見出し画像

🌈虹の橋を架ける者たち 7







前回はこちら


7話 飛ばない翼ー英雄の意志を継ぐもの


 七色の光が織りなした虹の橋は、すでに空の彼方へと溶けていた。



 ――帰ってきた。


 二人の視線の先には、「生命の樹」がそびえ立っていた。

 広がるのは、まだ完全な青とは言えないまでも、透明度を取り戻しつつある薄暮の空。
その高いところを、オーロラの名残が、虹色の薄衣(うすぎぬ)のように揺らめいている。

 調和は、正された。


歪んでいた理(ことわり)は元の軌道に戻り、世界は再び、独自の時を刻み始めている。


 そのときだった。
 ――風が、変わった。
 それまで生命の樹を包み込んでいた、穏やかで少し湿った風とは違う。
 もっと乾いていて、少し荒々しく、そして何より「若い」風が、不意に吹き抜けたのだ。

 ピクリ、とレオンの太い尻尾が反応した。

 長年の戦いで培われた本能が、即座に警鐘を鳴らす。

敵意ではない。
殺気でもない。
だが、明らかに異質な存在の気配。

 隣のホズミもまた、敏感に反応していた。

彼は身を固くし、胸元の星図の石を小さな手でギュッと握りしめた。
その鼻先が、風に乗って運ばれてくる未知の匂いを探るようにひくつく。
 二人の視線が、同時に一つの方向へ向けられた。
 生命の樹から少し離れた場所にある、赤茶けた土がむき出しになった丘の上。
 逆光の中、そこにひとつの影が立っていた。
 ――翼だ。
 レオンの目が、その特徴的なシルエットを捉えた。

 大鷲の少女だった。


だが、ただの少女ではない。

 彼女の背中には、身の丈ほどもある大きな翼があった。
その翼は力強く、空を切り裂き、風を支配するために存在するのだと、一目でわかるほどに見事なものだった。

 だが、彼女は飛ばない。


 翼は背中に硬く折り畳まれたままだ。
彼女は、その両足で、大地をしっかりと踏みしめて立っていた。
 風が吹きつけ、彼女の短く揺れる尾羽や、風に逆らうように立つ小さな背中を打つ。
それでも彼女は、まるで自分をこの地に縛り付けるかのように、微動だにしない。

 丘の上から、少女はこちらを見ていた。


 その視線には、侵入者に対する警戒の色も、敵対者に向ける憎悪の色もなかった。

 ただ――まっすぐな、射抜くような視線。

 値踏みするようでもあり、何かを確認するようでもある、ひどく静かな眼差し。

 レオンは動かなかった。
威嚇の姿勢すら取らず、ただ自然体で立ち尽くす。

 ホズミも言葉を発しない。
星図の石を握る手に力がこもるが、彼もまた、その場から逃げ出そうとはしなかった。

 三つの視線が、再生を始めたばかりの空の下で、音もなく交錯する。

 誰も、名を名乗らない。
 誰も、「誰だ」と問わない。
 張り詰めた沈黙が、この空間を支配する。

 けれど、その言葉のない時間の中で、レオンの本能は確信していた。

 ――この翼は、敵じゃない。


 そして、ただ通り過ぎるだけの旅人でもない。

 逆光で表情は読み取れない。
だが、少女の瞳の奥に、どこか懐かしい光が宿っているのを、レオンは感じ取っていた。
 それは、地を這う自分たちには決して見ることのできない、遥か高みの“空の色”を映した瞳だった。
 再び、風が吹く。

 丘の上で、少女の背中の羽根が、バサリと一度だけ、短く鳴った。

 それは、拒絶の音でも、歓迎の挨拶でもない。
 ただ――
 この世界で、新しい物語が、確かに始まったという合図だった。



 ……やっぱり。

 アルジェリーナは、丘の上で足を止めたまま、背中の翼をより強く引き絞るように折り畳んだ。
 風の流れが、教えてくれていたのだ。
 ここに来るずっと前から。
 あの紫の雲が消え、虹の橋という理解不能な光が空を横切り、そして消えたあと。
 世界の風向きが、ほんの少しだけ、けれど決定的に変わったことを。

