子供の話題を避けるようになった自分に気づいた日

子供の話題を、無意識に避けるようになっている自分に気づいた日があった。

職場で同僚が、
「うちの子がさ〜」
と話し始めた瞬間。

今までは普通に聞いていたはずなのに、その日はなぜか、視線をパソコンに落としてしまった。

相槌は打っている。
でも、ちゃんと聞けていない。

その話題から、少しでも早く離れたくて、
心のどこかで、会話が終わるのを待っていた。



思い返せば、以前の自分は真逆だった。

仕事柄、高齢の方と話すことが多く、
会話の中で自然と家族の話になることも多かった。

「双子が生まれたんですよ」
「最近、こんなことができるようになって」

そう言いながら、
スマホに入っている写真や動画を、
何度も何度も見せていた。

初めて笑った顔。
並んで寝ている姿。
同じタイミングで泣く動画。

正直、完全に親バカだったと思う。

でも、その時間が嬉しくて仕方なかった。



今はもう、
あの頃のように子供の話をできなくなった。

職場の同僚には、
まだ離婚したことを話せていない。

高齢の方たちにも、
あの頃と同じように接している。

だから、左手の指輪だけは、
今も外せずにいる。

外してしまったら、
何か聞かれるかもしれない。
何かを説明しなければいけなくなるかもしれない。

それが怖くて、
今日も指輪をつけたまま仕事をしている。



「お子さん、元気ですか?」

そう聞かれるたびに、
一瞬、心臓が跳ねる。

正直に話せないから、
いつも同じ言葉で誤魔化す。

「今、実家に帰ってて」

それ以上、
突っ込まれないように。

それ以上、
自分の心が崩れないように。



嘘をついている自分が嫌になる。

でも、
真実を話す勇気も、
今の自分にはまだなかった。



子供の話題を避けるようになったのは、
子供が嫌いになったからじゃない。

話したくないほど、
大切だからだ。

思い出すだけで、
胸の奥が痛くなるほど。



父親なのに、
父親の話ができない。

それが、
今の自分の現実だった。



きっといつか、
子供の話を自然にできる日が来る。

指輪を外して、
変に誤魔化さなくてもよくなる日が来る。

今はまだ、
そこまで行けていないだけ。



この文章を書きながら、
改めて思う。

あれだけ自慢していた自分がいたからこそ、
今の自分の変化にも気づけた。

今日は、
子供の話題を避けてしまう自分を責めずに、
ただ「そう感じている自分」を認めて眠ろうと思う。

同じように、子供の話を避けるようになってしまった人へ。
自分が一番しんどかった時期に「やって逆に苦しくなったこと」と
「実際に助けられたこと」を別の記事にまとめています。

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