【鎧を脱ぐ日々】第4話:静寂のなかでの再会。瞑想が教えてくれた「さとり」の正体
サンクチュアリに移ってから、ぼくは毎朝、iPad miniのKindleで宝彩有菜さんの『いちばんやさしい瞑想入門』を開いている。
ぼくはもともと、理系出身のエンジニア系ビジネスパーソンだ。
幼少期の愛読書は、科学雑誌『ニュートン』。
好きな作家は、寺田寅彦。
基本的には、論理的で合理的なものを愛している。
そんなぼくが、なぜ「瞑想」にここまで没頭するのか。
それは、これがぼくにとっての「アタマとココロの精密なストレッチ」だからだ。
15年前の出会い、そして遠のいた日々
瞑想との出会いは、15年前に遡る。
東日本大震災の後、ぼくは少しだけメンタルを壊していた。
会社や業界が潰れてしまうのではないかという漠然とした不安、放射能への恐怖、まだ幼かった子どもたちの将来。
出口の見えない闇に飲み込まれそうになっていたとき、瞑想に出会った。
何度か実践するうちに、一度だけ「境地瞑想」と呼ばれるステージで、震えるような恍惚感を体験したことがある。
大いなる存在に繋がり、ただただ涙が溢れて止まらなくなったあの瞬間。
それまで学んできたロジックでは説明できない、魂が震えるような衝撃だった。
しかしその後、仕事とサッカーコーチと家庭の忙しさに追われるうちに、瞑想からも足が遠のいていった。
15年ぶりの、静寂
そして今。
病室という、皮肉にも人生で最も「静寂」な場所に放り込まれ、15年ぶりに瞑想の虜になっている。
目を閉じ、呼吸を整える。
病気のこと、仕事のこと、少年サッカーのこと。
それらすべてを一時的に手放し、大いなる存在に全面的に「おまかせ」する。
なるようになる。
その境地に達したとき、ぼくは意識の深いところで、ある「閲覧室」に辿り着いた。
そこには、幼少期から青年期にかけての記憶が、鮮やかな映像となって並んでいた。
その中心にいたのは、母だった。
母との記憶
幼い頃のぼくは、ひどく内向的な「母っ子」だった。
外で遊ぶよりも、母のそばで手作り料理やケーキ作りを眺めているのが好きな、引っ込み思案な少年。
仕事で留守がちだった父の代わりに、母は兄弟に溢れんばかりの愛を注いでくれた。
大学卒業後、関西を離れて関東へ就職したときも、心にはいつも「いつかまた、母と一緒に暮らしたい」という願いがあった。
その願いが叶ったのは、20年前の家づくりのタイミングだった。
母は「孫のそばにいられるのが嬉しい」と、住み慣れた関西を離れ、父と共に関東へ移住してきてくれた。
けれど、同居という「当たり前」の日常に没頭するあまり、離れて暮らしていた頃よりも、母とゆっくり話す時間が取れなくなっていた。
気づけば、母はすっかり年を取っていた。
足腰が弱まり、要介護認定を受けた。
それでもリハビリを頑張って元気に過ごしてほしいと願っていた矢先、2023年の夏の終わりに持病の脳梗塞が再発し、入院。
院内感染と誤嚥性肺炎を併発し、母はわずか1ヶ月で帰らぬ人となった。
面会制限に阻まれ、最期の時間を共に過ごすことも叶わなかった。
「もっと話せばよかった」
「なぜもっと大切にできなかったのか」
後悔、懺悔、贖罪。
その重い感情が、ぼくの心を縛り付ける 「思考の鎧」となっていた。
瞑想のなかでの再会
しかし、瞑想の中で再会した母は、苦しんでいたあの姿ではなかった。
幼かったあの頃と同じ、優しく温かな笑顔で、母は語りかけてきた。
「一緒に暮らせて、本当に嬉しかった。 ありがとう」
「あなたは、あなたらしく歩みなさい」
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。
蓋をしていた懐かしい思い出たちが、温かな光となってぼくを包み込んでいく。
両親、兄弟、妻、子ども、祖父母、叔父叔母、従兄弟、そして仲間たち。
これまで出会ってきたすべての人々の愛が、今のぼくを支えてくれていることに気づかされた。
なぜ、母との再会でいつも号泣してしまうのか。
正確な理由はわからない。
ただ、胸の奥からせり上がってくる「後悔」と「懺悔」が溢れ出した後に、最後はいつも、言葉にできないほどの「感謝」に包まれる。
今のぼくを苦しめていたのは、過去への「後悔」という名の「ノイズ」だった。
瞑想を通じて、その正体を「思考の鎧」として見極め、ようやく脱ぎ捨てることができた。
鎧を脱いだ先にあるもの
瞑想を終えると、いつも心は驚くほど爽快だ。
そのまま立ったままの朝ヨガで体をさらに解きほぐす。
ステロイドの影響による不眠に悩まされながらも、前向きに過ごせているのは、この瞑想とヨガの習慣のおかげだ。
これまで必死に頑張ってきた自分。
鎧を着込んで戦い続けてきた自分。
そんな自分に対しても、今は「ありがとう」と伝えたい。
自分を責め、過去に縛り付けてきた「思考の鎧」を脱ごうとしている。
それは、自分を許し、今この瞬間にある愛を受け入れるための、静かな決意だ。
瞑想のなかで再会した母の笑顔は、今のぼくを支える何よりの特効薬。
もう、一人で戦うための鎧はいらない。
自分と家族を大切に、日々の暮らしを丁寧に、母から受け取った優しい気持ちで、一歩ずつ歩いていく。
あなたは今、 どんな「思考の鎧」を脱ぎたいですか?
追伸: 今日、僕は自分の夢に向けて、とても小さな、でも僕にとっては震えるような一歩を踏み出しました。
入院前の、あの暗い絶望の淵にいたときには、全く想像もできなかった挑戦です。瞑想を通じて「思考の鎧」を脱ぎ捨てられたことで、心に新しい光が差し込む隙間ができたのかもしれません。
自分を縛り付けていた後悔や不安を手放した瞬間に訪れた、不思議な「引き寄せ」と、大いなる存在からの導き。この新しい挑戦について、また詳しくお話しできる時が来たら、真っ先に皆さんに報告させてください。
2026年9月26日というゴールが、少しずつ、でも確実に輪郭を持ち始めています。引き続き、温かい応援をいただけると嬉しいです。
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