【ムロサキラボ】振動センサーが聴き逃す「予兆の死角」。超音波で変わる設備保全DX
設備保全DXは超音波で変わる。振動センサーが聴き逃す「予兆の死角」。超音波で変わる
工場のIoT化が進み、生産設備に振動センサーを取り付けて状態監視を行うことは、もはや珍しい取り組みではなくなりました。
モーターやポンプなどの回転機器に加速度センサーを設置し、振動値を常時計測する。
一定の閾値を超えればアラートを出し、故障する前に点検や修理を行う。
こうした仕組みは、製造業の設備保全DXにおける代表的な取り組みです。
しかし、現場ではこんな話を耳にすることがあります。
「振動監視はしていたのに、突然ベアリングが壊れた」
「前日まで大きな異常値は出ていなかった」
「結局、熟練者が音を聞いて異常に気づいた」
センサーも入れている。データも取っている。それでも故障を防げない。
『結局は機械だから仕方ない』で片付けるのは簡単ですが、私からすればなぜか。というところが気になります。
昨日と今日で何が違ったのか。
例えばグリースなどの問題ならグリースが昨日と今日でどれだけ違うからこうなったのか。と素人ながら気になってしまう性格だからです。
ここで一度考えたいのが、
「センサーを付けているか」ではなく、「そのセンサーで何を観測できているのか」という問題です。
実は、設備状態監視には意外と見落とされやすい「死角」があります。その一つが、超音波帯域です。
今日はそんな少しマニアックなDXのお話です。
「振動を測っている」だけでは十分ではない現実
センサーには、それぞれ測定できる周波数帯域があります。
たとえば設備監視用の振動センサーには、数Hzから数kHz程度までを主な測定対象としているものがあります。
一方、人間の耳が一般的に聞き取れる上限とされる20kHzを超えた領域は「超音波」と呼ばれます。
設備の異常によっては、この超音波領域に早い段階から変化が現れることがあります。
特にベアリングの摩耗や潤滑状態の変化などでは、高い周波数帯域に微弱な信号が現れるケースがあります。
仮に、異常の初期信号が45kHz付近に出ていたとしても、使用しているセンサーが10kHzまでしか測れなければ、その変化は捉えられません。
ここで重要なのは、
「振動センサーは役に立たない」という話ではないということです。
振動センサーには振動センサーの得意分野があります。
問題は、自社が検知したい異常と、センサーが観測できる領域が一致しているかということです。
AIで高度な分析をする以前に、そもそも必要なデータを取得できていなければ、異常を検知することはできません。
設備保全DXでは、意外とこの「入口」が見落とされます。
人間が「変な音だ」と感じる前に、設備はサインを出している
この違いをわかりやすく示した実験があります。
ベアリングからグリスを抜き、摩耗が進んでいく過程をアコースティックセンサーで継続的に測定した加速試験です。
正常状態では、超音波帯域に目立った異常信号は確認されません。
ところが、測定開始から約10分後。
45kHz付近に微弱な信号が現れました。
この段階では、人間の耳ではまだ異音を認識できません。
さらに劣化が進み、約60分後になると、ようやく可聴域にも異常信号が現れ、人間にも「いつもと違う音」として認識できるようになります。
もちろん、すべてのベアリングが「10分後、60分後」という同じ時間軸で劣化するわけではありません。
回転速度、荷重、潤滑状態、軸受の種類、故障モード、設置環境によって変化します。
それでも、この実験が示していることは重要です。
人が異音として気づくよりも前に、設備側ではすでに変化が始まっている可能性がある。
つまり、これまで見えていなかった「予兆の時間帯」が存在するということです。
最先端の状態監視が「聴診」に戻るのか
ここで面白いのが、最新の設備保全技術が、ある意味では非常に原始的な発想に戻っていることです。
それが、機械の音を聴くことです。
昔から熟練の保全担当者は、設備の横に立ち、
「今日はいつもと音が違う」
「このモーターは少し高い音がしている」
といった違和感から異常を察知してきました。
これは単なる勘ではありません。
長年の経験によって蓄積された「正常状態のパターン」と現在の状態を、人間の感覚で比較していたわけです。
ある意味、人間自身が高度な異常検知装置として機能していました。
ただし、人間の耳には限界があります。
聞き取れる周波数には範囲がありますし、経験による個人差もあります。
体調や騒音環境にも左右されます。
そこで現在起きているのは、熟練者の「聴診」を否定することではありません。
むしろ、人間が行ってきた優れた観察方法を、超音波領域まで拡張し、データとして記録し、共有可能にするという方向への進化です。
MEMSが可能にした「広く聴く」センサー
こうした広帯域の音響監視を支えている技術の一つがMEMSです。
*MEMSとは「Micro Electro Mechanical Systems」の略で、日本語では「微小電気機械システム」などと訳されます。
簡単に言えば、半導体製造で使われる微細加工技術を応用し、小さなセンサーや機械構造を一体化する技術です。
