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小1の壁|フルタイムは無理?新1年生の期間を振り返って思うこと。後編


後編

前編の続きです。
前編はこちらから↓

長男が行きたくない理由について

原因がよくわからなかった。

担任の先生にも連絡ノートや電話で伝えたが、
どうも長男は教室に入って終えばとても楽しそうに、
今までと変わらぬ姿をしていると。

みんなにも人気で、行きたくないという理由が全くわからないと言うことだった。

本当に?見えてないところでいじめられてたりしないのか?
とも思った。

そんな不安と、疲弊と、イライラが見えたのか、
いつも玄関で泣きじゃくる長男を迎えてくれた先生が、
スクールカウンセラーの方との面談を勧めてくれ、夫婦でカウンセリングを受けた。


カウンセリングを受ける

初回カウンセリングの日。

スクールカウンセラーの先生も、
何度もさりげなく様子を伺って見てくれたようで報告を受けた。

学校ではすごく楽しそうにしているし、
そこら中で名前を呼ばれて楽しそうにあそんでいる。
何かわからないことがあれば6年に会いに行って、皆に教えてもらってと、
本当に学校はたのしそう、とのことだった。

勉強の進捗も問題ないし、学面での不安も見られないとのこと。


アドバイスをもとに、定期的に長男にヒアリングも実施したが、
結局出てくるのは、
朝離れるのが寂しい
との回答のみ。

声かけを変えてみたりしながら、
何度かカウンセリングを受けた。

その都度、家庭の状況や、今までの長男の様子を先生とも共有した結果、
やはり、本人が最初に言った
寂しい
が根本理由なのかな、と確信。

先生とも、
学校を休ませる必要がある感じではない(距離を置かない方が良い)
なんとか付き合っていくしかない
と意識を変えることができた頃には、
あっという間に2ヶ月が過ぎていた。

ちょうど三男が1歳にもなり、
汗も全くかかなくなった頃だった。

私は、
登校班でいく?
とも聞かなくなっていたし、
長男も、当たり前のようにみんなで学校に一緒に行くようになっていた。

ただ、学校の門までは普通に行っても、
下駄箱のところでもじもじしたり、バイバイまでに時間がかかる日があったり、
先生とノリノリで去っていく日もある、
という状態で。

正直、時間がよめず、私の仕事の開始時刻は1時間遅らせて対応していた。

三男のタスクまで追加されてよりカオスに

同じ頃、
三男が定期的に通院が必要にもなってしまい、
毎週1回、午前中が通院DAYになってしまう。

私は、完全に毎日8時間働くことがギリギリになっていた。


小1の壁

フレックスを利用して、昼間に4時間、子供達を寝かしつけたあと4時間。

制度上は問題なくても、
上司は気にするなと言ってくれても、
常に気まずい思いをした。
何度も、辞めたいと思った。

辞めてしまえば、子供ともっとゆとりを持って向き合えるのに。と。

これが、小1の壁だったと、今になって思う。

結局どうしたのか

ただ、家計的にも、辞めてしまっては、完全に赤字の我が家。
やめる選択肢はなかった。
夫にせめて時短に替えたいと言っても、
できてるんだから続けてくれた方が嬉しいと言われてしまった。


結局、自分のための時間は全て削れるところは削って、
仕事と家事と育児に回すしかない。


ほぼ、寝ない日もあった。
1時間睡眠が続く時もあった。
それでも、なんとかこんな生活を数ヶ月も続けてこれた理由はただ一つだった。


私が仕事を続けられてきている理由


業務上は、
自分のタスクを問題なくこなし、
月の総勤務時間が足りていれば、問題ない職場だったため、
なんとか仕事上は問題にならずに済んだ。

これが別の業種だったら、一発で無理だったかもしれない。
なので、一般的に小1の壁はとても大きいと思う。

それでも、こんな自由がきく職種でも、圧倒的に過労の状態だった。
それでもなんとか私が仕事を続けたれた理由。

それは、
長男と、子供達全員と、
ゆっくり朝話をしながら学校に行けるのは、今しかない
長男も家族が大好きで寂しいって言ってくれているうちにこの時間を楽しもう

と思うようにしたからだ。

発想の転換。

それまでは、
なんで他の子は1人で登校班でいけているのに。
こんな毎朝送迎しないといけないんだ。
この時間さえなければ・・・
と思ってしまっていた。

でも、一緒に行くのが当たり前になってから、
少しずつ、長男が泣く日も無くなっていた。

毎日テンション高く歩いて行くようになっていたし、
しばらくもじもじする時間があっても、
玄関でバイバイができたり、
教室まで一緒についてきてくれたら大丈夫、
とすんなりバイバイができる日も。

