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木綿着物くらいがちょうどいい


着物は金持ち趣味だと思っていた

私は長いこと、着物は金持ちの趣味だと思っていた。

理由は単純で、子供の頃にそれを見てしまったからだ。

私が十歳くらいの頃、母は私の成人式用の振袖を買ってくれた。

でも、買ったあとで不安になったのだと思う。クーリングオフを求めたらしい。でも八日を過ぎていて、キャンセルはできなかった。

結局、支払いはなんとかしたのだろう。

けれど、あの頃の母の顔を私は忘れられない。

やつれていた。

後悔が滲み出るような顔だった。

しかも時期が悪かった。

ちょうどその頃、母方の祖母が病に倒れ、そのまま亡くなった。

母には兄妹がいたが、一番近くに住んでいた母がほとんど面倒を見ていたらしい。しかも母の兄は先物取引で借金を作っていたとかで、祖母のお金もかなりそちらへ流れていたそうだ。

結局、母の手元には大した現金は残らず、他人の土地の上に建つ、田舎すぎて誰も住めないような家だけが残った。

今思えば、振袖の支払いと、祖母の件と、生活の不安が全部重なっていたのだと思う。

しかし、それでも母は着物屋に通った

たぶん、話し相手が欲しかったのだろう。

父はパチンコばかりで家にいなかったし、父方の祖母はいわゆる“嫁姑戦争”の相手だった。私もまだ子供で、母の支えになれる年齢ではなかった。

そんな中で、着物屋の店員さんは優しかったのだと思う。

客として扱ってくれるし、綺麗な帯や、超絶技巧みたいな織物を見れば、ときめきもする。

だから私は、着物というものに少し複雑な印象を持ちながら育った。

綺麗。

でも怖い。

好き。

でも金がかかる。

そんな感じだった。

就職して、“お金の重さ”を知った

成人式では、その時母が作ってくれた振袖をちゃんと着た。

今思えば、ありがたいことだったと思う。

でも当時の私はまだ働いていなかったから、着た後にどれだけ金がかかるかを知らなかった。

クリーニング代。

保管。

小物。

着付け。

全部、母が払ってくれていた。

だから現実感がなかった。

その後、就職した。

そして初めて、自分の手取りを見た。

全然お金がない。

本当にそう思った。

私は工作機械メーカーで資材調達の仕事をしていたのだけど、しばらくした頃、当時の相談役みたいなお爺さんが会社の歴史を教えてくれた。

うちの会社は元々、織機メーカーだったらしい。

でも時代の流れで、自動車部品などを加工する工作機械へシフトしたという話だった。

それを聞いてから調べると、スズキなども元々は織機から始まっていると知った。

そうやって初めて、ここ遠州地方が“織物の街”だったことを意識した。

遠州織物。

遠州木綿。

気になって反物を売っている店へ行ってみた。

そしたら驚いた。

普通に手が届きそうな値段だった。

もちろん安い買い物ではない。でも、呉服屋で見てきた世界に比べたら全然違った。

理由は単純で、綿だったからだ。

その時、私は思った。

「これでいいじゃん」

と。

高校の頃に浴衣を着た記憶も蘇った。

絹じゃなくても、別に和装はできる。

その感覚は、自分の中でかなり大きかった。


着物屋なんてクソ喰らえだと思っていた

正直、社会人になったばかりの頃の私は、着物屋なんてクソ喰らえくらいに思っていた。

だって高い。

本当に高い。

友人の結婚式で、昔母が作ってくれていた訪問着を着た時もそうだった。

今度は自分で、
• 着付け
• ヘアセット
• クリーニング

全部払った。

そして思った。

「こんなに金かかるの?」

と。

もちろん特別な日だったから納得はした。

でも同時に、

「昔の人、普段着で絹着てたの?」

とも思った。

正直、日本文化を軽蔑しそうになった。

そんな金ある前提で文化作るなよ、くらいに思った。

もちろん、実際は昔の人たちにとって絹は今ほど特別ではなかったのだろうし、現代とは事情も違う

でも、少なくとも今の自分の生活感覚では、絹を普段着として扱うのはかなり遠い世界だった。

しかも近年では、コロナもあった。

物価も上がった。

結婚式自体も減った。

そもそも人生で、格式ある場なんてそんな何回もない。

だから私はだんだん思うようになった。

「普段着なら、木綿でよくない?」

と。

木綿で、和装は“生活”になった

コロナ禍で友人達との交流がしづらくなった頃、私は暇になった。

何か家でできることはないかと思って、手芸店へ行った。

そこで作務衣の型紙を見つけた。

いきなり着物を着るのは少し抵抗があった。

でも作務衣なら、作業着だし、自分でも作れそうだと思った。

格安の布で縫ってみた。

この辺りから、和装の「包む事の楽さ」みたいなものを感じ始めた気がする。

ただ、作務衣はあくまで作業着だった。

それに自分で作ったものを外へ着ていくのも、少し恥ずかしかった。

だから今度は、木綿の着物が気になり始めた。

YouTubeで調べまくった。

すると意外と、遠州木綿を着ている人たちがいた。

「あ、木綿着物って着ていいんだ」

そう思えた。

さらに調べると、隣の愛知県に木綿などのカジュアル着物を扱う店を見つけた。

勇気を出して入店した。

「YouTube見て浜松から来ました。リーズナブルに着物デビューしたいです」

そう伝えたら、とても親切に対応してくれた。

春先だったので、「今からなら阿波しじらがいいですよ」と勧められた。

そこで初めて、自分のための木綿着物を誂えた。

結果から言うと、めちゃくちゃ良かった。

盛夏はさすがに暑い。

でも初夏、晩夏、秋くらいまではかなり快適だった。

しじらなので、生地に凹凸がある。

肌への密着が少ない。

汗ばんでも比較的ラク。

そして何より、洗える

これが本当に大きかった。

汚れるのを恐れなくていい。

「うどんだって余裕だよーん!」
である。

これはかなり精神的に楽だった。

もちろん、絹が良いのはわかる。

肌触り光沢感も、やっぱり違う。

でも、お手入れにお金がかかる

だから私は今、
• 訪問着
• 色無地

みたいな“格式が高い時用”が最低限あれば、それで十分だと思っている。

普段着は木綿ポリエステルでいい。

最近は洗える絹もあるらしい。

興味はある。

いつか着てみたいとも思っている。

でも今の自分には、木綿くらいがちょうどいい。

和装って、別に完璧じゃなくていいのだと思う。

好きな布を着て。

洗って。

汗をかいて。

また着る。

それくらいの距離感の方が、自分には合っていた。

お金がないから木綿を選んだ。

でも気づけば私は、その木綿そのものを好きになっていた。




最後まで見てくれてありがとう。

着物って、綺麗とか伝統とか、そういう言葉だけでは語りきれない趣味だなと思う。

お金のこと、生活のこと、憧れ、見栄、気楽さ。

いろんな感情が混ざりながら、それでも結局「なんか好きなんだよな」に戻ってくる。

ちなみに今回の話に少し繋がる記事として、

「なぜ私は着物を着るのか?」

そして、

「着物ってお金かかるでしょ?」

という記事も以前書いている。

もしよかったら、こちらも読んでみてほしい。

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