AIに「嫌な役目・嫌われ役」を任せてはいけない理由。AI時代の解雇と経営者の説明責任
AIに嫌われ役をさせたい。
AIに何を任せ、何を人間に残すべきか。
というフェーズで人間の仕事をAIが奪う。と考えました。
ただ、人間は都合がよく、どうせ奪われるなら嫌な仕事や嫌われ役もAIに任せたいという考えになりがちです。
例えば、嫌われ仕事。
仕事をサボる社員へ注意する
仕事のできない社員をクビにする
色々な事情で役員を解任させる
「AIが判断したんだから、俺を恨むなよ」と言いたくなる気持ちもわからなくはありません。
実際なんとも言えない気分になり、その空間を何度も味わいたくないと思うことがビジネスでも多くあります。
少し綺麗な表現に言い換えれば
「経営者にとって精神的な負担が大きい仕事」だからといって、その役目をAIに肩代わりたい。ということです。
しかし残念ながらAIが肩代わりしていくれるのは『伝えることだけ』です。
責任は経営者にあり、会社の責任は消えるわけではありません。
AIを盾にすると、企業のガバナンス上の弱点が、これまで以上にはっきり表面化する可能性があります。
ただし、
契約書から確認事項を抽出する。
領収書を読み取り勘定科目の候補を出す。
大量の業務データから異常値を見つける。
こうした使い方で業務上横領などが行われていないかの
情報収集を支援するにはとてもAIは適しています。
一方で、
「誰を退職の対象とするか」
「なぜその人なのか」
「その決定を本人にどう伝えるか」
という業務には、法律上の責任だけでなく、人間関係、組織への信頼、働く人の尊厳が含まれています。
AIに代替された≠解雇の正当性
2026年、中国・杭州の裁判所で、AIの導入に伴って解雇された従業員をめぐる判断が注目を集めました。
報道によると、この従業員はAI関連業務の品質管理を担当していましたが、会社から職務変更と大幅な賃金引き下げを提示され、それを受け入れなかった後に解雇されました。
裁判所は、会社側の説明や手続が解雇を正当化するには不十分だったとして、解雇を違法と判断し、補償を命じています。北京でも、自動化を理由とした雇用終了について、労働者側を保護する判断が報じられています。
企業がAIを導入し、業務を再編すること自体が違法とされたのではありません。
問題になったのは、
技術導入を理由に、企業が雇用契約上の義務や合理的な配置転換の検討、説明、補償などを省略できるのかという点です。
裁判所の判断から読み取れるのは、
AIへの代替は自然現象ではなく、経営者が選択した経営判断だということです。「AIが仕事を奪った」のではありません。
どの業務にAIを導入し、どの職務をなくし、誰を配置転換し、誰との契約を終了するかを決めたのは、あくまで企業です。
そのため、「AIで代替できるようになった」という説明だけで、経営者の責任がなくなるわけではありません。
日本は「AI化したから解雇・クビにできる」?
日本の労働契約法では、解雇について「客観的に合理的な理由」がなく、「社会通念上相当」と認められない場合は無効になると定められています。
経営上の事情による整理解雇については、一般に次の事情が厳しく確認されます。
人員を削減する必要性が本当にあったのか。
配置転換や希望退職の募集など、解雇を回避する努力をしたのか。
対象者を選ぶ基準が合理的で、公正に運用されたのか。
従業員や労働組合に対して十分な説明を行ったのか。
厚生労働省も、これらの観点から整理解雇の有効性が判断されると説明しています。
したがって、日本企業がAIを導入して業務量が減ったとしても、それだけで直ちに解雇が認められるわけではありません。
たとえば、
AIによって月100時間分の作業が削減されたとしても、その従業員を別の業務へ配置できないのか、AIを使う側の人材として再教育できないのか、採用の抑制や業務分担の見直しで対応できないのかが問われます。
AI導入は、人員削減の必要性を説明する一つの事情にはなり得ます。
=解雇回避努力や人選の合理性、手続の妥当性を省略できる理由にはなりません。
「AIが判断した」は免責ではなく、新しい訴訟リスク
AIエージェントによる決済では、誰がどの範囲の権限を与え、どの条件で取引を認め、問題が発生したときに誰が責任を負うのかという設計が重要になります。
このような権限の付与を、英語ではMandateと表現することがあります。
*Mandateとは、単に「AIに任せる」という意味ではありません。何をしてよいのか、どこから先は人間の確認が必要なのか、誰が最終責任者なのかを定めることです。
人事評価や解雇でも、構造は同じです。
「AIのスコアが低かったので対象にしました」
「AIが将来性の低い職種だと判定しました」
「システムが削減候補者を選びました」
このように説明したからといって、企業が責任を免れるわけではありません。むしろ、その瞬間から別の問題が生まれます。
AIがどのデータを使ったのか。
評価期間中に育児休業や病気休暇を取得した人が不利になっていないか。
数値化しにくい教育、調整、顧客対応、チームへの貢献は反映されているか。
過去の評価に含まれていた偏りを、AIが再生産していないか。
AIの判断を根拠にすればするほど、企業はその判断過程を説明しなければなりません。
実際、2026年7月には、米Metaの元従業員らが、社内のAIシステムや活動データが人員削減の対象者選定に使われ、休職者などが不当に不利になったと主張して訴訟を提起したと報じられました。
