音に包まれ、香りに酔い、心がふるえた。宝塚“1列目”の世界へ。
こんにちは。ピアノ講師、メンタルコーチの One Heart です。
プロローグ
今回は、宝塚の観劇についてのnoteです。
いわゆる観劇レポートではなく、
“宝塚1列目に座った“わたし”の五感が受け取った体験”を、備忘録としてつづりました。
舞台の細かい演出やストーリーには触れていないので、ネタバレはありません。
その場にいたからこそ感じられた空気や心の動きを、
体験記のような感覚でお楽しみいただければうれしいです。
✧✧✧
宝塚の公演で、SS席の1列目が当たりました。
しかも、宝塚友の会の抽選で。
今回の公演は、星組トップスター・礼真琴さんの退団公演。
最前列というだけでも特別なのに、そのタイミングでこの席に座れることが、まるで夢のようで・・・。
でもなぜか、するりとその現実を受け取ってる自分もいました。
「当たるわけないよなぁ・・・」なんて思いながら、
どこか気楽な気持ちで応募したSS席の抽選。
それでも、今ふり返ってみると・・・
あれは、やっぱり“縁”だったのかもしれないなと思うんです。
ネットでは「この公演の最前列が、数十万円で転売されている」なんて話も見かけて、そんな“すごい席”に自分が座るなんて・・・と、少し気後れしそうになったけれど、
今回は、本当に何の前触れもなく、当たってしまいました。
強く願ったわけでもなく、
“引き寄せたい!”と思っていたわけでもなくて。
ふり返ってみると、
ここ最近、自分の中で少しずつ何かが変わってきたように感じていたのはたしか。
noteでフォロワーさんが少しずつ増えて、
Googleアドセンスの審査も通って、
川崎のピアノルームの家賃を、自分の収入で払えるようになって。
そういう、小さな“できた”が積み重なってきたなあ・・・と思っていた頃に、やってきた今回のできごと。
まさかの、宝塚の1列目。

またまた思考がざわついてます、笑。
これが、“ご褒美”ってやつかもしれないな。
そんなふうに、ふと思ったんです。
舞台に向かう足取りと、心の準備
東京宝塚劇場に足を運ぶのは、これで4回目。
神奈川に移住してから初めての観劇は、2024年3月。
星組さんの『RRR』でした。
それ以来なので、星組を観るのはけっこう久しぶり。
わたしのご贔屓は雪組なので、毎公演チェックするという感じではないけれど、やっぱり劇場に向かう日は、自然と心がそわそわします。
東京の劇場にも、少しずつ慣れてきました。
これまではずっとS席やA席だったけれど、今回ははじめてのSS席。
しかも、まさかの最前列で・・・。
その文字を見た瞬間、「うれしい!」という気持ちと同時に、
なんとも言えない緊張がすーっと身体を走りました。
・・・と同時に、頭の中ではこんな声がざわざわし始めました。
「何を着ていったらいいんだろう?」
「ちゃんとメイクしなきゃ・・・」
「さすがに歩きやすい靴はNGだよね?」
普段の観劇と何かが違うことだけは、はっきりとわかっていたけれど・・・、その“正解”が、すぐに見つかるわけでもなく。
普段ファンデーションしない派なので、「当日はマスクでいっか」と逃げそうになったり、「でも、片道1時間の電車移動だし・・・動きやすい靴がラクなんだけどな」と現実的なわたしが出てきたり。
舞い上がる気持ちと、地に足つけようとする自分の、ちいさなせめぎ合い。
「1列目」という未知の世界を前にして、わたしの頭の中は軽く“脳内会議”になっていたのです。
そして、会議の結果・・・
メイクをして、髪型もきれいにまとめて、服もいつもよりおしゃれに決めて。
靴は駅まで動きやすい靴、現地でパンプスに履き替える作戦で行くことにしました。
頭はいろいろと会議をするけれど、心の奥では、やっぱり楽しみにしていたんだと思います。
そして迎えた当日。客席に座ったその瞬間・・・ふと、ある記憶がよみがえってきました。
そういえば、兵庫の大劇場ではSS席の2列目に座ったこともあったな。
あのときはコロナの時で、会場には空席も多く、
どこか静かで、異様な空気が漂っていたのを覚えています。
あの頃とは違う、活気が戻った劇場。
あの頃とは違う、今のわたし。
そんなことを思いながら、客席に座ったあの瞬間を、
今でもよく覚えています。
音に包まれる〜全身で感じた“臨場感”
舞台が始まった瞬間、まず感じたのは「音」の存在感でした。
1列目だから、前から音が押し寄せてくるのかなと思っていたけれど・・・
実際は、もっとやさしくて、でもしっかりと身体の奥まで届いてくるような感覚。
ただ耳で“聞く”というより、音に“包まれている”ような感じだったんです。
オーケストラの響きも、舞台からの歌声も、
どれもひとつひとつが立体的で、空間をまるごと満たしてくれる。
身体の内側にまで、音がすーっとしみ込んでいくような・・・
