「まだ戻れる」と信じて、千葉と兵庫を行き来していた
別居になったとき、
正直なところ「まだやり直せる」と思っていた。
育児のすれ違いはあったけど、
話し合えば、時間をかければ、
きっと元に戻れると信じていた。
千葉と兵庫の距離も、
そのときは大した問題じゃなかった。
(私が千葉、妻が兵庫)
月に2回、往復する生活が始まった。
仕事を調整して、
新幹線や高速バスに乗って、
何度も同じ景色を眺めた。
移動中は、
これから何を話そうか、
どう伝えたら分かってもらえるか、
頭の中で何度もシミュレーションしていた。
ちゃんと向き合えば、
誠意は伝わるはずだと思っていた。
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子供の顔を見るたびに、
「このまま終わらせちゃいけない」と思った。
父親として、
夫として、
できることは全部やろうと決めた。
距離も、時間も、お金も、
惜しいとは思わなかった。
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それでも、
何度通っても、
関係は少しずつしか動かなかった。
会話はできているのに、
気持ちは噛み合わない。
「分かってるつもり」と
「分かってほしい気持ち」だけが、
すれ違っていく感覚があった。
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この頃はまだ、
「ダメかもしれない」という想像を、
意識的に避けていた。
努力している自分を、
信じたかったからだ。
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この先、
どこで何が決定的だったのか。
何をやっても埋まらなかった溝。
最後に自分が受け入れたこと。
それは、
また別の場所で書こうと思っている。
この時期に、自分が「やって逆に苦しくなったこと」と
「それでもやってよかったこと」を、別の記事にまとめています。
