【鎧を脱ぐ日々】第2話:心の加湿器。失った筋力と、30分間の至福。
午前2時の独白から、数時間が経った。
病室の窓から差し込む光が、少しずつその強さを増していく。
不眠の夜を越えたぼくの身体は、ステロイドの副作用で熱を帯び、どこか現実感を欠いたまま、新しい一日を迎えようとしていた。
今日から、本格的なリハビリが始まる。
指定難病「皮膚筋炎」によって、ぼくの身体というシステムは 、一時的な機能停止を余儀なくされた。
かつて当たり前のように動いていた腕は重く、足は一歩を踏み出すたびに震える。
案内されたのは、ガラス張りの広いトレーニングルームだった。
外の眩しい光が差し込むその空間に足を踏み入れた瞬間、病室の静寂とは違う「動」の気配がぼくを包み込んだ。
停滞していたOSが、微かな起動音を立て始めたような——
心地よい感覚に、心がふっと軽くなった。
失われた武器と「未練の鎧」
かつてのぼくは、身体を動かすことが何よりも大好きだった。
30年間、ビジネスの最前線でエンジニアとして、また経営の端くれとして戦い続けながら、
後半の20年間は少年サッカーのコーチとして、子どもたちと一緒にフィールドを全力で駆け回ってきた。
週末になれば愛車のロードバイクにまたがり、近所のサイクリングロードに繰り出し、風を切って数十キロの距離を走る。
自分の思い通りに動く強靭な身体は、社会で生き抜くための最強の武器であり、ぼくという人間の自信を支える 「根拠」そのものでもあった。
しかし今、その武器はぼくの手元にはない。
入院前から、体力と筋力の急激な低下を自覚していた。
少し歩くだけで呼吸が乱れ、楽しみにしていた愛犬の散歩にも行けなくなった。
ガレージでぼくの帰りを待つロードバイクの姿を思い浮かべると、胸の奥がチリリと痛む。
「あの頃のように、また風を切って走れる日は来るのだろうか」
エアロバイクのペダルを漕ぎながら、一瞬、遠い目をしてしまう自分がいた。
かつての自分と、今の動かない自分。
その絶望的なまでのギャップを突きつけられるのは、正直に言えば、あまりにも苦しい。
だが今は、その「未練の鎧」を脱ぐ時だと思う。
できないことを数えて嘆くのは、プログラムのバグを放置したままエラーログを眺め続けるようなものだ。
今のぼくに必要なのは、過去への執着という重いデータを削除し、「今、この瞬間にできること」だけに、リソースを集中させることだ。
昨日まで上がらなかった足が、今日は数センチ高く上がった。
昨日より1分長く、エアロバイクのペダルを漕ぎ続けることができた。
その「できたこと」という名の小さな成功データを一つひとつ丁寧に拾い上げ、自分自身に「いいね!」を送る。
それが今のぼくに許された、唯一の再生への道だ。
伴走者という名の、心の加湿器
入院後しばらくして始まったリハビリは、今も平日は毎日欠かさず続けている。
そして幸運なことに、担当の理学療法士さんは、開始当初からずっと同じ女性の方が受け持ってくれている。
実は、年度が変わる4月のタイミングで、彼女は担当部署が異動になったという。
組織としての役割が変わったのであれば、担当が交代するのが一般的だろう。
しかし彼女は、継続して受け持ってくれることを決めてくれたのだ。
この配慮が、どれほどぼくの支えになったか計り知れない。
エンジニアの世界でも、システムの全体像を理解し、その成長の過程を共に見てきた「主担当」が そばにいてくれる安心感は、何物にも代えがたい。
彼女はぼくの身体というシステムの、最も信頼できるデバッガーであり、最高の伴走者だ。
日々のリハビリメニューは、15分間のエアロバイクから始まり、ストレッチポールを使った繊細な体幹トレーニング、そして筋力の回復に合わせた病院外の散歩へと続く。
外の空気を吸いながら歩くリハビリは、季節の移ろいを肌で感じさせてくれる。
まだまだ息が上がる場面も多い。
心拍数が上がり、額に汗が滲む。
しかし、その「生きている」という手応えを伴う疲れは、最高に気持ちが良い。
