今更ですが、チェンソーマン レゼ編 を素人分析 フロイト ✖︎ アドラー 心理学 (➕妄想画集)
※今更ですが、ネタバレあります。
過去に縛られ、未来に手を伸ばした少女
――『チェンソーマン』レゼ編を心理学で読み解く
『チェンソーマン』の中でも、レゼ編はとりわけ切なく、読後に重たい余韻を残すエピソードです。
爆弾の悪魔という派手な設定とは裏腹に、その核心にあるのは「過去に縛られた人間が、未来を選べるのか」という極めて人間的なテーマではないでしょうか。

本記事では、レゼというキャラクターを
・物語終盤までを「フロイト心理学」
・最終盤を「アドラー心理学」
という二つの視点から分析してみたいと思います。
⸻
レゼは「過去に囚われた存在」だった ――フロイト心理学的解釈

フロイト心理学では、人間の行動は幼少期や過去のトラウマ、抑圧された記憶によって大きく規定されると考えます。
レゼはまさに、この理論に当てはまるキャラクターです。
彼女は幼い頃からソ連(作中設定)で兵器として育てられ、
・自由のない教育
・逃げ場のない任務
・感情を殺すことを強いられた生活
を送ってきました。
その結果、彼女の人格は「生き延びるための仮面」として形成されます。
明るく、素朴で、少し不器用な少女像は、デンジに近づくための“演技”であり、本心を抑圧した姿でした。
フロイト的に見れば、
レゼの行動原理は「無意識に刻まれた過去」によって決定されています。
彼女自身が幸せを望んでいるにもかかわらず、
・国家
・任務
・殺し
という役割から逃れられないのは、過去の刷り込みがあまりにも強いためです。
だからこそ、デンジとの穏やかな日常は、彼女にとって“異物”でした。

手に入れてはいけない、信じてはいけないもの。
それがあるからこそ、彼女は裏切り、殺し、再び兵器へと戻っていきます。
これは「過去のトラウマに支配された自己」の典型的な姿と言えるでしょう。
⸻
それでもレゼは、未来を選ぼうとした ――アドラー心理学的解釈

一方、アドラー心理学はフロイトとは正反対の立場を取ります。
人は過去に縛られる存在ではなく、「どんな未来を目指すか」によって行動を選ぶ、という考え方です。
レゼ編の最終盤は、まさにこのアドラー的転換点です。
デンジとの別れの直前、
彼女は一度、任務も国家も捨て、「一緒に逃げる」という未来を選ぼうとします。
ここで重要なのは、
それが“過去に癒されたから”ではない点です。
過去は何一つ変わっていません。
それでもレゼは、
「それでも私は、違う生き方を選びたい」
という目的を自分で設定します。
これはアドラー心理学でいう「目的論的選択」に近いものです。
彼女は被害者であることをやめ、
自分の人生の主体になろうとした。
ほんの一瞬ですが、確かにレゼは“未来志向の人間”になったのです。
⸻
だからこそ、レゼの最後はあまりにも悲しい
しかし、その未来は叶いませんでした。
デンジのもとへ向かう途中で…
ここがレゼ編最大の残酷さです。
過去に囚われ続けたまま死ぬのではなく、
「ようやく未来を選ぼうとした瞬間」に断ち切られる。
レゼは救われなかった。
けれど、彼女が未来を見た事実だけは、確かに存在します。
それはデンジの中に、そして読者の中に、深い爪痕を残しました。
レゼは、幸せになる資格がなかったわけではありません。
ただ、世界がそれを許さなかった。
だからこそ彼女の最後は、美しく、そしてどうしようもなく悲しいのです。

過去に縛られ、未来を夢見て、そして散った少女。
レゼ編は、『チェンソーマン』という作品が単なるバトル漫画ではないことを、静かに、しかし強烈に示しているのではないでしょうか。
関連記事