現時点では原告側の主張であり、Metaは人員に関する判断は人間の管理職が行ったと否定しています。
この事例が示しているのは、「最終決定は人間が行った」と形式上位置づけるだけでは十分ではないということです。
人間がAIの出した一覧をほぼそのまま承認しているのであれば、実質的にはAIが判断しているのと変わりません。
この状態は、オートメーション・バイアスと呼ばれる問題にもつながります。
*オートメーション・バイアスとは、コンピューターやAIが示した結果を、人間が必要以上に正しいと信じてしまう心理的傾向です。
人間による確認欄があったとしても、確認する人に十分な時間、情報、異議を唱える権限がなければ、それは実質的な監督とはいえません。
必要なのは、人間が最後にボタンを押すことではなく、AIの判断を疑い、修正し、必要なら採用しないことのできる業務設計です。
AIに委任するのは「決定」ではなく「証拠集め」である
では、人事領域でAIを使ってはいけないのでしょうか。
AIが得意なのは、判断責任の肩代わりよりも、判断に必要な情報を整理することです。
たとえば、部署ごとに異なる評価基準を比較する。
評価コメントと点数の間に不自然な矛盾がないか確認する。
特定の性別、年齢、雇用形態の人に低評価が偏っていないかを調べる。
過去の配置転換や研修機会が公平に与えられていたかを整理する。
こうした用途であれば、
AIは経営者の恣意的な判断を強化する道具ではなく、判断の偏りを発見する道具になり得ます。
重要なのは、
AIに「誰を辞めさせるべきか」と質問するのではなく、人間が行おうとしている判断について「見落としている事情はないか」「基準の適用にばらつきはないか」と検証させることです。
これは法務AIや経理AIでも同じです。
法務AIは、最終的な法的責任を引き受けるのではなく、契約上の論点や確認漏れを見つけます。経理AIは、決算の責任者になるのではなく、仕訳候補や異常値を提示します。
人事AIも、人の人生に関わる最終決定を引き受けるのではなく、判断材料の収集、整理、検証を支援する役割にとどめるべきです。
解雇通知をAIに任せても、心理的コストは消えない
経営者や管理職が解雇や退職勧奨を負担に感じるのは、当然のことです。
長く働いてきた人に、会社を離れてほしいと伝える。
本人や家族の生活に影響する決定を説明する。
反発や批判を受け止める。
簡単にできる仕事ではありません。
しかし、負担が大きいからといって、アバターやチャットボットに通知を任せればよいとは限りません。
重大な意思決定では、結果だけでなく、手続が公正だったと感じられるかどうかが、その決定の受け入れ方に大きく影響します。
これを行動経済学や組織心理学では、『手続的公正』といいます。
*手続的公正とは、結果が自分の希望どおりでなかったとしても、判断基準が一貫していたか、本人の事情を聞く機会があったか、敬意を持って説明されたか、といった手続に対する公平感です。
AIによる意思決定の公平性に関する研究でも、透明性や人間による関与、異議を申し立てる機会が、人々の受け止め方を左右することが指摘されています。
解雇通知をAIに代行させると、経営者側の一時的な心理負担は軽くなるかもしれません。しかし通知を受ける側には、「人間として扱われなかった」「質問する相手がいない」「会社が説明から逃げた」という感覚が残る可能性があります。
その結果、残った従業員の会社に対する信頼が低下し、協力意欲やエンゲージメントにも影響します。
解雇された本人だけの問題ではありません。
周囲の従業員も、「次は自分がAIに判定されるのではないか」「会社は都合が悪くなれば説明を避けるのではないか」と考えるからです。
ダイニーの事例が注目された背景
日本では、飲食店向けSaaSを提供するダイニーが、2025年に従業員への退職勧奨を行ったと報じられ、AI時代の人員削減をめぐる議論が起こりました。
報道では、生成AIによる業務効率化や収益性の改善が背景として挙げられています。
ただし、退職勧奨は解雇とは異なり、個別の手続や違法性が司法判断によって確定した「事件」ではありません。
そのため、特定企業の対応を違法と決めつけることは適切ではありません。
それでも注目が集まったのは、AIによる効率化が、人員削減の説明として社会的に受け入れられるのかという問いが含まれていたからです。
AIを使って生産性が高まったとき、その利益をどのように配分するのか。
従業員の労働時間を減らすのか。
新規事業に人を移すのか。教育に投資するのか。
利益率を高めるのか。それとも人員を減らすのか。
AI導入によって人員削減が自動的に決まるわけではありません。そこには必ず、経営者の選択があります。
「AIによるリストラ」は増えているが、数字の読み方には注意が必要
2026年初頭には、世界のテクノロジー企業で約4万5,000人規模の人員削減が集計され、そのうち約9,200人について、AI導入や自動化、組織再編との関連が報じられました。
この数字を「AIが直接9,200人の仕事を奪った」と読むのは慎重であるべきです。
企業が発表する人員削減の理由には、AIだけでなく、過剰採用の調整、事業撤退、収益性の改善、組織階層の削減など、複数の事情が含まれています。「AIを理由に挙げたこと」と、「AIだけが原因だったこと」は同じではありません。
