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小1の壁|フルタイムは無理?新1年生の期間を振り返って思うこと。前編

前編

はじめに

我が家の長男が2年になって2週間がたった。

学童に預けているので、
学童にお迎えに行くと、
黄色い帽子を被った1年生の大群に遭遇する。
それを見るたびに、
「1年経つのは本当に早いな」と思う。

そして、同時に、
「なんとか、あの頃を乗り越えられて良かったな」
と思う。

我が子も、
今となっては毎日始業時刻に登校できているが、
私はこうなるまで何度も何度も、
『なんかもう全て辞めてしまいたい』
と思った。

そんな昨年1年間を振り返って、
大変だったこと
1年の壁はあったのかどうか
我が家が乗り越えた方法
について、まとめてみようかと思う。

きっと、半年後には、
頭から抜け落ちてしまっていて、
思い出すことも難しくなっているだろうから。

とてつもなく長くなるので、前編後編に分けます。

我が家の基本情報

軽くだが、昨年の我が家の状況をまとめておく。


ほぼ在宅だが、基本忙しく、夜中まで作業するのが当たり前


三男を爆誕させてから半年しか経っていない状態で
春から仕事復帰。ブランクは8ヶ月ほど。
復帰先は半年前と同じ部署。夫と同じく在宅。

長男
子どもの足で15分程度の距離の公立小学校に入学
学校併設の学童利用

次男
0歳の時から通う園で進級、年少

三男
兄たちと同じ園に4月から入園、0歳クラス


基本的な1日の流れ

我が家の場合、
小学校入学によってこんなスケジュールになった。
ざっくりだが。

6時  母起床、朝食作り(私)、
6時半 子供達起床、朝食
7時  夫起床、準備(私夫)、三男のフォロー(私夫)
7時半 登校班集合(長男)
8時前 保育園送迎(私)、キッチン片付けと洗濯(夫)
9時  勤務開始(私夫)
17時半 
一旦終業(私夫)、保育園と学童お迎え(夫)、夕食作り(私)
18時半〜20時 
夕食、キッチン片付け(夫)、掃除(私)、宿題(長男)、お風呂
21時  寝かしつけ(私)、必要であれば業務再開(夫)
22時  必要であれば業務再開(私)

こうなれば理想的で
朝も誰も遅刻しないし、
残業がなければゆっくりできる
寝かしつけ前に子供達と遊ぶこともできる。

フルタイム共働きでも在宅なら余裕なのか?

小1の壁といえば、
保育園に比べ帰宅時間が早く、
学童や見てくれる人がいなければ仕事ができない
というものが思い浮かぶかもしれない。

ならば、在宅なら壁はないと思われるかもしれないが、そんなことはない。

在宅なら、こどもを見れるでしょ?
いや無理無理。だ。

ハイブリッド型なら、
出社時メインで働き、在宅の時はゆっくり・・・
なんてこともあるのかもしれないが、
フルの在宅の場合、
サボっていたって業務は回らず、締まるのは自分の首だけだ。

出社していた頃と同じ作業量で、
変わったことは、対面で聞けたことをPCを介してやり取りすることくらい。
急に電話が来ることも変わらないし、
やっていることも変わらない。

そんな状況下で、
目が離せない乳幼児の相手をしながら、
抱っこや、お腹すいた、一緒に遊ぼう、
のコールを相手しながら、
泣き叫ぶ子を寝かしつけたり、おむつを変えたり、宿題を見たりしながら、
仕事が同じようにできるのであれば、

