17.私の日記【ナガミヒナゲシは願いを叶える】
澄んだ空。
西陽が横顔を指す横断歩道を、4才の娘は右手を掲げて進んだ。
長袖が下がる。
手首には、蕁麻疹を掻いた痕が残っていた。
皮膚科の待合室では近くの中学校に通う、水色のジャージを着た女の子がいて、きっと綺麗な肌に憧れる年頃だろうな、などと思った。
そして、娘のことを考えたんだ。
飲み薬を飲ませ、軟膏を塗る。
薬が切れて少し経つと、また痒がった。
夜中、手首や背中を痒がる娘の気配を察し、妻と私は目を覚ます。
可哀想だね…。
私たちは、そんな顔を見合わせたんだ。
アスファルトの帰り道は風が冷たくて、私は娘にウインドブレーカーを手渡した。
『あっついんだってばー!』
余計な事ばかりする私は、自分の手首を掻く。
私も診察を受け、同じ薬をもらった方が良かったのかな。
ふと、私は道の端に目をやる。
『ねぇ、このお花は取ってもいい花?』
娘が気づいた。
オレンジ色の花がある事に。
本当は、私はもっと先に気がついていた。
けれど知らないふりをしたんだ。
『これはね、病院に咲いてる花だから、取ったらダメじゃないかな。』
本当は違った。
歩道の隙間から、勝手に生えている花だった。
早く家に帰りたかったんだ。
そして娘は言う。
『じゃあ違うところをさがそう!』
私は、目を瞑りたくなった。
そうか、そうなっちゃうんだね…。
私は本当の事を言えなかった。
私の都合で、嘘を伝えた事を。
それは私が楽をしたいからだった。
表面上では君のためだと偽って、私はいつも、娘の願いを取り消した。
手首を痒がる娘。
待合室にいた、中学生の女の子。
私は、自分の頬を触った。
娘の蕁麻疹は、きっと私に似てしまったんだ。
『4才ちゃん。
今日は病院、頑張ったね。
他のどこかに、きっと咲いてるよ。
探してみよう。』
私たちは歩き回って、見つけた。
違う場所に咲いた、同じ花を。
『やったね!あったよ!』
娘は花を摘んだ。
そして嬉しそうに、花を車まで連れて帰ったんだ。
私は娘をチャイルドシートに乗せ、ベルトを閉める。
寒くない?
と聞きたくなった。
でも、私は聞かなかった。
私は運転席に乗り込み、シートに背中を委ねる。
車の中は光が差し込み、少しだけ暖かい。
『パパ、これは何ていう花?』
私は、さっき撮影した花の事を調べた。
ナガミヒナゲシ。
その断面には、乳白色をしたケシ科の毒が滲んでいたんだ。
