「インフレ・円安・株高」容認の政治経済学、この国が行き着く先
皆さん、こんにちは。村田雅志です。
最近、Xでフォロワーの皆様とやり取りをさせていただくと、以下3つのテーマがセットになった(反論めいた)コメントをいただくことが増えたように感じています。
インフレ:2%前後なら仕方ない
円安:輸出・インバウンドにとってプラス
株価:高ければ高いほどいい!
もしかしたら、こうしたコメントを寄せてくれた方々は、こう考えていらっしゃるのかもしれません。
インフレは許容し、円安も許容し、株高は歓迎する。
つまり「いいとこ取り」で行ける

今回は、この「いいとこ取りの幻想」を取り上げたいと思います。今回も、感情論は一旦脇に置き、誰が得をして誰が耐え、誰が意思決定を握っているのかという「政治経済学」の観点から考えていきたいと思います。お付き合いお願いいたします。
いま起きていること
まずは現状を少し振り返ってみたいと思います。
2026年1月の消費者物価指数(全国)は前年比+1.5%と、約4年ぶりに2%を割り込みました。しかし、生鮮を除く総合は+2.0%、生鮮・エネルギーを除く総合は+2.6%と、まだ2%を上回ったままです。
日本銀行は2026年1月の会合で、無担保コール翌日物を0.75%程度に誘導する方針を8対1で決定しました。反対票を投じた高田委員は、国内物価の上振れリスクが高いとして1.0%程度への引き上げを提案しましたが、残り8名によって否決されました。
為替をみると、ドル円は1ドル=159円台前半で推移しています。
株価をみると、日経平均株価が3月9日に51,407まで大きく下げる場面もありましたが、3月13日終値は53,819と持ち直しています。
これらの数字を整理すると、
・物価はまだ沈静化していない
・政策金利はインフレより低い
(実質金利はマイナスのまま)
・円は弱い(まま)
・株価は大きく下げていない
となります。
ここで仮説として考えたいのは、
こうした結果は自然現象ではなく、かなりの部分が政策的な“容認”の上に成り立っている均衡なのではないか
というものです。
「インフレ容認」は誰の合理性か
「インフレは悪だ」と言い切ってしまうのは簡単かもしれませんが、現実の社会では、インフレが起きることで「得をする主体」が必ず生まれます。
政治経済学的に見ると、インフレが容認されやすい背景には、いくつかの理由があると考えられます。
第一に、政府にとっての“名目成長”は、一種の救命ボートのような役割を果たします。
インフレが進むと課税のベースが膨らむため、税収が名目で増えやすくなります。
また、債務は名目で固定されているため、インフレによって実質的な負担が目減りしていきます。
「増税」や「歳出カット」といった痛みを伴う言葉を使わずに財政を改善させうるため、政治にとっては“制御できる範囲のインフレ”は、むしろ味方になります。
第二に、企業にとって「値上げ・賃上げ・利益」の交渉環境が大きく変わります。
インフレ局面では値上げが社会的に正当化されやすくなります。
賃上げも行われますが、物価上昇率を下回るペースであれば、企業側は実質的な賃金コストを相対的に抑えることができます。
言い換えると、“インフレの痛み”を賃金側が吸収しやすい設計になっています。
第三に、家計の中でも人によって利害が割れます。
前回の記事でも触れましたが、家計は決して一枚岩ではありません。
「物価が上がって困る」と感じる方がいる一方で、インフレで借金の実質負担が軽くなる方や、資産価格が上がって恩恵を受ける方もいらっしゃいます。
そのため、政治的に「反インフレ」という一つの声としてまとまりにくい構造があります。
「円安容認」はなぜ止まらないのか
生活者にとって、輸入物価を押し上げる円安は痛みを伴います。それでも円安容認の姿勢が続きやすいのは、円安が“政治的に強い主体”へ利益を集めやすい性質を持っているからです。
外貨で稼ぐ企業にとって、円安は円換算での利益を押し上げる効果があります。そして株価は、そうした利益への期待に敏感に反応します。
結果として、「円安が進み、企業収益が増え、株価が上がる」という物語が成立しやすくなります。
この時点で、円安は単なる為替の問題を超えて、政治にとっての支持基盤と結びつきます。
さらに、円高に戻すためには、しばしば痛みを伴う政策が必要になります。
円を強くするための代表的な手段は金利の引き上げですが、これを行えば、住宅ローンを抱える家計や、資金調達を行う企業、国債の利払いが増える政府、そして株価のバリュエーションを気にする市場のそれぞれに波及してしまいます。
生活者の一部にはプラスになったとしても、経済の中枢に痛みが出やすいため、「円安は困る」という声があっても、政策としては「円安容認」が続きます。
また、為替の水準というのは複雑で、政治の争点になりにくいテーマでもあります。生活者の不満は「物価が高い」という形で表れやすい一方で、円安の便益は企業決算や株価のようにはっきりと可視化されます。
政治が、より分かりやすい成功の絵を求めてしまうのは自然のことに思えます。
「株高容認」は“国民のため”か
株高のニュースは明るい話題として受け止められがちです。しかし、株高がそのまま「国民全体が豊かになった」ことを意味するわけではありません。