そもそも保育園なんてなく、
会社にこどもを連れて行くのが当たり前になっていただろう。


話は脱線したが、
そんなわけで、
我が家は当然のように学童に入ってもらったし
フルタイム共働きなので、当たり前に学童も、三男の保育園も決まった。

1学期の記録と、周辺で発生していた壁

振り返って思うと、
我が家の小1の壁は、夏休み以降に訪れた。

入学してから1学期はすんなりと進み、
概ねスケジュール通りうまく両立できていた。

長男も、
毎日が新鮮だし、お友達が増えて行くのも楽しい。
学童では遊んでいられるし、
幸いにも6年生がとても優しく、一緒に遊んでくれる。

おそらく、長男の中で、
家で遊ぶ<小学校の方が楽しい
の状態だったのだと思う。

周りには、
新しいクラスになれなくて、朝泣き叫んで学校に行かないと言って困っていた家庭もあった。

親が先生とうまくやれなくてスクールカウンセラーに話をしている家庭もあった。

学童で、加害が強い子がいて、馴染めず、
母親が仕事を辞めて学童も辞めた子もいた。

クラスでも、同じようにうまく行かない子がいて、
突き落とされた、叩かれた、物をとられたという子もいた。

毎日家に帰ったら叫びまくったり、チックがでたり、という子もいた。

だか、幸い長男は、
楽しそうに登校していたし、
家に帰ってもニコニコ楽しそうにしていた。

みんな、壁にぶつかっているな。。。
と思いながら、呑気な我々は
「気分転換に我々ができることがあれば何でもするよ!」
と遊びに誘ってたくらいである。

だから、我が家は、
「小1の壁はありがたいことに発生しなかったね。」
なんて言いあった。

1学期の頃しんどかったことといえば、
三男がやたら休んでいて、
私の仕事が日中で終わらず、
常に睡眠時間が3時間な日々だったくらいで。

三男の慣らし保育も問題なく終わったし(0歳は泣きもしないんよ)。

次男は、長男が保育園からいなくなって、
保育園行きたくない、
と1週間くらい駄々こねたくらいで、
そのあとは鼻くそ穿りながら登園していたし。

夫も、仕事の調整もちゃんとやってくれていて、
お互いスケジュール通り分担して、
スムーズに一日を終えられていた。

特に、新しい日常でも、すんなり馴染んだな
と思いながら、夏を迎えたのである。

いきなりきた「なんかしんどい」

そんな、呑気な1学期を終え、夏休み。
急に、しんどさが増してきた。

その原因は、二つ。

学童のお弁当問題
と、
長男まで送迎しないといけない
問題である。

学童は長期休み中は必ずお弁当の用意が必要だった。

先にも書いたが、
私もフルタイムで仕事復帰していたし、
三男はまだ1歳にもなっておらず夜中何度も目が覚める。

つまりは常に睡眠不足の中、
毎日お弁当を作る
と言うノルマが追加されたのだ。

これが、結構かなりしんどい。

メニューを考え、普段より30分以上早く起きて、
腐らないか気を配りながら作る。

そして、その足で、酷暑の中、
次男三男を自電車に乗せ、
長男と歩きながら学童に向かい、
学童に長男送迎してから保育園に送迎する日々が始まった。

ゆうに、1時間半は送迎にかかる様になった。

長男は夫に送って貰えばいいじゃないか
と思われるかもしれないが、
そうしてしまうと、私が送迎している間に、夫にやってもらっている掃除洗濯食器洗いが宙ぶらりんになってしまう。

そのため、結局登校班の時間に出発して
学童→保育園
と送迎していた。

これがかなりきつかった。

暑いし、重いし、常に時間が気になる。

三男なんて、自転車の前で直射日光を浴び続けて、
保育園に着く頃にはいつも汗だくになっていた。

もちろん私も。

なので、この頃は
次男三男はアイスノンを背中に挟み、
全員首にひんやりリングをつけ、歩いた。

それでも汗だくだった。

でも、これも1ヶ月半くらいの辛抱・・・
2学期が始まれば、
長男はまた登校班で行ってくれるし、
弁当もなくなって、いつも通りに戻る。。。
と思っていた。


2学期が始まり。
始業式の日、長男は1学期と同じく登校班で出発。
弁当こそあったものの、
徒歩送迎がなくなった事によって、
私も、おそらく三男も、かなりの解放感だった。

学校から帰ってきた長男も、
やっと学校が始まって楽しかった。お友達と。。。。と話をしたように覚えている。

誰も、次の日から、地獄が始まると、
思ってもいなかった。

魔の二学期と、突如現れた壁

長男の異変

始業式の次の日。
いつも通り、お弁当を作って渡し、
そろそろ集合時間だよ、
と伝えても、どうも長男が動かない。

何も発言しないし、着替えもしない。
迫る集合時刻。
私は焦った。
何度も声をかけ、夫も同じように声をかけ続けた。

あと何分だよ?
着替えないの?
弁当できたよ? 
一緒集合場所行こう?

