最初の問いかけを思い出そう
私たちは自分自身が何者かを知るけれど、自分が何者になれるのかは未知だ。
今日で note をはじめて7日目。
ここらで、最初に書いた記事の一番初めに浮かんだ問いに戻りたいと思います。
「自己紹介でもした方がよいのだろうか」
…これは珍しく答えが決まっているタイプの問いですね。
「あなたは何者なのか」という読む人にとっても最初に抱く疑問。
珈琲と問いが好きな肩書のない一般人、という情報だけで一週間の区切りを迎えてしまったため、遅ればせながらの自己紹介です。
今まで、なにをしてきた人なのか?
あらためまして「きりしまつづり」です。
漢字で書くと、霧島綴理。画数のせいか字面の圧が強いので、ひらがな表記の方が気に入っています。
それに、理(ことわり)を綴る、だなんて大層な名前だけれど…
個人的には、道理や正解よりも「その人の経験やどういうことを不思議に思ったか」に興味があって。
記事の投稿方針もそれを基準にしています。…これは後でちゃんと説明しよう。
MBTI は「INFJ」と「ENFJ」を行ったり来たり。
回答するときに仕事のことを考えていると、E寄りになる気がします。
自分で近いかなと思うのは INFJ でした。
好きなもの
珈琲と本が好きです。
本は紙派です! 本棚が足りない…
技術書なんかだと字が小さくてズームしたくなるので Kindle で読むこともありますが、書店に行って手に取ったり鞄の中に入れて持ち運ぶのも好きなんですよね。
手ざわりや表紙で選んで買いがち。
小説やビジネス書、国産・海外作品、児童文学、英語の学習法…みたいなものまで広く読みます。
ミステリやサスペンス等、ヒューマンドラマ的要素があると好きです。歴史小説や恋愛小説はほとんど読まないかも。
情報収集はインターネットが強いけれど、体系的な知識がほしかったり、概要や検索キーワードが分からない!というときは本に頼っています。
子供のころから読書家だったわけではなく、高校三年生くらいのときから読み始めました。なにがきっかけだったんだっけな…?
それから珈琲。こちらも最初は馴染みがなくて、憧れつつも苦くて飲めず…
ただハンドドリップという「淹れ方」に惚れて、気づいたら珈琲も飲めるようになっていました!
酸味があるものも深いコクがあるものも好きですが、特に好きなのはエチオピア・メキシコ・インドネシア ーー インドネシアは「マンデリン」「トラジャ」として喫茶店でも馴染み深いかもしれません。
最近飲んでびっくりしたのは「インド モンスーン マラバール」という豆。
earthy(土臭い、大地のような)ってどういう味なんだろうと思って試したら、パンチがすごかったです。
そして ーー 唯一苦手なのは「ブラジル産 × ナチュラル製法」
珈琲は大好きですが、いまのところ自ら手に取らない種類の豆ですね。
…とはいえ、豆ごとに淹れる難しさも変わってくるので、まだ挑戦中です。
苦手は「暫定」にしたっていい。
▼ 珈琲との出会いはこちらの記事でも語ってみました ▼
仕事のこと
職業はシステムエンジニア。
一番ながく担当した作業はシステム保守といって、すでに稼働中のシステムでエラーがあったときに対応したり改修したりする仕事でした。
そのため開発経験の方が乏しくて、ここ数年ではじめて「システムを作る側」を担当しています。
システムを作るときは、一体どんな目的でどういうシステムを作るのかを決める「要件定義」というフェーズが最初にあって、お客様と相談しながら進めます。
そのあとに画面のレイアウトや…ユーザから見えない裏の処理についても仕様を決めてから、プログラミングを行って、動作確認をするというのが一般的な流れなんですね。
ありがたいことに、私は要件定義と画面の設計、あとは実際にコードを書いてテストするところまでを任せてもらいました。
裏の処理 = サーバ側の処理、を除いて一連の工程を経験したことになります。
…任された当初は何も分からず ーー 分からないことすら分からず ーー とにかく触って試すしかなかった。
どうやって画面を作るのかを調べるために、個人で Webアプリを作ってみるなど、四苦八苦しながら、ひとつずつ覚えていきました。
その甲斐あって、最近はようやく開発の楽しさもつかめてきた感じがします!
今はまた別の案件の要件定義がメイン業務ですが、プライベートで「読書 "体験" 管理アプリ」を作っているところです。
いわゆるインフラやバックエンドは未経験、お客様と話し合って進めるお仕事が中心なのでシステムエンジニアとしてはちょっと異色の経歴かもしれません。
※普通は開発初心者に要件定義は任せないと思います
逆にいえば、その経歴のおかげで議事録を書き慣れていたり、エフェクチュエーションなどの実務スキルが身に着いたのかもしれない。
▼ 仕事の経験から培ったスキルや思考はマガジンに ▼
この先、なにをする人なのか?
