見出し画像

北京始まりのアリペイ地獄

我的北京之旅(一)我扫你,你扫我?

 北京旅行の予定を立てるのには、思ってもみなかったところで少々骨が折れた。
 というのも、夫は韓国人で母語が日本語ではないため、天安門は「チョナンムン」だし、紫禁城は「チャグンソン」になる。
 お互いがどこに行きたいかを言い合う際、それがどこなのかを冷静に確認する作業が発生した。バリ島旅行の際には気づかなかったことだ。漢字の固有名詞ならではの現象である。

 私は飛行機の予約をするのが下手だ。出発当日の自分を思いやることができず、目一杯遊ぶことだけを考えた結果、朝早すぎる出発便や夜遅すぎる帰国便を予約してしまうことが常である。それが今回はどうしたことか、昼頃無理なく出発して、夜も程よい時間に戻って来られる便を羽田発着で予約することに成功していた。

 中国の航空会社だったので、もう羽田を出る時から既に機内で中国の空気が出来上がっていた。
 システムに嫌われているのか、何度やってもオンラインチェックインがエラーになるので、諦めてカウンターに向かった結果当然ながら夫と席が離れた。
 機内にはかろうじてモニターがあったが、とても古く、タッチパネル式ではなくてリモコンで操作するものだった。私を含めて何人もが、しばらくの間指の腹でモニターをぐいぐい押していた。
 中国語と英語とフランス語しかなかったので、中国語を選んで「牛乳の歴史と今に迫る」みたいなドキュメンタリー番組を見る。こういうドキュメンタリー独特の中国人ナレーターの発音が好きで、たまに聞きたくなることがある。留学時代の中国語の授業風景を思い出すからかもしれない。

 飛行機を降りて夫と合流した。夫は顔を顰めて「喉がイガイガする」という。曰く、「空を飛んでいる時、はっきりと飛行機の中の空気が悪くなったのが分かった瞬間があった」とのこと。そんな馬鹿な、と思って笑い飛ばしたが、もしかしてあながち間違っていない感覚だったのかもしれない。

 散々検査をくぐり抜けてきたキャリーケースを受け取り、最後の出口直前でダメ押しの荷物検査を終えて、ようやく空港を脱出できた。
 ここから地下鉄に乗って街に出る際に必要なのが、そう、アリペイである。アリペイとは日本のなんとかペイみたいな支払いアプリで、クレジットカードと連携させて使うのだが、これがないと旅行が成り立たないと言っても過言ではないほどにアリペイが必要になる場面が頻繁に登場する。
「日本で準備して来いっていろんなところに書いてあったもんね」
「これさえ準備できてれば万事OKってね」
夫と会話しながらしっかり自分でフリをつくる。さあ、街へ。
 ……私のアリペイは使えなかった。先に書いてしまうと、この先も旅行中ずっと使うことはできなかった。
 なんでも不正に使用された疑いがあるからロックされているとかで、異議申し立てをしなければならないようなのだが、もうそんな時間の余裕はなかった。
 幸い、北京の地下鉄はVISAのクレジットカードで乗ることができたため事なきを得たのだが、この先食事に観光地にと全ての場面でアリペイ地獄に悩まされることになる。

 街に出たら、お世辞にも綺麗とは言えない空気が我々を出迎えた。
 夕食は事前に下調べしておいた食べに行きたい店があったのだが、似たような名前の店が多く、思いっきり間違えて、似ても似つかない小汚い店に入ってしまった。見返すことなどないであろう機内食の写真まで一応撮っておいた我々が、写真を一枚も撮ることもなく無言でニラ玉とご飯をかき込んだ。

 二人ともアリペイが使える前提だったため、現金も家にあった500円にもならない程度の人民元しか持ち合わせておらず、旅行中の決済は全てまとめて夫が担当することになった。チームの中に一人でもアリペイが使えるメンバーがいて命拾いをした。

 私はロボットではありません、を証明するため小さなスマホ画面と睨めっこしながら20回ほど猫のパズルや犬のパズルに挑んだが、努力の甲斐も虚しく謎のエラーに阻まれ飛行機のオンラインチェックはできなかったし、これから数日間私のお財布代わりとなる予定だったアリペイまで使えない。中国のシステムとの相性が悪すぎる。
 そう言えばコロナ前に雲南に一人で行った時は、VISAカードが使えない場合を見越して銀聯カードなるクレジットカードを日本で準備して行ったのだった。支払いが終わってから、しばらく使う見込みがないのですぐに解約した。
 一人だと後がないので入念に準備するのに、二人だと、まあなんとかなるだろうと楽観的な気持ちが勝って、今回の私は本当に文字通り丸腰であった。
 今朝までドヤ顔で「Suicaで!Suicaで!」とスマホを振りかざしていた自分が懐かしい。

 一日目は到着したらもう夜だけど、できたらオリンピックの鳥の巣スタジアムでも見に行けたらいいねえ、なんて言っていたが、とてもじゃないがそんな時間も気力もない。ホテルのチェックイン後は周辺の繁華街である王府井を散策するのがやっとだった。

 知識や体験として知ってはいるのだが、久々に来ると、やはり中国はでかい。夫はしきりに「中国の人は何か食べながら歩いている人が多いけど、あまり太ってる人がいないよねえ。やっぱりよく歩くからなのかなあ」と感心していた。

この規模の横断歩道に信号がないのは新鮮

 オリンピックのスタジアムには行けなかったので、私達はスマホのメモ帳を開き今日の予定に書いてあった「スタジアム」の文字をコピーして、ひょいひょいと後日の予定に移動させ、眠りについた。

全4話。第2話はこちら↓

マガジンはこちら↓

この記事が参加している募集