北京38000歩非効率移動記
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我的北京之旅(二)秋高气爽 北京,我来了
前日は疲れてスッと眠れた。が、アリペイの化け物に追われる夢こそ見なかったものの、疲れや興奮が残っていたのか夜中の3時半に目が覚めそこから眠れなくなった。どのみち今日は5時半には起きなければならない。朝から郊外にある万里の長城に行くのである。
留学していた頃は、毎週末一箇所のペースで北京の名所を巡っていた。それでもまだ全ての名所には行き終わらないほど北京には見るべき場所があったし、そしてそれら一つ一つの規模がとにかくでかい。
万里の長城に行って帰って来たらもうその日はそれだけで終わりにしたいところだが、三泊四日しかない観光客の身としてはそうもいかない。その後に美味しいご飯も食べたいし、頤和園にも行きたいし、昨日見られなかったオリンピックスタジアムだって見に行きたい。朝早くから動くしかないのである。
列車の駅のホームはなんだかハリーポッター感に満ちていて、私をワクワクさせた。日本から予約していた朝8時過ぎに発車する列車で、我々夫婦は席どころか号車まで遥か遠く離れていたが、もはやそれに驚き嘆く気力もない。

万里の長城と言えばそれはもうとんでもない広さなので、観光客が立ち入れる「入り口」は複数の場所にあるのだが、今回は一番観光地化されている八達嶺を訪ねた。
ここに来るのは私はもう5度目くらいにはなるだろうか。一番最初、2007年に母と登った時には雷雨で、2010年頃に友人と来た時には一寸先も見えないほどの霧に包みこまれていた。留学していた頃にはベストな天気を見計らって秋の気候が良い時にやって来たため、息を呑むほどの青空に恵まれた。今日の天気はその時には劣るが、晴れであることには変わりがない。
記憶の中にあった万里の長城よりも、ずっと急な坂道で、原宿の竹下通りくらい人が多くて、それなのにすごくあっけなかった。行きにケーブルカーを使い、帰りにはスライダーというものに乗って下ったからだ。
学生時代の時の「万里の長城に行くのは一日がかりで、登っても登っても終わりが見えなくてつらかった!」という記憶は、おそらく当時ケチってケーブルカーなんかに乗らず、歩いて上り下りしたことによるものと思われる。
達成感はなかったが、時間のない観光客は「万里の長城にちょっと登った」という事実が重要なので良しとした。
帰りにはまたアリペイに悩まされた。読んでいる方も、またか、と思ったに違いない。もういいよ、しつこいって?でも事実なのでしょうがない。私だってこんな情けないことばかり書きたくないのだ。
行きは日本で事前に支払いまで済ませ、列車の切符を予約していたのだが、帰りは時間も読めなかったため、頻繁に運行している八達嶺から市内までのバスに乗ろうと思っていたのだ。ところがこれは地下鉄と異なりVISAカードでは乗れなかった。夫のアリペイで二人分まとめて支払うことも不可。アリか現金がないと乗れないという。現金?
「このバスの運賃っていくらでしたっけ?」
「12元ですね」
12元!かなりの長距離を行くはずなのに、物価が上がってもレートが悪くなっても相変わらず交通費は激安である。そこで私は、日本から持ってきた長年家の棚で眠っていた数百円分の人民元の存在を思い出した。
「ねえ、あの現金!12元ならあるんじゃない?持ってきた…?」
夫をつっつくと、首を横に振られた。
「ホテルに置いてきた」
なぜだ。なぜなのだ。こういう時のために持ってきたんじゃなかったのか。しかし、ここで迷惑をかけているのは圧倒的に私である。そして現金をカバンに入れてこなかったのは私も同じなのだ。
ATMや両替機を探して彷徨ったが、ない。焦っていたら、勝手に自家用車に人を乗せて運んでいるおじさんに引っかかった。ふっかけられた値段は留学時代の私であればたとえ歩いて10時間かかることになっても払わない金額であったが、社会人の私はどうしようもなかったので諦めて乗り、夫のアリで支払った。
支払った金額とその対価で進めた距離のことはそっと私の胸にしまっておく。人間全く損をしないで生きていくことはできない。今日がたまたまその日だっただけの話だ。
あんなに朝早く起きたのに、時間が飛ぶように過ぎてゆく。とにかくとんでもない距離を移動している自覚はある。支払いトラブルの不安から、地下鉄と徒歩での移動を基本として行動した。街中に戻ってきた時にはもう午後2時頃になっていた。
何か北京らしいものを食べなきゃと、頤和園からほど近い炸醤麺屋を覗いたら1時間待ちであった。整理券をとってその場を離れて待つこともできるものの、中国人も飲食店に長時間並ぶとは意外である。留学時代はスマホもなかったから、美味しい店を検索したりすることもなかったし、何より限られた生活費で生活していたから、評判の店にわざわざ出向いて食べるなんていうことをしなかった。だから最近の中国人が飲食店に並ぶようになったのか、昔もそうだったけれど私が知らなかっただけなのかがわからない。
早急に何かをお腹にいれたい。そしてできることなら評判の店の炸醤麺を食べてみたい。しかし1時間も待てない。ふと、店員さんが「テイクアウトなら10分待ち!」と叫んでいるのが聞こえた。これだ。迷わずテイクアウトにして外の適当なところに腰掛け、一つを二人で分け合って食べた。麺がもちもちで美味しい。色も鮮やかで食欲に訴えかけるものがある。