このMEMSを利用したアコースティックセンサーの中には、可聴域から100kHz程度の超音波領域まで、広い周波数帯域を取得できるものがあります。
さらに、工場で音を測る場合にはもう一つ大きな課題があります。
周囲がうるさいことです。
工場では、測定対象のモーターだけが動いているわけではありません。
隣ではポンプが動き、コンプレッサーが回り、加工機や搬送装置も稼働しています。
通常のマイクで音を拾えば、「どの設備の音なのかわからない」という問題が起こります。
そこで、設備に直接接触させるタイプの音響センサーや、周囲から入る音を抑える構造が重要になります。
技術としては地味に見えるかもしれません。
しかし現場で本当に使えるかどうかを決めるのは、こうした部分です。
研究室で精度が出ることと、実際の工場で365日使えることは別問題だからです。
予兆保全の価値は「故障を当てること」ではない
予兆保全という言葉を聞くと、「AIで故障日を正確に予測する」というイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし私は、予兆保全の本当の価値は別のところにあると考えています。
それは、経営と現場に、判断するための時間を増やすことです。
たとえば、「この設備は明日壊れる可能性があります」
と言われた場合と、「数週間以内に劣化が進む可能性があります」と言われた場合では、取れる選択肢がまったく違います。
早い段階でわかれば、交換部品を発注できます。
定期停止日に修理を合わせられます。
生産計画を変更できます。
協力会社の作業員を確保することもできます。
顧客への納期影響を事前に調整できるかもしれません。
一方、設備が完全に停止してからでは、「今すぐ直す」という選択肢しか残りません。
行動経済学や金融の世界では、将来の選択肢を持っていること自体に価値があるという考え方があります。いわゆる「オプション価値」です。
予兆を早く知ることも、これに近いものがあります。
故障を100%当てることより、対応できる選択肢を増やすこと。
そこに予兆保全の大きな経営価値があると私は考えます。
計画外ダウンタイムのコストは「修理代」だけではない
設備が突然止まったとき、多くの企業ではまず修理費用を考えます。しかし実際の損失は、それだけではありません。
生産できなかった売上。
停止中の人件費。
緊急対応する保全担当者の負担。
特急で手配する交換部品。
外部業者への緊急依頼。
後工程の停止。
納期遅延。
場合によっては顧客との信用問題にまで影響します。
つまり、設備停止による損失は、
「設備を直す費用」ではなく、「事業が止まる費用」として見る必要があります。
そのため、センサーを選ぶ前に一度考えていただきたいのが
「この設備が1時間止まったら、会社では何が起こるのか」です。
設備によって重要度は違います。
止まっても翌日に復旧すれば問題のない設備もあります。
一方、一台止まるだけで工場全体が止まるボトルネック設備もあります。
この違いを整理せず、すべての設備に同じ監視システムを導入するのは、必ずしも合理的ではありません。
「では全部超音波センサーに」はDXではない
ここで起こりやすい誤解があります。
「超音波が早く異常を捉えられるなら、振動センサーを全部交換すればいいのではないか」という考えです。
私はそうは考えません。
振動、温度、電流、音響、超音波。それぞれ得意な異常があります。
設備によっては、今使っている振動監視で十分なケースもあります。
温度監視を組み合わせた方がよい設備もあります。
電流値の変化を見る方が効果的な設備もあります。
一部の重要設備だけに超音波センシングを追加する方が、費用対効果の高い会社もあるでしょう。
つまり設備保全DXで重要なのは、
「どのセンサーが一番高性能か」を競うことではありません。
重要なのは、どの設備に、どの故障リスクがあり、何を監視すれば経営上の損失を減らせるのかを整理することです。
センサー選定は、その後です。
データを取れば取るほど現場が疲れるDX
設備保全DXでは、もう一つ気をつけたいことがあります。
それは、データを増やした結果、人間の仕事まで増えてしまうことです。
センサーを取り付ける。
アラートが出る。
担当者にメールが届く。
担当者が現場に行く。
設備を確認する。
異常ではなかった。
これが一日に何十回も起きたらどうでしょうか。
最初は真剣に確認していた担当者も、「またいつものアラートだろう」と考えるようになります。
私自身、マリオット系のホテルでマネージャーをしている際
いくつかの機械室を管理していました。
その際も同じような事象がありました。
これは「アラーム疲労」と呼ばれる現象に近いものです。
※アラーム疲労:警告が頻繁に発生することで、人が警告への注意を失い、本当に重要な警告まで軽視しやすくなる状態。
AIを導入してアラートを増やした結果、本当に重要な異常が埋もれてしまえば本末転倒です。
だから設備保全DXでは、
「何を検知するか」だけでは足りません。
「検知したら誰が見るのか」
「どの数値なら経過観察なのか」
「どの状態なら停止するのか」
「誰が最終判断するのか」
まで設計する必要があります。
DXはシステム導入ではなく、業務設計だからです。