 あたいは、飛べる。

 その気になれば、この翼を広げ、風を捕まえ、誰よりも高く舞い上がることができる。
本当は、今でも。

 でも、飛ばない。
 ――飛ばないって、決めてる。

 空に上がれば、きっと、もっと早くここに辿り着けただろう。
生命の樹の異変も、そして、この奇妙な二人組のことも、もっと早く見つけられたはずだ。

 それでも、あたいは歩くことを選んだ。
 地面の熱を足裏に感じて。
 尖った石に足を取られて、何度もつまずきそうになって。

 容赦なく吹き付ける風に押し戻されそうになりながら、一歩一歩、地を踏みしめてきた。

 ……あたいは、知ってるから。


 「空を飛ぶ」っていうのが、どれだけのものを犠牲にし、どんな重さを背負うことなのかを。
 父さんが教えてくれた。
その背中で、その最期で。
 だから――
 丘の下にいる、あの二人を見たとき。
 胸の奥が、きゅっと、痛いほどに鳴った。
 地を這う、トカゲとハリネズミ。
 あたいから見れば、ちっぽけで、空の広さも知らない存在。
 なのに。
 あのトカゲの目。
 前だけを見て、揺らぐことなく立っている、あの目。

 ……ああ。
 あたい、知ってる。
 ああいう目をした大人を…知ってる。
 何もかも背負い込んで、それでも平気な顔をして笑う、あの強さを。

 そして、その隣の、小さいハリネズミ。

 風が吹けば吹き飛んでしまいそうなほど弱々しいのに、その芯には決して折れない鋼のような意志が宿っている。

 ――ずるい。
 そんな顔で、この壊れかけた世界を歩くなんて。
 空も飛べないくせに、なんでそんなに真っ直ぐでいられるの。

 アルジェリーナは、無意識のうちに、自分の羽根を握りしめていた。
爪が食い込み、微かな痛みが走る。

 あたいは、まだ、子供だ。

 父さんみたいに、世界の全部を背負えるわけじゃない。
 空の上から全てを見下ろして、世界を守れるほど、強くもない。

 でも――
 あたいは、見たんだ。
 空が、壊れたあの日を。
 風が、悲鳴を上げて泣いていたあの日を。
 だから、歩いてきた。

 風が囁く声を聞いて、この地に残った微かな“裂け目”の気配を追って。
虹の光が消しきれなかった、黒い歪みの残滓(ざんし)を追って。
 そして今――
 目の前の二人を見据え、あたいは確信している。

 この二人は、ただの旅人じゃない。
 世界の調和を取り戻した英雄? そんな単純な話じゃない。
 彼らは、あたいが、わざわざ翼をたたんでまで、ここまで歩いてきた「理由」そのものだ。

 アルジェリーナは、丘の斜面に向かって、一歩、足を踏み出した。

 乾いた土が、ジャリ、と音を立てて崩れる。

 まだ、声はかけない。
 名も、語らない。
 今はただ、彼らと同じ風の中に立ち、同じ大地の高さを知るだけでいい。

 ――あたいは、アルの娘だ。



 飛ばなくても。
 泥にまみれて歩いてでも。
 守るって、決めてるんだ。

 丘の上で、少女は深く、静かに息を吸い込んだ。
 その背中の翼は、まだ、開かれない。
頑ななまでに、閉じられたままだ。

 けれど、彼女は今、確かに――

 虹の橋が架けられた後の、新しい物語の中へと、自らの足で降り立った。



レオンとホズミとアルジェリーナの対面

さて、次回3人は何を話すのか⁉️

わし(ムヒ)のnoteだけが知っている😁


最後まで読んで頂きありがとうございます♪
少しでも面白かったな〜と感じたら、
スキ、コメント、フォローをよろしくお願いします。
今後の励みになります。


次回はこちら


2人の冒険はここから始まった‼️

🦎レオンの冒険

🦔ホズミの冒険


💠サイトマップ

いいなと思ったら応援しよう!

児童文庫が大好き ムヒ  🌈オーロラランド復興基金‼️ レオンとホズミの旅を応援してくれませんか?下の「チップ」から、二人の「おやつ代」などの旅費を募っています。頂いた応援は、書籍化など、世界中にオーロラを取り戻す活動に大切に使わせて頂きます。二人の冒険を支える仲間になってくれたら嬉しいです🦔🦎

この記事が参加している募集