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いつから私は "こう" なったんだろう?

「地続き」という言葉があるけれど、現在につながる道はいつも陸路。

ーー 私にとって、いまに至る道のりはどこに起点をもつのだろう。

精神的に余裕があるとき、フラットな気分のときほど、なぜかふとした過去が目の前を過(よ)ぎるもの。
その問いかけについて考えたとき、私はいつも同じ "地" 獄を思い出します。

地続き。
この場所までの過程を意味すると同時に、未だに終わっていないもの。


きりしまつづりは、実績も肩書も持たない一般人です。

以前自己紹介したとおり、失ったものすらない、平凡なひとり。
けれど「最初から持ち合わせていない空白」や「失ったのに、最初からなかったことになったもの」は確かに存在するんですよね。


今回はそのお話をしてみようと思います。

どうして私が「意味」にこだわるようになったのか。
ハウツーではなく "問い" として構造を語るようになったのか。

記事の中ではどうしても仕事に例が偏るけれど、その根源はむしろ実生活に根付いた疑問。

私にとっての地獄は ”更新され続ける不信" と "孤独" 
きっかけは子供の頃。家族のことでした。




"不在" で済んだ頃の話をしよう


十歳のときだったと思う。
母親が買い物に行って、帰ってこなかった。

当時、私はかなり甘えたがりな性格で母が夕飯の買い物に出るときには必ず連れて行ってもらっていました。
それがある日、宿題の途中という理由で断られてしまった。

すぐに帰るから、と靴を履き終えた母はドアを開ける前に一通の封筒を渡してきた。「先にお父さんが帰ってくるかもしれないから、ママからだよって渡してくれる?」


その封筒を、なぜか私は一人で開けてしまったんですよね。
嫌な予感がしたのか何か理由があったのか、当時の気持ちはあまり覚えていないけれど。

礼儀や躾には比較的厳しい家庭だったので、勝手に手紙を開けたらいけないことは分かっていたのに、なぜか躊躇いがなかったのを覚えています。

封筒の中には父への手紙と、私と兄、二人の子供宛ての手紙が入っていた。
母がもう家に帰ってこないことを知った一時間後に父が帰宅しました。

その顔はいつもどおりに見えた。
新しい封筒に入れ直した手紙を渡す私のほうが、いつもどおりの顔ではなかったかもしれない。
母から、と言って渡された手紙を読んだ父はすぐにどこかへ電話をかけた。
出前だった。

平日のなんでもない日。はじめて食べるピザ。
そのご馳走のあとで「家族会議」が開かれて、二度目の手紙を読むことになった。
内容を知っていたのに泣けてきたのが不思議だった。初めて手紙を読んだ兄のほうが冷静だったくらい。

母の家出。
理由が不倫だったこと、もうずっと前から父は知っていて「子供たちが義務教育を終えるまで」は母親をまっとうするよう話し合いをしていたことを、その数週間後に知りました。

母が出ていった後で、両親の間に短いやりとりがあったことも。

子供たちのためにも今後、離婚や裁判の手続きをしたり、これ以上の連絡をとったりすることはない ーー 当時の父の携帯、私物のガラケーにはロック機能が設定されておらず、その最後のメールを見てしまった時点で「あぁ、うちは離婚とはまた違うんだ」と、宙ぶらりんの状況が他人事のように理解できた。

母親がいない、父子家庭。

離婚が未成立ということを除けば「よくある話」だった。
私にとって違う様相を帯びてきたのは、そこから10年近く経った大学生のときのこと。


最初からなかったものに名前はつくのか?


母に関する記憶は、ずっとやさしいまま残っていた。

当然だった。
実際に見た買い物に出かける姿、毎日美味しい料理をつくってくれた姿。
正社員として働く父は日中不在。代わり家にいるのはいつも母だった。

事実としてその後一度だって家に帰ってこなかったけれど。
理由も、人としては最低なものだったけれど。
母本人に関する印象は、実際に目で見たままで止まっていました。


まだ家にいた頃、母は近所にあるファミレスで働いていた。
不倫相手はそこのお客さんだったらしい。
母がいなくなってから、私は何度もその店の前を通りかかっては、窓から店内の様子を覗き込むという怪しげな行動を繰り返していました。

子供の頃、お小遣いは多少もらっていたものの…あとでレシートを見せるというルールがあった。それで母が勤めているファミレスに一人で入ることができなかったんですよね。

私は甘えたがりで、さみしがりな子供だった。

母が出て行った理由を知ってさえ、母への印象は変わらなかった。
成のドラマでは「禁断の恋!」というテロップもよく見かけたからか、一般的にもよくある…仕方のないことだと思っていたのかもしれない。