せっかくなので note 投稿をはじめた経緯や、執筆方針についてもお話させてください。
…いま実際に感じていることを書くので、ここからはすこし温度感が変わるかもしれません。
きっかけ
なぜ今だったのか、といったタイミングの話はさておき、動機としてはシンプルです。
「いつも手帳や自分用のチャットに書いている思考のメモを、別の形で残しておきたくなったから」
…仕事でも生活でも「初歩的なことが分からない」という場面が多かったんですよね。
周りの人が当たり前に話している内容が分からない。
そんな経験を積み重ねていって、いつしか「世間知らず」という印象が ーー 少なくとも自分自身に対して根付いてしまった。
それがコンプレックスだったので、本やインターネットで調べながらやってみる、という試行錯誤を繰り返していました。
分からないことは別に悪くないのに、いつしか不安の種になっていて。
その不安が努力を後押しすることもあり、それ自体は問題じゃなかったんです。
ただ、あらゆる対象について
「これが分かると何が便利なのか?」
「こうすることで何ができるようになるのか?」
…といった思考グセ・言語化する癖がついた結果、困ったことが起きた。
部屋のそこら中に付箋。
スマートフォンの中にメモが散乱。
仕事とプライベートの手帳が一緒くたになる。
常に情報の方が先に溢れかえって、知りたかっただけのことが、やらなきゃいけないことと混ざってしまってパンクする。
そこでようやく、自分の中で起きていた変化に気づきました。
どんなに調べても、やってみても、分かった気がしない。
…その実感はメンタルにとってもよくなかったんだと思います。
できることはあるのに、一切の自信にならない。
何が知りたかったのか分からなくなって際限がなくなってしまう。
そのことに気が付いてから、不安が強くなる前にちゃんと体系立てて整理しようと思ったんです。
知らぬ間に答えばかりを探していたけれど、「どうして知りたかったのか」「なにが最初に違和感だったのか」という最初の感覚を残しておきたい ーー そのために note という形式で、まとまりある文章で記録しようと思った。
だから、私は問いを綴ることにしました。
そして、わざわざインターネットに公開しようと思ったのは、きっかけに気づいたとき、同時に届けたい相手が見えたから。
「今までがむしゃらにやるしかなかった人」
「コツコツ積み重ねてきて、分からないなりに頑張ってきたのに、自分ではその意味が見えていない人」
「あの時の判断は間違っていたんじゃないか、と感じたことがある人」
身近に相談できる相手がいようといまいと、どんなに小さなことだろうと。
何かを決める瞬間だけは、誰しも平等に孤独になる。
自分の決断や行動が「間違っていたんじゃないか」と思って、無理に変えなくてもいい。
必要なのは…それをどういう視座で見て、どんな言葉で言語化するかだけなんじゃないかって伝えたくなった。
だからこの場所で、それを発信していきます。
…あと note で発信している方って「挫折」や「失った」経験を起点にしている場合が多い気がしたんですよね。
私は不登校になったり多額の借金を背負った経験もない、大学まで出て就職をした「なにも失ってすらいない人」かもしれません。
でも、それでもうまくいかないことってたくさんあった。
そのたびにただ考えた。見方を変えて、打開してきた。
…そういう note って、あまりないのかなって思ったのも理由のひとつ。
投稿方針
私は専門的な知識も特別なスキルも持っていません。
分からないことが多くて、そのたびに何ができるかを考えてきました。
世の中に溢れているハウツーやフレームワークなんかも学んでみたり。
でも、答えって結局は自分の中にしかなかったんですよね。
それは仕事でも生活でも同じだった。
人の論理を借りたって、自分の頭で考えて納得しないと動かないから。
だからこそ、私は答えではなく問いや思考を綴ることにしました。
答えのリターンは1だけれど、思考のリターンは指数関数的に増えていく。
投資と同じで、そういう構造になっている。
逆に言うと、私はストレートな答えだけを提示することはしません。
ふとした疑問から何をどう考えたのか、その問い方だけを武器にします。
問いかけは地図のようなものです。
地図があれば、どのルートで辿り着くのかを自由に選べるから。
地図があれば、立ち止まったとしても迷うことはないから。
ここで執筆する記事には特定のジャンルがありません。
仕事をテーマにした記事でも、生活に持ち帰ることができる部分はあるし、議事録を書いたり会議の主催をするときに考えている内容が「相手の意図を読む」「話すこと」のメソッドとして活用できることもあります。
読んだ人が分からないことが、たまたまそこに書いてあるかもしれないし、
読んだ人がなんとなくやってきたことに名前がつくかもしれない。
私自身にとって、きりしまつづりは「これまでやってきたことを言語化して、今後も歩く背中を押してくれる人」です。
けれど。
こうして読んでくれるあなたにとって、私が誰になれるのかは…これから名前がつくのだと思います。
きりしまつづりは、問いを立てます。
その場凌ぎの答えやハウツーではなく、あたりまえを問い直す思考を届けます。
あなたにとって、私は誰ですか?
アイデンティティは決して単一ではなく、様々に交差し、対立する言説・行動・立場を横断して多様に構成されるものだ。
▼ きりしまつづりが「問いの伝道師」になった経緯 ▼
▼ 同じ悩みを抱えている、自信がつかないという方はぜひ ▼
▼ 有料記事は入門編・実践編それぞれでマガジンに収録しています ▼
いいなと思ったら応援しよう!
もしよろしければ、応援お願いいたします!
次回以降の執筆のため、書籍や体験代に使わせていただきます。