入院当初、ベッドから起き上がることすらままならなかった頃に比べれば、 今のぼくは確実に、失われた体力を取り戻しつつある。
ここで教えてもらったメニューは、ぼくが再び社会というフィールドで活躍するための「標準プロトコル」として、一生大切に実践していくつもりだ。
言葉が紡ぐ、インスピレーションの連鎖
この30分間のリハビリを「至福のひと時」に変えてくれているのは、トレーニングそのものだけではない。
彼女との何気ない、けれど深い会話。
それが、ステロイドという強い薬の影響で乾ききったぼくの心に、そっと潤いを与えてくれる。
まさに「心の加湿器」と呼ぶにふさわしい時間だ。
ぼくたちが交わす言葉は、単なる世間話には留まらない。
書籍化に向けた具体的なアイデア、「世界一簡単に夢を叶える7日間メソッド」の本質、お互いの親のこと、成長していく子どもたちのこと。
家族との関わりの中で感じる喜びや葛藤、週末に起こった小さな出来事、最近読んで感銘を受けた本について。
驚くほど共通の話題が多く、話は尽きることがない。
彼女と話していると、不思議なほど次々に新しいインスピレーションが湧き上がってくる。
ぼくが理系エンジニアとしての視点で物事を捉えようとするとき、
彼女は理学療法士としての生命への敬意を込めた視点で、ぼくの言葉を優しく包み込んでくれる。
その対話のプロセスこそが、ぼく自身の思考のノイズを消し去り、本当に届けたい言葉を純化させてくれる。
「ビジョナリー著者になりたいという夢、本当に素晴らしいですね」
彼女のその言葉に、ぼくは何度救われただろうか。
難病というエラーに直面し、一度は見失いかけていた「優しい言葉で誰かの心を軽くしたい」というぼくの本当の望み。
それを「明確な夢」として再認識させてくれたのは、間違いなく彼女という存在が 大きく寄与している。
彼女との出会いがなければ、ぼくの心のデバッグは、これほどポジティブな方向へは進まなかっただろう。
感謝してもしきれない、ぼくにとっての大切な恩人だ。
リリースの日を待ちわびて
リハビリを終え、額の汗を拭きながら病室へ戻る途中、
階下のコンビニに立ち寄り一杯のホットコーヒーを買うのが、ぼくのささやかなルーティンとなっている。
どこにでもある100円のコーヒーだ。
しかし身体を動かし、誰かと深くつながり、インスピレーションに満たされた後に飲むその一杯は、
どんな高級ホテルのラウンジで飲むコーヒーよりも格別の味だ。
退院の足音が、少しずつ近づいている。
それは喜ばしいことである反面、彼女とのこのリハビリの時間が、もう少しで終わってしまうという寂しさもはらんでいる。
しかし、感傷に浸るにはまだ早い。
退院の日まで、ぼくは一歩一歩、しっかりとリハビリに取り組んでいくつもりだ。
教えてもらったすべてのメニューを身体に叩き込み、ぼくというシステムの最適化を最後まで追求したい。
次に彼女と会うとき——
それはもしかしたら、ぼくが「ビジョナリー著者」として本を出版したときかもしれない。
そのときには、すっかり元気になった姿で、最高の笑顔で、直接「ありがとう」と伝えられる自分でありたい。
リハビリ室の窓から見える空は、今日も果てしなく青い。
かつての自分に戻るのではなく、この不自由な経験を糧にした「新しい自分」へとアップデートしていく。
そのための小さな一歩を、明日もまた、ぼくはあの光の差す部屋で踏み出す。
あなたは今、どんな「未練の鎧」を脱ぎたいですか?
追伸: 連載開始にあたり、予想を遥かに超えるたくさんの「スキ」をいただきました。深夜2時、副作用で眠れない暗闇の中で見たあの赤い通知は、凍えた手を温めるスープのように、僕の心をそっと溶かしてくれました。本当に、ありがとうございます。
皆さんの応援を力に変えて、2026年9月26日に向けて一歩ずつ、大切に言葉を紡いでいきます。今夜も、どこかで誰かが穏やかな夜を過ごせますように。
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