それでも、AIや自動化が雇用再編を説明する言葉として使われる場面が増えていることは確かです。
だからこそ、
企業には「AIを導入した結果、余った人をどうするか」だけではなく、
「AIによって変化する仕事をどのように再設計するか」という視点が必要になります。
エージェンシー理論で考える、AIと経営者の責任
エージェンシー理論の観点から整理してみると経営者がAIに評価を任せても、AIは法的責任を負いません。
従業員との信頼関係も持っていません。
会社の理念や、現場で積み重ねられた個別事情を完全に理解しているわけでもありません。
エージェンシー理論とは、仕事や判断を他者に任せたとき、依頼した側と任された側の目的や情報にずれが生じる問題を考える理論です。
本来は、株主と経営者、経営者と従業員などの関係を説明するために使われます。
それにもかかわらず、経営者がAIの判断をそのまま採用すれば、権限だけをAIに移し、責任は曖昧にする構造ができます。
これが、シンプルにAIを使った『責任回避』の問題です。
AIの役割は、経営者の説明責任を薄めることではありません。
むしろ、判断根拠を可視化し、基準の矛盾や差別的な偏りを発見し、経営者がより具体的に説明できる状態をつくることです。
AIを導入した結果、人事権を自由に行使できるようになるのではありません。
反対に、判断の記録や基準が残ることで、これまで曖昧だった人事判断を説明しなければならなくなります。これは一見すると経営者にとって負担です。
しかし、中長期的には、恣意的な判断を防ぎ、組織への信頼を守るための仕組みになります。
AI時代に必要なのは、嫌な役目を消すことではない
AIは、人間が行ってきた多くの作業を代替できます。
しかし、作業を代替できることと、責任を委任できることは別です。
特に、採用、評価、配置転換、懲戒、解雇といった、人の生活や尊厳に大きく関わる業務では、効率だけで権限を設計してはいけません。
AIに任せるべきなのは、情報の収集、比較、矛盾の検出、判断基準の検証です。
人間が担うべきなのは、個別事情を理解し、最終判断を行い、その理由を自分の言葉で説明し、相手の反応を受け止めることです。
人が感情だけで判断する危険と、AIが数値だけで判断する危険の両方を抑え、より納得できる意思決定の仕組みをつくることです。
大規模な人事システムを導入する前に、まず確認すべきことがあります。
自社では、誰が何を基準に評価しているのか。
AIの提案を誰が検証するのか。
異議を申し立てる仕組みはあるのか。
配置転換や再教育を検討する手順はあるのか。
最終的な説明責任を誰が負うのか。
こうした業務と責任の棚卸しをせずにAIだけを導入すると、効率化したはずの仕組みが、法務リスクや心理的負担、組織不信を増やすことがあります。
AIを使うこと自体が問題なのではありません。
AIを使って、誰が負うべき責任まで見えなくしてしまうことが問題なのです。
自社だけでは判断基準や権限の線引きを整理しにくい場合、経営と現場の両方を理解する外部の視点を入れることにも意味があります。
私は、AI導入ありきではなく、現場の業務、人の負担、法的な責任、導入後の運用までを整理しながら、無理のないDXを設計します。
AIに何をさせるかを考える前に、会社として何を引き受けるべきかを整理する。
それが、人を置き去りにしないAI活用の出発点です。
参考資料
・厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」
・Xinhua/中国国務院新聞弁公室「Chinese court defends labor rights in new AI-replacement case」
・The Guardian「Chinese court awards compensation to sacked worker replaced by AI」
・CIO「ダイニー事件から考えるAI時代のリストラ問題」
・Starkeほか「Fairness Perceptions of Algorithmic Decision-Making: A Systematic Review of the Empirical Literature」
室﨑 敬太 【Linkedin】【E-mail】
馬車馬テクノロジーズ 業務執行社員/Chief Strategy Officer
その他DX関連の顧問を複数社請け負わせていただいております。
17歳で学生起業家として活動を開始し、事業の立ち上げと運営を経験。その後、ファーストリテイリンググループに入社。 三井住友海上火災保険株式会社にて法人営業やリスクマネジメントに従事し、金融・保険分野における専門性を確立。 独立後は室﨑総合保険/MKエージェンシーを創業。不動産会社との業務提携を経て役員に就任。 コロナ渦以降にAIやDX、プログラミングを学び現在は企業のDXおよびAX戦略の立案から実行までをリード。AI・LLMを活用した業務改革や新規事業開発を中心に、複数の企業において顧問として参画している。 国内上場企業から外資系企業まで、繊維、小売、自動車、金融、不動産、建設、サービスなど多岐にわたる業界での実務経験を有し、業界横断的な知見と実行力を兼ね備えたDXに強みを持つ。
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就労支援プロジェクト、精神疾患罹患後の社会復帰事業に充てさせていただきます。