中小企業の設備保全DXは、小さく始めればいい
では、実際に何から始めればよいのでしょうか。
私は、最初から工場全体をAI化する必要はないと考えています。
まずは設備を棚卸しします。
どの設備が止まると生産への影響が大きいのか。
交換部品の納期が長い設備はどれか。
過去に突発故障を起こした設備はどれか。
熟練者に判断が集中している設備はどれか。
そのうえで重要な設備を数台選び、
現在どんなデータを取っているのか。
振動センサーの測定帯域はどこまでなのか。
温度や電流のデータは取得できるのか。
人間は何を見て異常と判断しているのか。
を整理します。
そして必要であれば、音響や超音波など別のセンシング方法を追加して、小さく検証していけばよいのです。
AIを使うのは、その後でも遅くありません。
むしろ、業務もデータも整理されていない状態でAIを入れると、
「AIは異常と言っている。でも誰も何をすればいいかわからない」
という、新しい仕事だけが増える可能性があります。
まず観測する。
比較する。
判断基準を決める。
運用を作る。
必要になった段階でAIを使う。
私は、この順番の方が現場には定着しやすいと考えています。
DXとは、今まで見えていなかったものを見えるようにすること
今回の超音波センシングの話は、設備保全だけの話ではありません。
DX全体にも通じる考え方があります。
それは、「自分たちは見えているつもりになっていないか」という問いです。
振動センサーを設置したから設備の状態は見えているしシステムを導入したから業務はデジタル化できている。
さらにAIを導入したから効率化できている。
しかし実際には、その仕組みの外側に大きな死角が残っていることがあります。
設備保全なら超音波帯域かもしれません。
業務改善なら、Excelの外で行われている手作業かもしれません。
AI活用なら、AIの回答を確認する人の心理負荷かもしれません。
DXで重要なのは、新しい技術を入れることではありません。
今の業務のどこが見えていて、どこが見えていないのかを整理することです。
そして、見えていない部分を必要な範囲だけデジタルで補う。
それが、人を置き去りにしないDXだと私は考えています。
最先端の設備保全が、あらためて「機械の声を聴く」という発想に戻っているのも、結局は同じことなのかもしれません。
高度なAIより先に、まず現場をよく見る。
そして、よく聴く。
そこから始めるDXの方が、結果として長く使われる仕組みになるのではないでしょうか。
もし、
「振動監視を導入しているのに突発故障が減らない」
「予知保全を始めたいが、何のデータを取ればよいかわからない」
「IoTやAIを入れる前に、自社の設備保全を一度整理したい」
という状態であれば、最初から大きなシステムを検討する必要はありません。
設備、故障履歴、人の動き、保全業務、取得しているデータを一度棚卸しするだけでも、改善の入口は見えてきます。
自社だけでは整理しきれない場合には、経営と現場の間に第三者の視点を入れることも一つの方法です。
DXは、技術を増やすことではありません。
現場の死角を減らし、人が無理なく判断できる状態をつくることだと思います。
そのために必要な技術を、必要な場所にだけ使う。
私は、そんなDXをこれからも支援していきたいと考えています。
参考資料
・日清紡マイクロデバイス「防水接触型アコースティックセンサー NM2101」
・SOMPOリスクマネジメント「音響(超音波)センサーを活用した音響診断AI化支援」
・Siemens「The True Cost of Downtime 2024」
・各種設備状態監視・振動センシング関連技術資料
※本文中の事例や測定結果は特定の試験条件下におけるものであり、すべての設備・故障状態で同様の結果を保証するものではありません。実際の設備保全では、対象設備の構造、使用条件、故障モード、測定環境などを踏まえた検証が必要です。
室﨑 敬太 【Linkedin】【E-mail】
馬車馬テクノロジーズ 業務執行社員/Chief Strategy Officer
その他DX関連の顧問を複数社請け負わせていただいております。
17歳で学生起業家として活動を開始し、事業の立ち上げと運営を経験。その後、ファーストリテイリンググループに入社。 三井住友海上火災保険株式会社にて法人営業やリスクマネジメントに従事し、金融・保険分野における専門性を確立。 独立後は室﨑総合保険/MKエージェンシーを創業。不動産会社との業務提携を経て役員に就任。 コロナ渦以降にAIやDX、プログラミングを学び現在は企業のDXおよびAX戦略の立案から実行までをリード。AI・LLMを活用した業務改革や新規事業開発を中心に、複数の企業において顧問として参画している。 国内上場企業から外資系企業まで、繊維、小売、自動車、金融、不動産、建設、サービスなど多岐にわたる業界での実務経験を有し、業界横断的な知見と実行力を兼ね備えたDXに強みを持つ。
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現在進行中の「気持ち良いDX」及び
就労支援プロジェクト、精神疾患罹患後の社会復帰事業に充てさせていただきます。