人間の感情は移ろいやすい。母だけが特別なんじゃない。
…子供の時分に、達観へのショートカットをしていたともいえる。
ただ諦観との差は、正直いまでも曖昧なときがある

思い出が綺麗なものしかないから、捨てられたという感覚が一切なかった。


私の奇行は、次第に頻度を落としながら ーー それでも大学生になるまで続きました。アルバイトで稼いだ「自由に使えるお金」を手にするまで。


10年近く経つまでに、ファミレスは別の飲食店に変わっていました。けれど母は居た。

入店の案内をした別の店員さんに連れてこられた母は驚いた顔をしてから、そのまま向かいの席に座った。
仕事中だけど、数分時間をもらったらしい。それですこし話をした。

泣きながら、当時のことを謝られた。
当時の相手とも、いまはなんでもないと。

けれど私にはなぜ泣いているのかよく分からなかった。
相手とどうなったかについても、正直もうどうでもよかった。
ようやく再会してみて、ただ「元気そうでよかった」としか思えなかった。

母は、顔も言動も、驚くほど当時のままの印象を残していて。
大学生になった自分のほうがしっかりしているかもしれない、という気すらした。

今更家族になれる気もしなかったし、私の中で母は "懐かしい他人" になっていたのかもしれない。さみしいまま、大人になれた。


ーー それだけの時間が経ってから、母の記憶が更新されることになるなんて。

そのあとしばらく、そのお店に通っては母の退勤を待ち、一緒に夕食を食べるということが度々あった。
近況報告だったり、恋人はできたのか、仕事はどういう職に就きたいのかと言ったことを聞かれたりした。

私が話した内容は、母のSNSで投稿されていた。

見つけたのは偶然だった。
母が見せてくれた「飼っている猫」の写真と同じアイコンのアカウントを見つけてしまった。

「今日は娘の誕生日。
 20歳。ここまで育ててくれてありがとう!と花束をもらった。嬉しい!」

「子供は二人とも巣立って一人暮らし中。
 肩の荷が下りた~!奨学金の返済は残っているけど頑張ろう!
 新しい趣味でもはじめてみようかな」

「旦那がケーキ買ってきてくれた」


…花束?

20歳の娘、というのは本当だった。私のことだ、と思った。
でも花束なんて贈っていない。
奨学金? 肩の荷ってなに…?出ていってから、なにかしてくれたっけ?

旦那。

このひと…結婚していない、不貞の共犯者を "旦那" って呼ぶ人間なんだ ーー いまは終わって言ったのも、嘘だった。


コメント欄にあふれる和気藹々とした褒め言葉、「旦那さんと仲良しで羨ましい」「うちも奨学金の返済残ってます」……嘘に本当のことを混ぜると簡単に騙されてしまうというのは本当らしい。SNSなら尚更だ。


父子家庭ということで、経済面ではそれなりに苦労しました。

進学できる大学の条件は「自宅から通える国公立」のみ。
習い事も塾や予備校に通える余裕もなかったので高校の先生にお世話になりながら一年間の自宅浪人をして、東京外国語大学へ進学しました。


…父とは別の理由で折り合いがつかなくなったけれど、大学へ進学するまで面倒を見てくれたことはありがたいし、投げ出さなかった一点については尊敬しています。


奨学金も無利子のコースじゃないと厳しい、ということで高校の内申点を上げるのに在学中は必死だった。
馬鹿にされるほど、真面目だった。

それを毎日、母がいない分の料理や家事をしながら続けていた。


ーー あなたがいないせいだった。

全部がそうとは言わない。それでもあなたのせいで負った苦労が、再会した娘から聞いた近況報告が ーー この人にとっては、ただ自分がちやほやされるための、投稿のネタ。


母の印象は、記憶は、子供の頃からずっと変わらなかった。
だから、それは単なる嘘じゃない。裏切りですらなかった。

ただ最初から、家族だった瞬間はなにひとつなかったのかもしれない。
相手じゃない。私のこれまでが、全部がひっくり返ってしまう。

本当に、幸せに過ごしているならそれでいいと思っていたのに。

その日。
涙が出るより先に、胃が空になった。


倫理やルールは「守らないもの」を決めている


それ以降は会うのをやめました。
連絡先も消して、ふと思い立って法テラスのサイトを開いた。

衝動的に、…たぶんなにか復讐したかったのだと思う。
それか、自分が味わったこの理不尽がそれでも「よくある話」なのかを確かめたかった。

配偶者ではない子供の立場では、なにもできることがなかった。
心理的負荷による障害などの実損を証明できれば、という返事だった。

…実損?
事実として被った苦労は、状況的必然性は、それに該当しないのか。

制度的には当然の話。
けれどそこではじめて「倫理や制度の限界」というものに目が向いた。

親の不倫で、しかも離婚が成立していない中途半端な状況で、不貞の証拠もあるのに。
不完全な家庭に育った場合に一番苦労する立場、未熟な「子供」には、対応する手立てが用意されていないらしい。

