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noteが教えてくれた、書く喜び

文章を書くって楽しい。
そう思い出したので、小説をまた投稿してみようと思う。

そう思えたのは、noteの執筆を再開したおかげだ。

noteを再開して、執筆時点で3カ月が経った。

週に一度、少しずつ書き続けていたら、読んでくれる方が増えてきた。
いつも読んでくださる皆さま、本当にありがとうございます。

自分の文章に共感してくださる方がいる。
自分の言葉が届いている。
そう感じられるだけで、不思議と心が解きほぐされる。
noteを再開して良かった。
人生の充実度は間違いなく上がった。

僕は自分に自信がない。
自分の文章なんて読まれるわけがないと思っていた。
でも、読んでくださる方がいる。
それがたまらなく嬉しい。
届くことの嬉しさを知ってしまった。

実は、僕は小説の公募に応募している。
公言はしないようにしていた。
何故なら、結果を出せていないからだ。
文章を書くのが好き、小説を書くのが好き、と言っている。
それなのに、結果が伴っていないことが、とても恥ずかしく感じた。

結果が出せないから、小説の才能はない。
小説に対して、完全に自信をなくしていた。
書こうとしても何も思いつかず、すぐにスマホに逃げている時もあった。
何のために書いているのか、分からなくなった。

でもある時、ふと思った。
こういう物語を書きたいな、と。
そして、プロットも作らず、思うがままに書いてみた。
手は止まらない。
ただただ、パソコンの画面に没頭して、他の何も見えなかった。
結果、良いものが書けた気がしている。
ただの自画自賛なのだろうが、満足できた。
そこで気が付いた。
僕はやっぱり小説を書くのが好きなのだ。

しっくりきた感覚を大切にしたい。
感性を大切にしたい。
そう思っていたのに、すぐに頭で考えてしまう。
「お前には無理だ」と意地悪な脳みそは訴えてくる。
だから、自分で自分を信じられなくなる。
才能がないから、やめた方がいいと目を逸らそうとする。
楽しいという感覚をなかったことにしようとしてしまう。

でも、結局帰ってきちゃうのだ。
いつの間にか小説を書いているし、執筆するための時間捻出法を考えている。
思いつかず、悩んで、現実逃避をしても、いつの間にか執筆を進めている。
自分の感性で書くのは苦しい。
だからこそ、書かざるを得ないのだ。

次回投稿から掌編小説も投稿していく。
これは決意表明だ。
僕の感性がそう言っている。

エッセイと掌編小説。
どれくらいのバランスかは分からないけど、
書きたいことを書いていく。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。


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