くんが亡くなってからも、イスを用意して愛する息子の誕生日をおじいさんと祝っていた。先月おじいさんが亡くなってからは、誰もいないイス2脚を並べて食卓を囲む、そんな大切な日だったのだ。

「犬でもね、愛情をもって育てると、我が子のようにいとおしいものなの。毎日、私たち夫婦の話題は、その子が何をして遊んだとかそんな話ばかり。私たちには子どもがいなかったから本当の子どものようにね。成長を見るのが楽しくて。」

目を細めサトーさんの背中を撫でる。
サトーさんはすまして寝そべり、耳だけ動かして話を聞いている。

「ただね、人間の子どもは自分たちより長生きしてくれるけど、犬は命が短い。私たち年寄りよりも、犬の方が先に逝ってしまうの。我が子が先に逝ってしまうなんて、本当に辛いものよ。でも、悲しいだけじゃない。感謝しているの。素敵な思い出ばかりよ。私たち夫婦の人生を豊かなものにしてくれた。」

サトーさんだってそうだよね。あなたは私たちより人生が短い。この時間を大切に思ってくれるかな。何を思うのだろう。私たち家族と一緒に暮らす。その時間を幸せに感じてくれているのだろうか。人間と犬の関係って何だろう。

おばあさんはスマホを取り出し、お年寄りらしい不慣れな指の操作で、愛犬の写真を嬉しそうに私たちに見せてくれた。
「この子です。もっと話をしておいたら良かった。もっと優しくしておいたら良かった。」凛々しい我が子の姿を見直しながら、「もちろんそうしていたはずなんだけど、もっともっとって、そう思うのよね。もしも毎日そう思えたなら、誰にでもやさしくなれる。人生ってその積み重ね何じゃないかと思うの。」

飼い主って、こうやっていつまでも思い続けているものなんだね。
おばあさんは熱い湯のみを、美しい皺が刻まれた小さな手で大切そうに包んですすった。

「あなたたちは、サトーさんに対しても、ご家族同士にもそう思ってね。相手をいとおしく思えるわよ。朝起きたとき、家を見渡せば家族全員が元気でいてくれている。そんな幸せはないと思うの。明日の朝起きて、かならず同じ日が来るなんて…誰一人欠けていないなんて、誰にも言い切れない。保証はないものね。」微笑みながら私たち一人ひとりの顔を順に眺めた。

そうだよな。タル兄ちゃんも。もっと話をしておけばよかった。もっといろんな思い出を作っておけばよかったもんな。
パパとママの顔をチラッとうかがうと、黙って聞いていた。ママだってパパにわだかまりがあっても、本当は相手のことが大切なはず。心配なはず。

サトーさんも目を閉じながら寝たフリで話を聞きこんでいる。

「ワンちゃんを可愛がってあげてね。」と、おばあさんは階段を下りながら何度もお辞儀をしながら帰っていった。

サトーさんは見送りながら、
「どこかで嗅いだような…。懐かしいような不思議な香りのする人だったな。」とつぶやいた。

「確かに一緒にいるだけで癒されたね。」

「それだけかなぁ…。」

サトーさんの引っ掛かりはあながち間違いではなかった。おばあさんとの意外なご縁を私たちが知るのは、もう少しあとのことだった。

「そういや、あんたあの時私のお尻噛んだでしょ。」
「一刻を争う緊急事態。やむを得ない。あんまり美味しくなかったけどね。」
「いちいち腹立つ。」

憎たらしいことを言ってるけど、おばあさんの話しに何かを感じたのだろうか、この夜は久しぶりに私の布団で一緒に寝てくれた。

私にもたれかかるように背中をあずけてくれる。

「ありがと、サトーさん。」

「誤解しないで。くっつきたいわけじゃないよ。こうやって身を寄せて眠るのは、群れでかたまって外敵から身を守るオオカミだったころの習性にすぎないから。」

素直じゃないけど、

「うん、ありがと。」

久しぶりにやっと温かい気持ちになれた夜だった。




(つづく…)


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