鉛筆58
読書をしながらメモを取る。
メモにはいつもの鉛筆を使う。
デッサン用にカッターで削った鉛筆。
初めてカッターで削ったもので、失敗してしまっていて、両端から芯が出ている。
ピタゴラス 紀元前570年
はそう言ったらしいです。
彼はこの世界の美しい秩序を人間が知ることで同じように美くしくなる。
そして数学を学べば、精神の浄化と解放される。
それは耳には聞こえない音楽が聞こえるが如く。
ソクラテス 紀元前469〜399年
死刑を宣告されても平然としていたらしい。
彼曰く
哲学とは
自分自身を知って「よく生きること」を求め続ける生き方の別名。
「知らないこと」は知らないのに知っていると思い込んでいる「無知」のことを探す旅である。
汝自身を知れ、本当の私は「魂」のことだ、私とは誰なのか、私の魂は私には謎である、この理由を探し続けるのが哲学。
とまあ、紀元前の歴史が今もなお語り継がれているだけで、まじ?って感じで私は疑ってしまう。
歴史は常に綺麗に語られるってイメージがあるけれども、もし、それが虚構でも、物語として面白ければ、それを信じる価値はあるだろうって思う。
プラトン 紀元前427〜347年
「愛とは」
「愛は常に盲目的である。」
ギリシャ神話 愛の神 エロース(欠乏の精神)
欠乏の精神とは
自分に何か足りないところがあるが故に自分とは違った相手を求める精神。
男女の愛より真理への愛。
お互いに欠点のある人間同士で欠点を埋めても
不足を埋められないから
真理を愛する。
愛とは哲学の別名である。
真理への愛とは
プラトニックラブのことである。
知っている言葉
プラトニックラブ
紀元前から語られたパワーワード、プラトニックラブ。
その時代なら皮肉っぽい感じを受ける。
もしかすると、彼はあんまりモテなくて、捻くれた挙句に哲学に逃げたのかも知れないとか思っちゃったりしました。
そして、そんな気持ちもわかる。
恋愛とかだるいから勉強に興奮を覚えるってのはわかる。
もしくは友情に走る、みたいな心理もわかる。
アリストテレス 紀元前384〜322年
「虚構について」
虚構(フィクション)…映画、小説、漫画、映画、テレビドラマetc,,,
プラトンは虚構を嫌っていたが、アリストテレスは大好きだったとのこと。
いや、プラトンさんギリシャ神話信じている。
善人は幸せ、悪人は不幸というのはあくまで理想であり、虚構である。
人々はそれを本当のあるべき世界だと、信じ求める。
虚構によって、人間はカタルシスを感じる。
カタルシスとは心の中に溜まってしまったネガティブな感情を解放(浄化)すること。
とてつもなく集中をしていたものだから、辺りは暗くなっており、急に大きな声が聞こえた。
「イッテえええええ!!!」
栗谷が何やら痛がっている。
手元を見ると、鉛筆の先端に血がついている。
僕は集中していてわからなかったが、彼が僕のメモを覗くように見た時に、彼の目に鉛筆の芯が刺さったのだ。
両端に鉛筆の芯を出していなければそんなことは起きないが、自業自得というのか、初対面にも関わらず、礼儀というのか、距離感というのか、そういった価値観が欠如しているから事故を起こす。
救急車が来た。
もう彼とは会わないだろう、そして会いに来ることもないだろう。
このことがきっかけで人との距離感や、礼儀というものを知ったらいいが、僕にとってはそんな気持ちを抱くことのないほどに関わりのない人間だ。
なあんて考えている時点でプラトニックラブなのかしら
だなんて思ったり、思わなかったり。
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