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🌠過去と未来を繋ぐ者たち 9

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  第9章:正義の狭間で

 嵐の中心にありながら、エルダは叫ばなかった。

 周囲では大地が裂け、生命の樹が悲鳴を上げ、空が黒く濁り続けている。だというのに、彼の唇から漏れるのは、怒号でも呪いの言葉でもない。肺の奥から絞り出すような、ひどく苦しげな呼吸の音だけが、不気味なほど鮮明に響いていた。その呼吸は、まるで鋭いガラスの破片を吸い込み続けているかのように、喘ぎ、震えていた。

 彼の内側では今、目に見えない巨大な天秤が音を立てて揺れ動いている。

「世界を完璧なまま守り抜く」と誓った若き守護者の誇り。
「崩壊を止めるにはすべてを停止させるしかない」と断じた、孤独な邪悪の決断。
 悲劇的なことに、そのどちらもが「正しい」と信じ、互いの喉元を締め上げているのだ。

「……止めろ。私を、止めろ」

 エルダの唇がかすかに動いた。それが暴走する自分への自制なのか、あるいは三人に向けた最後の「救い」を求める懇願なのか、もはや境界線は見えていなかった。

 突如、エルダの周囲に空間のひび割れのような光が溢れ出した。その光は、実体を持たないはずの「思念」を残酷なまでに鮮明に形作っていく。

 そこには、己のすべてを投げ出して世界を背負い込んだ、かつての白く輝くエルダの姿があった。そしてその影として、狂気に走り、静止した死による保存を求める黒いエルダが蠢く。

 二つの“正義”が、エルダ自身の身体を触媒にして衝突する。その凄まじい衝撃波が三人を襲った。

「来るぞ! 吹き飛ばされるな!」

 レオンが叫び、地を叩く。歪んだ正義の残響は目に見える刃となり、凍りついた風となって容赦なく襲いかかる。レオンはその一撃を黒曜石のナイフで受け流したが、刃がぶつかるたび、エルダの抱える「救えなかった命への後悔」「終わりなき責任感」が、レオンの心をも直接削り取っていった。

「レオン! 伏せて!」

 アルジェリーナが巨大な翼を広げて割って入る。彼女は飛ばない。かつて父がそうしたように、地を踏みしめ、重力に耐え、逃げ場のない嵐の中で“立つ”ことを選んだ。闇の風が羽根を引き裂き、鮮血が舞う。それでも彼女は黄金の瞳を逸らさなかった。

「いい加減に目、覚ませよ、エルダ!
あんたが守りたかったのは、こんな何も聞こえねぇ、死んだみたいに静かな世界じゃねぇだろ!」

 その言葉が、凍りついたエルダの瞳を一瞬だけ揺らした。だが、すぐに闇が光を覆い隠そうとする。

「……黙れ。私は……止めねばならぬ。この美しい瞬間に永遠の鎖をかけねばならぬのだ。
そうしなければ、また失われてしまう!」

 ホズミは、その凄惨な光景を痛ましそうに見つめながら、星図の石を強く抱きしめていた。未来で架けた虹の橋のエネルギーが、時空を越えて流れ込んでいる。だが、まだ足りない。パズルの最後のピースが埋まらない。

(力ではない。これは、武器ではない……)

 ホズミは自問した。自分たちはエルダを「倒すべき敵」として、あるいは「救われるべき弱者」として見ていなかっただろうか。それは、彼が独りで背負い込んだあの驕りと同じ根を持っていたのではないか。

「……エルダ様」

 ホズミは静かに、一歩前に踏み出した。

「あなたは、完璧な守護者である前に――わたくしたちと同じ、“ひとつの生命”です」

 返事はない。ただ、エルダの身体が僅かに痙攣した。ホズミはそっと目を閉じ、星図の石に宿る「七つの記憶」を呼び覚ます。

 赤の勇気、橙の誇り、黄の知恵、緑の信念、青の信頼、藍の静寂、紫の循環。


 それらは、彼が檻の中で忘れ去ってしまった「不確かな、けれど愛おしい生命の記憶」だった。誰かが一人で背負わなくていい。重荷は分かち合い、痛みは共鳴し、そうして世界は回っていくのだという証。

「……お願いします。
どうか、委ねてください。
あなたが独りで守ろうとした世界を、今度はわたくしたちにも、一緒に守らせてください」

 その瞬間、星図の石が温かな七色の光を噴き出した。その光は鋭い刃を溶かし、エルダの黒い身体を、真綿のように柔らかく包み込んでいった。

「……あ……」

 エルダの口から、幼子のような声が漏れた。心の中で激突していた二つの正義が、記憶の光に触れた瞬間、静かに崩れ去っていく。後に残されたのは、ただ一人の疲れ果てた男の魂だけだった。

「私は……」

 エルダの元に戻った碧い瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「……本当は、怖かった。
ただ、怖かったのだ。この世界から何かが失われていくことが。
私が、それを守りきれないことが……!」

 それは、彼が数千年もの間、一度として口にすることのなかった、剥き出しの感情だった。「完璧」という名の呪縛が解かれた瞬間だった。

 空の裂け目の中心に、一粒のダイヤモンドのような光が灯る。まだ世界には深い傷が残っている。だが、エルダの心は今、確かに救える場所へと帰ってきた。


エルダの呪縛がようやく解き放たれましたね!

次回は、
わし(ムヒ)のnoteだけが知っている😁


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