株高が生み出す便益は、
株や投資信託を持つ方に直接恩恵をもたらす「保有のルート」
企業の賃上げなどを通じて還元される「所得のルート」
税収増などを通じて広く分配される「財政のルート」
に分かれます。しかし、これらは大きく偏りやすい性質を持っています。
それでも株高が政治的に歓迎されやすい最大の理由は、それが「成果として最も見せやすい数字」だからです。GDPの成長率や実質賃金よりも、日々の株価のほうが分かりやすい指標として扱われがちです。
そして、株価が上昇することで資産を持つ層の痛みが和らぎ、結果として社会全体の不満がある程度分散される効果もあります。
これが「株高容認」の持つ、政治的な強さの背景です。
3つを同時に容認する「名目繁栄レジーム」
こうした状況を踏まえると、現在の日本は「名目繁栄レジーム」とでも呼ぶべき方向へ向かっているように思えます。
これは、名目の成長や利益、資産価格を優先し、生活者の実質的な購買力などを後回しにする均衡状態のことです。
財政や企業利益に効く「インフレ容認」、企業利益と株価に効く「円安容認」、そして成果として見せやすい「株高容認」。
これら3つは互いに補強し合っています。円安がインフレを招き、インフレと低めの金利が実質金利を押し下げて株価を支え、それが政治の成功物語として語られる、という流れです。
日銀の政策金利が0.75%程度であるのに対し、物価の基調は2%台という状況は、実質金利が経済を強く冷やすような局面ではありません。このぬるい実質金利の環境こそが、円安や株高にとって非常に居心地の良い場所になっているのです。
どこで破綻するのか~3つの「拒否権」
しかし、こうした均衡が永遠に続くとは限りません。これを引き止める力として、3つの「拒否権」が存在すると私は考えています。
一つ目は、生活者の「物価疲れ」という政治コストです。
インフレが我慢の限界を超えれば、政治に対する強い逆風となります。ここが最も分かりやすい限界点です。
二つ目は、債券市場による「財政への疑義」です。
インフレ容認の裏で刺激策などをやり過ぎると、国債利回りが上昇し、財政を圧迫し始めます。
金利の上昇は住宅ローンや企業活動、株価にもマイナスに働くため、これは大きな転換点になり得ます。高市政権下での財政拡張観測で国債利回りの上昇が報じられていることには留意する必要があります。
三つ目は日銀による「金融引き締め圧力」です。
日銀の高田委員が提案したように、物価目標の達成を理由に金利の引き上げを求める声が強まれば、円安や株高を支えていた前提が構造的に揺らぐことになります。
この国が行きつく先~3つのシナリオ
では、この国は最終的にどこへ向かうのでしょうか。私は、おおよそ3つのシナリオに分かれるのではないかと考えています。
最も可能性が高いと思われるのは「管理された名目繁栄」が続くシナリオです。
インフレは2%前後で推移し、為替も150円台が常態化し、金利の引き上げはゆっくりと進み、株価は高値圏を維持する、という展開です。生活が劇的に楽になるわけではありませんが、経済が破綻することもなく、不満を抱えつつも徐々にその環境に慣れていく社会になる気がします。
次に考えられるのは、財政や金利が先に限界を迎えるシナリオです。
長期金利が上昇することで景気や株価に逆風が吹き、政治が刺激策の縮小を余儀なくされる展開です。この場合、円安は一時的に修正されるかもしれませんが、代わりに国内景気の冷え込みが大きな課題となります。
最後は、生活者の怒りが「物価」に集約されるシナリオです。
減税や補助金といった即効薬が優先された結果、長期的には財政への不安が高まり、かえって円安圧力を強めてしまうという、皮肉な逆回転が起きる可能性も否定できません。
結局は経済論ではなく「分配の選択」
「インフレ・円安・株高」の3つを全て容認することは、単なる経済状況ではなく、誰の痛みを優先し、誰の満足を優先するかという政治的な選択の結果と言えます。
現在の日本は、さまざまな力学の結果として、どうしても名目の成功が優先されやすい位置にいるように見えます。
皆さんは、「この国が行きつく先」について、どのように感じていらっしゃいますでしょうか。
景気後退をある程度受け入れてでも物価の安定を望むのか
企業業績の調整を受け入れてでも円の強さを望むのか
あるいは、生活コストの上昇を受け入れてでも株高の維持を望むのか。
政治が表立ってこのトレードオフを語ることは少ないでしょう。しかし、裏側には常にこうした選択が横たわっています。
皆さんは、この状況の中で、どのような選択肢を選びますか?
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もし今回の記事が何かの気づきにつながったと感じていただけましたら、記事へのスキと、noteのフォローをいただけると励みになります。
なお、私はXにて、こうした社会の枠組みの問題が、日々のニュースの中でどう立ち現れてくるかをリアルタイムで追いかけています。激動の時期を読み解く一助として、あわせてご活用いただけますと幸いです。
また次回のコラムでお会いしましょう。
村田雅志(むらた・まさし)
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