長男も少しずつ成長していた。

そんな成長を少しずつ間近で見ているうちに
長男が寂しいと言ってくれたのはラッキーだったのかも
ありがたいことに堂々と仕事を調整して、
こうやって毎朝30分、一緒に話をして登校できるのは贅沢かも
と思うようになった。


自分が話さなくても、
ただ子供たち同士が話しているのをきくのも楽しかった。

今日の楽しみなこと、楽しかったこと、
勉強の話、友だちの話、6年生の話、今度の休みの話・・・


前編の理想的なスケジュールを見れば分かる通り、
実は毎日で子どもと話ができる時間はとても少ない。

ながら作業で聞いていることもある。

そう考えると、この歩いて送迎しているこの時間は、
とても貴重なモノに思えてきたのだった。


3学期になって変わったのか?


そんなこんなで2学期も終わり、
3学期になった。

玄関で迎えてくれていた先生には、
案外、
3学期になったらすんなり登校班でいくかもしれないですね
と言われていたが、長男はそんなことはなかった。

変わらず、
自転車に乗った次男と三男と、
それを押している私と
他愛もない話をしながら、学校にいく。

それでも、少しずつ変わって行った。

ぐずることがなくなったから、
始業時間には当たり前に間に合うようになった。

登校してきたお友達に囲まれたりしながら、
私と一緒に手を繋いでクラス前まで行き、
先生に挨拶してバイバイする。

そんな3学期だった。


もう私も夫も、毎朝
登校班でいく?とは聞かなくなった。

以前のように時間に追われるプレッシャーは無くなっていた。

長男は
こういうものだ
いう気持ちで。


仕事は、続けていた。
日中に必要な連絡をして、
スケジュール遅延を起こさないように気をつけていれば迷惑をかけずに何とかやれていた。

時短も取れたが、
結局フレックスを利用して、仕事が間に合わないということもなかったので、
仕事量的に変えることはしなかった。

睡眠時間の問題は解決しなかったけど。

夫も、仕事が忙しすぎて、夜中3時まで仕事な日々でも、
夕飯と最低限の家事はやってくれていたし、
お互い、なんとか仕事は続けよう、だけど子供との時間は確保し続けよう、
という部分だけは一致していた。


結局、一年生の2学期から、
登校班で長男が1人で学校に行けたのは、
運動会の日と、
6年生が卒業する前日と、
3学期の修了式だけだった。


それでも、
毎日、帰宅した時は、
今日も楽しかった!と言って、
次の日も、ランドセルを持って、登校してくれたので、
なにも、問題はない。と今では思えている。


小1の壁とは

小1の壁の定義について


一般的に「小1の壁」とは、子どもが小学校に入学する際に、
親(特に共働き家庭)が直面する生活や仕事の負担増加の問題を指すという。

主なポイントは以下

  • 学童保育の課題:放課後の預かり時間が短く、親の仕事時間と合わない場合がある。

  • 時間の制約:学校行事や宿題サポートで親の自由時間が減る。

  • 生活リズムの変化:早起きや準備の負担が増え、家庭のルーティンが変わる。

  • 仕事との両立。フルタイム勤務の親が、短縮された保育時間や急な呼び出しに対応しにくい。



だけど、これって、
小1だけじゃなくて、
どこかのタイミングで誰に出来上がる壁かわからない。

朝、同じような親子が、
学年関係なく入れ替わり立ち替わりしているのをみてきたから。


振り返って

仕事との両立は本当に厳しかった。
ただ、
長男が、
「寂しい」「家の方が楽しい」
って言ってくれたからなんとか発想の転換ができて、
仕事を続けようと頑張ってこれたと思っている。


もちろん、会社の制度や、理解ある同僚たちに恵まれたというのも大きい。
そもそもフレックスでなければ、
時短一択だったしフルタイムの勤務は絶望的だっただろう。

それでも、、いくら制度が充実していても、
すぐに切り替えることは難しかった。

多くの子が集団でできていることを、
自分の子はできない、
というのを目の当たりにすると、
どうしても、なんで?どうして?
が出てしまう。


だけど、まだ小1。たった7歳。

それぞれ成長スピードは違うし、
いつどのタイミングで、ママパパは要らない!になるかわからない。

だから、一緒に行きたいと思ってくれてありがとう、って思うだけ。
ママ一緒に行こ
を今も聞かせてくれてありがとう、
って思うだけ。

たったそれだけで、我が家は乗り切れたように思う。

この先も、いつ何があるかわからないし、
何度も仕事との両立に限界を感じる時はあると思う。

だけど、その相手が、我が子なら、
その限界な時ですら、我が子との貴重な時間だと、楽しみたいと思っている。

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