頤和園は北京の名所の中でも私のお気に入りの場所であったが、私の記憶の中で美化されすぎていたのか、本当に経年劣化でそうなったのか、美しいはずの建造物を見ながら「こんなに色褪せてたっけ……」という感想を抱いてしまった。
その日の夜は小洒落た店で北京ダックを食べた。日本でも北京ダックを出す店はあるものの、なぜか皮だけしか出てこない。肉の部分はどこに消えているのか永遠の謎である。
丸々一羽をいただくか、ハーフにするか悩んでいたら、親切な店員さんが「半羽だと二人では足りないから他の料理も注文したほうがいい。一羽だと量はちょうどいいけど飽きるかも」と丁寧にアドバイスしてくれた。なかなか食べられる料理ではないので、我々は飽きてもいいから、と一羽丸々頼むことにした。結局ちょうどよい量で、飽きるか飽きないかギリギリのところで食べ終わった。夫のアリで決済。

夕食を食べても旅行者の夜はまだ終わらない。また一駅一駅の間隔がやたらと長い地下鉄に乗り、オリンピックスタジアムを見に行く。留学したのはちょうど北京オリンピックの年だったから、この鳥の巣スタジアムにはそれなりに思い出がある。あの頃と同じように黄色と赤に光る鳥の巣を見てほっとした。
ウォーターキューブと呼ばれる美しい水泳センターは、遠くから見ると相変わらず美しかったが、近寄ると全面に自動車の広告が投影されているのが見え、ちょっと白けた。

北京の地下鉄はこの20年足らずの間にそれはそれは路線や駅が増え、以前とは比べ物にならないほど便利になっていた。昔はタクシーを自転車かのように利用していたが、今回は「地下鉄なら私のVISAカードでも支払える」という安心感からほとんどの移動を地下鉄で行い、足りない部分は自分達の足でひたすら歩いた。
この日の歩数は38000歩。数年前にディズニーで叩き出した一日の最高記録30000歩を上回った。私って一日でこんなに歩けるのか。
きっと地理に詳しい人や効率を重視する人から見れば信じられないような非効率的な動きをしているのだろうが、今日は食べたかったものも食べられたし、それなりに名所もまわれたし、と私は大満足だった。
夜は気絶するようにベッドに入り、朝まで一度も目覚めることなく寝た。
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