ほかの法律事務所のお試し相談にも問い合わせてみました。
同じ悩みをもっている方がいないかと思って、インターネットを検索してみたことも。

法律事務所からの回答を数件もらうまでに、同じ状況を見つけたのはゼロ。
代わりに見つかったのは、

「不倫したけれど、訴えられたときどうしたらいいですか?」
「夫にバレたくないです! でも子供に勘付かれたかもしれなくて…」

…それで、全部やめてしまった。疲れたから。
母親なしで生きてきた時間の方が、人生の中で長くなってきた頃なのに、ずっとおなじところをぐるぐると回っていることに気づいて、空しさだけが横たわっていた。


大学三年生くらいまではそんな状況の中で、浮き沈みをしていました。
けれど、地獄に長くいるとそれなりに踊れるようになるもので日常生活にはさほど影響がなかったんですよね。

たぶん、感情よりも合理に縋るようになっていたのだと思う。
ーー そんなふうに苦しんだって、やるべきことは終わらない。
正しくて、冷たい理屈。私はもう自分にやさしくなることができなかった。

ただその甲斐あって、無事に希望していた就職先で社会人として働きはじめることはできました。
あらゆる新入社員と同様に、分からないことだらけで不安を抱えながら ーー それでも、その不安を吐き出す相手がいなかった。

仲のいい友達には、雑談として話せても「相談」となると言えなかった。
漠然とした悩み、自分でも困っていること以外分からないから、聞いてもらうだけ時間を奪ってしまうことになる。相手がいいよと言ってくれても。

…前回の記事で書いたとおり、私は元々 "感情的" な人間でした。

今でこそ、こんなふうに note を書いて「視座」だの「言語化」だのについて自分なりの考えを発信しているけれど。

就職活動中に自己分析をしたり本を読むようになるまでは「論理的」の対極にいるような価値基準をもって過ごしていて、構造なんてものは一ミリも知らなかった。

仕事をとおして、必要性を考えるようになって「意味」を知った。
知ってから「私が味わった理不尽は、論理や構造の穴」だと分かって ーー これを知らないとまた同じような目に遭う、そのとき守ってくれる仕組みを自分でつくらないといけない…という危機感が生まれたんですよね。

同時に、自分が子供の頃から「やらざるを得なかった」「分からない不安を抱えたまま続けなければいけなかった」ことが間違いでもなんでもなかったことと ーー 極端に自分の感情を無視するようになっていたことに、ようやく思い至りました。

間違っていなかったけれど、健全なやり方ではなかった。
でもそうせざるを得なかった。だったらどうするのがいいんだろう。

これまでではなく、これからのこととして。
理屈も感情もどちらも捨てるべきじゃないと数多の本が言うのなら、両立させるやり方を考えられるはず。


そこへ辿り着くために、私は問いを立てはじめました。


地獄でひとつだけ手に入るもの


問題には、解答がある。
けれど生活や人生の問いかけには、答えがない。

問いのほうが、そもそも正解を求めていない。


きりしまつづりの地獄は、状況としては当時から今までなにも変わっていません。
これからもそう。だから「地続き」なんです。

物件選びで、保証人の欄を確認する。
緊急連絡先として書ける番号がない。
定期的にやってくる「巡回カード」の記載に意味を感じられない。

風邪を引いたときに、誰もいない。
病院に行くタイミングが分からない。
倒れたときも、大丈夫と言うしかない。それ以外の選択肢が浮かばない。

…そうした日常の至るところで顔を出すものがある。


私は現在20代です。

今回記事にした顛末は記憶に新しく、また社会人としてもまだ未熟。
仕事はある程度できるようになったけれどそれでも分からないことだらけ。
経験だけで「なんとかなる」と判断できるほどの度量もない。

なにをやっても、自信にはならなかった。
必要最低限ができるようになっただけ。

だから私には、論理も感情も拾えるような仕組みが必要でした。

別の言い方をすれば。
仕組みを構築するスキル、その重要性を理解できることは ーー 地獄で踊って手に入れた、ただひとつの幸運。

その原点にはできれば二度と戻りたくないけれど。

地続きの道の先頭で、これからも問いを発信していこうと思います。
地獄に落とされ泣いている誰かに、踊る選択肢があると気づいてもらえることを願って。


▼ 地獄で踊るうちに言語化・実践できるようになった思考 ▼

▼ きりしまつづりってこんな人 ▼ 


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