それが、全く反応がない。
気がついたら、もう集合時刻。
急いで登校班は休むと連絡する。
学校にも連絡しないといけなかった!と、
慌てて書類を引っ張り出し、学校にも遅刻の連絡。

長男は、着替えてもソファーから動こうとしない。
そうこうしている間に、
次男三男の出発時刻が迫る。
というか、もう長男が登校班で行っていない時点で、私の遅刻は確定。

急いで、会社のスマホで連絡だけ入れ、
長男と話をする。

無視され続けて既に沸点をとうに迎えていた夫と私は、
かなり荒立っていた。

なんで無視するんだ?
どうしたの?
なんかあるなら言いなさい!

最低だよね、って思うけど、
想定外の出来事と、迫り来る遅刻フラグ、いついくか分からない不安に、
アンガーマネジメントなんてできなかった。

とにかく、小学校には行かせないと。

無理やり連れ出し、
再び学校まで歩いていく。
もちろん、残暑の厳しい酷暑の中を。

長男は、まだ泣いていたし、
次男と三男はいつもと様子の違う我々を見て、
無だった。

歩きながら、
おちついて長男と話をし続けると、
ちょっとずつ、話をしてくれた。

学校休みたい
寂しい
家にいたい
学校は楽しい、だけど、寂しい


何となくだか、
これは逆に学校を休んだらダメなやつじゃないか?
と思った私は、
大丈夫だよ
と声をかけ続け、
学校に到着。


同じように行き渋っている子が何人かいるようで、
玄関には、みんなのための先生がいてくれた。

長男は、まだ泣いていたし、動かない。
自転車に2人乗せたままだし、
長居をしていいのか分からない。

時間なんて、とっくに始業時間も過ぎていた。
私も遅刻。
保育園ですら、遅刻の連絡が必要な時間になっていた。

先生がランドセルを受け取ってくれ、
「手を握らせてもらえれば、あとはこちらで何とかできるので、手だけお願いしていいですか?」
と言われたのを覚えている。
ああ、先生も、色々ある時代なんだろうな、
と。

動かない長男の手を引っ張って、
先生に繋いでもらうよう手をわたし、
私は泣き叫ぶ長男にバイバイして振り返らずにさった。

慣らし保育を4回経験したことがとても役に立った
まさか小学校でもこのスキルを使うとは
と思いながら、
未練を投げ捨て、自転車を走らせた。

その日は、
なんか落ち着かず、常に焦っている感じのまま、仕事をしたことをよく覚えている。

学校で嫌なことでもあったのか?
今嫌な気持ちで、1人ポツンとしていたらどうしよう。。。。

帰宅後の長男について

長男は、いつもと同じように笑顔で帰ってきた。
楽しかった!とランドセルを放り投げ、遊んでいる。
学童も楽しかったようだし、 学校の先生から連絡もなかった。

本人に聞いても、楽しかった!としか言わないし、
朝のことを聞いても、
忘れた!と。

よくわからないけど、
気分の問題だったのかな?と自己解決し、
明日からはまた登校班で行ってくれると思ったのである。

しかし、これは勘違いで。

実際は、その後も毎朝の登校しぶりが続き、
2年になるまでの間、
登校班でいけたのは、
結局右手で数えれるくらいしかなかった。


悪いことは重なりがち

ちょうどこのころ、
最悪なことに、夫の仕事が激化。
常に夫は夜中回っても仕事をしないと間に合わない状態になり、
私がお迎えまでしないといけなくなった。

私は、どんどん疲弊していったし、
夫も、毎朝すごくイライラしていた。

毎朝送っていくたびに、
今日は1人で教室まで行ってくれるだろうか、
泣かずにいってくれるだろうか、
と不安だったし、先生方にも迷惑かけてすみません…と肩身の狭い思いをしているのに、
夫は家で家事していればいいから羨ましい
と思っていたし

長男に泣かれても、
次男三男がいると、
自転車から長時間離れていられない。
だから夫が少しでも早く起きて、
次男三男を保育園に連れていってくれてもいいのに、と言う不満もあった。

朝からとても体力気力を使い、
ひと息つくことなくPCの前に座って仕事する。
そして、いつもより早く上がりお迎え。
そこからまたひと息つく暇もなく、寝かしつけ後働く。
自由時間は無くなっているのに、勤務時間が足りなくなるスパイラル。

何度も、
何で私だけ?と思った。
そして、長男に対しても
楽しいなら皆と同じ様に登校班んでいきなよ…
と思ってしまっていた。。。。


後編へ続く。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

続きはこちらで書いています。




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