日米株は史上最高値、なぜ誰も「バブル」と騒がないのか
株式市場の主要指数が高値圏で推移しています。米国株の代表的な指数であるダウ工業株30種平均は2月6日、史上初の5万ドルを突破しています。日経平均も2月7日(土)朝方につけた終値は56,505円と、現物や先物の最高値を大きく上回る水準を記録しました。
このように日米ともに株価は歴史的な高水準に位置していますが、かつてのバブル期のような「熱狂」や、わかりやすい「物語」を指摘する声は聞こえてきません。日米ともに景気過熱を感じることは少ないですし、企業業績の改善はまだら模様に見えます。
株価がここまで上がると、以前ならもっと警戒感が漂っても不思議ではありません。しかし、市場全体を覆っているのは、奇妙なほどの「落ち着き」です。

「今の株価は高すぎるのではないか?」という当然の疑問が、以前ほど市場参加者の間で共有されなくなっています。その状況を見ていると、今の市場が抱える構造的な変化を感じずにはいられません。
今回は、現在進行している株高の正体を考えるヒントとして、市場の重心が「企業に対する価値判断」から「資金フロー」へ移動したという視点をお届けしたいと思います。
これは、私たちがよく目にする「バブルの有無」を論じるものではありません。そうではなく、私たちが対峙している市場の「ルールそのもの」が変わってしまった可能性についての私なりの考えです。
「適正な株価」を気にしない相場
皆さんの周りもそうかもしれませんが、最近、株式市場に参加する方が増えてきたように感じます。
新NISAの導入やiDeCoの拡充、そして積立投資の普及により、株式や投資信託を保有することは、一部の資産家の特権から、一般的な家計の「たしなみ」へと変わったようです。

日本の家計が保有する金融資産は2,286兆円と過去最高を更新し、長年高止まりを続けてきた現預金の比率も、インフレという現実的な脅威を前に低下傾向にあります。一方で株式や投資信託には過去にないペースで資金が流入しています。
ただ、株式市場に流入する資金の質は、過去と大きく違っています。
かつて市場を動かしていたのは、「この企業は成長する」「あの株は割安だ」といった、個々の企業価値を精査する「裁量的な判断」でした。
ところが現在、市場に流れ込んでいる資金の多くは、定額積立や自動引き落とし、そして指数連動型商品(パッシブ運用)といった、「裁量的な判断を伴わない資金」です。
ここ数年で拡大したパッシブ運用残高は、米国株式市場で全体の過半に達しました。日本でもパッシブ運用は年金資金や投資信託を通じて存在感を強めています。

これらの資金は、株価が割高だろうが割安だろうが、毎月決まった日に、決まった金額だけ、機械的に市場へ送り込まれます。そこには「今の株価は適正か?」などという問いは存在しません。
「判断しない」という合理的選択
私はここで、個人投資家が「思考停止」になったとか、「怠慢」である、といったことを申し上げているわけではありません。
そうではなく、個人投資家の多くは、時間的な制約やプロとの情報の非対称性を踏まえたうえで、「あえて個別の判断をしない」ことが、最もコストに対して効果の高い(コスパの良い)「合理的」な選択だと思っているということです。
「どの企業が勝つかわからないから、全部買う(インデックスを買う)」
「いつが買い時なのかわからないから、常に買う」
この「判断しない運用」を選択する人が増えれば増えるほど、(当然のことですが)市場全体から「価格発見機能」──正しい企業価値を見極めて価格を決める能力──が失われていきます。
結果として、市場における判断の位置が変わりました。
個別銘柄の売買時点では、企業価値に関する判断が介在せず、ただ「制度に乗った資金」が淡々と流れ込むのですから、価格形成は、多様な分析結果のぶつかり合いではなく、「同じ行動が同時に実行される量(フロー)」によって左右されるようになってきます。
株式市場における重心の移動
この構造変化は、市場を「非弾力的(Inelastic)」にします。
以前のコラムでもご紹介した「非弾力性市場仮説」が示唆するように、現在の株式市場では、資金流入時の価格上昇圧力が極めて強くなっています。
「高くなったら売る」という調整役(アクティブ投資家)の資金量に対し、「とにかく買う」というパッシブ資金の量が圧倒的に勝っているため、価格のゴム紐が伸びきったまま戻らない状態が続いています。
もちろん、現在の株高をすべて「資金流入構造(需給)」だけで説明するのは乱暴です。
生成AIブームを牽引するエヌビディアのように、驚異的な利益成長によって株価の正当性を証明している企業も確かに存在します。自社株買いによるEPS(1株当たり利益)の押し上げも、株価を押し上げる影響力を持っています。
しかし、問題は「それだけで現在の価格水準をすべて説明できるのか」という点です。
私は、企業価値の成長が、株価上昇の「必要条件」ではあっても、もはや「十分条件」ではない、と思っています。
現在起きているのは、ファンダメンタルズによる評価が消滅したわけではなく、価格形成の重心が「企業に対する価値判断」から「資金フロー」へ移動したという現象です。
起業を分析し、判断する投資家は今も存在します。しかし、彼らの資金量は、制度的・自動的に流入する巨大な資金の波に比べれば、相対的に軽くなっています。
現在の株高は、企業価値の向上という土台の上に、同調的な資金流入構造という巨大ブースターが装着された結果、と考えると、それなりに納得できるような気がしています。
資金フロー重視の構造は崩れないのか
「いつか来た道」のように、この相場もやがて崩壊するのでしょうか。
もちろん、未来のことは誰にもわかりませんが、私は、市場の重心が資金フローへ移動したという構造が簡単には反転しないと考えています。
というのも、今起きている資金流入は、「感情」によるものではなく「制度と生活防衛」に支えられているからです。
かつてのバブルは、儲かりそうだという「欲」が原動力となっていました。しかし欲が「恐怖」に変わった途端、バブルは一瞬で弾けます。
しかし、現在の資金流入は、インフレから生活を守るための「必要性」と、NISAやiDeCoといった国家レベルの「制度」に基づいています。
個人は生活防衛のために投資を簡単にはやめられませんし、年金基金などの機関投資家も、運用計画上、株式への配分を急激に減らすことはできません。
誰かが意図的に相場を吊り上げているわけではありません。無数の人々による「合理的な選択」の積み重ねが、結果として市場全体の性質を変え、高値を維持する強固な岩盤となっているのです。
私たちは「新しい重力」の中で生きている
相場は人の感情で動くと言われてきました。
しかし現在の市場では、感情や裁量よりも、「制度」と「行動様式」が価格形成に大きな影響を与えています。
この変化を理解することは、明日の株価を当てるためというより、現在の株価水準がどのような前提(重力)の上に成り立っているのかを認識するために不可欠です。
株価が「分析の集積」と「資金の流れ」の両方で決まるものである以上、後者の比重が圧倒的に高まった今の世界では、従来の尺度だけで「割高だ」と叫ぶことは、あまり意味をなさなくなっているのかもしれません。
私たちは今、過去の教科書には載っていない、新しい重力が支配する市場の中にいます。
その重力の正体を正しく恐れ、正しく利用すること。
それこそが、資産形成という長い旅路において、私たちが生き残るための唯一の術なのだと私は思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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また次のコラムでお会いしましょう。
村田雅志(むらた・まさし)
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