そんな心地よさがありました。
あぁ、これが“生の舞台”なんだなぁ、とあらためて思いました。
この場にいるからこそ感じられる振動。
目を閉じても、そこに舞台があるとわかるほどの「存在としての音」。
いつもの劇場と、聞こえてくる音楽は同じはずなのに、
距離と空気が変わるだけで、こんなにも違って感じるなんて。
なんだか、自分も舞台の中に少し溶け込んでいるような、不思議な感覚でした。
舞台の香りに酔う〜五感が開いていく瞬間
もうひとつ、忘れられないのが・・・「香り」です。
ジェンヌさんが銀橋(オーケストラボックスと客席の間にあるエプロンステージ)を通るたびに、ほんの一瞬、ふわっと香りが漂ってくるんです。
それぞれのジェンヌさんに、それぞれの香りがあって。
甘さだったり、爽やかさだったり、ほんのり大人っぽかったり。
それが、香水ですよ!という感じではなく、空気の中に自然に溶け込んでいるんです。
ほんのわずか、でも確かに感じる。
舞台の光や音に混じって、もうひとつの“表現”として香っているような・・・。
その香りを感じたとき、
「あぁ、いま本当に、ここに“人がいる”んだ」と、ふと現実に引き戻されるような、でもそれすらも夢の中のような、ふしぎな感覚がありました。
宝塚の舞台って、どこまでも華やかで夢のようなのに、
同時にこうして、生きてる人間の“体温”や“息づかい”や“香り”まで感じさせてくれる。
その両方があるからこそ、こんなにも惹きつけられるのかもしれません。
あんなふうに香りが届いてくる距離は、きっと1列目ならでは。
視覚や聴覚だけじゃなくて、嗅覚まで刺激されるなんて、思ってもみませんでした。
羽根が舞った〜そのとき、心がふるえた
そして、最後のパレード。
礼真琴さんが、大きな羽根を背負って登場されて、銀橋へ歩いて来られたとき。
その羽根が、礼さんが向きを変えるたびに、空気が揺れる。
ふわっと舞い、ズシッと響く。
方向を変えるだけで、羽根の重さやしなやかさが、全身に伝わってくるんです。
ただの飾りじゃない。
あの羽根には、重みだけじゃなく、トップスターとしての“背負っているものすべて”が、込められているように感じました。
目の前にいるのは、ずっと遠くから見ていたはずの存在で、
でも今この瞬間、たしかに、ほんの数メートル先に立っている。
その事実に、感動とか感謝とか、言葉にできない思いが一気に押し寄せて、
もう・・・目が足りない。感性が間に合わない。
すべてを受け取ろうとしても、受け止めきれないほど、
舞台のすべてが、こちらに向かって流れ込んでくる。
そんな中でふと湧き上がってきたのが、
「選ばれし、20名にわたしがいる」という実感でした。
東京宝塚劇場のSS席1列目は、たった20席。
その中のひとつに、わたしが座っている。
ただ“ラッキーだった”だけでは片づけられない何か。
あの瞬間、わたしはたしかにそこにいて、
舞台と、ジェンヌさんたちと、同じ空気を吸っていた。
感動と緊張と、喜びと敬意と、
いろんな思いが心の中でごちゃまぜになって、
ただ静かに、でも深く、心がふるえていました。
“アウェイ”だと思っていたけど〜わたしの居場所だった
開演して10分くらいは、とにかくドキドキしていました。
最前列なんて、めったに座れる場所じゃない。
その事実がうれしくて誇らしくて・・・でも、やっぱりどこかソワソワしてしまって。
観る前は、あの席に座る自分が想像できなかった。
緊張して、顔がこわばって・・・。
“ただ楽しめばいい”ってわかってるのに、
「そこにいる自分」を肯定しきれない時間も、たしかにあるんですよね。
でも、だんだんと場の空気にもなじんできて、
気づけば、目の前の舞台にすっかり没頭している自分がいました。
なにしろ、舞台があまりにも近い。
近すぎて、目と心が、どちらも追いつかない。
視界のどこを切り取っても、感動でいっぱいで、目が足りないと何度も思いました。
銀橋をジェンヌさんが通るたびに、自然と笑顔になってしまう。
ときどき、前列のわたしたちにも目を向けてくださって、目が合った・・・と思った瞬間には、もう胸がいっぱいに。
銀橋にライトが当たるとき、客席の前列にもまぶしい光が届くんです。
最初はそのまぶしさにドキッとしました。
でも、何度か重ねるうちに、少しずつ慣れてきて・・・。
その光の中に、わたしもほんの少しだけ“舞台に参加しているような気持ち”さえ湧いてくるから不思議です。
どの方も、最高の笑顔で舞台に立っていて、
その輝きに、ただただ圧倒されていました。
下級生たちのラインダンスの場面では、
パフォーマンスを終えたジェンヌさんが、ふと「ありがとうございました」と口を動かしているのが見えて、
あぁ、1列目ってオペラグラスなしでもこんな細かいところまで見えるんだ・・・としみじみ感じました。
同時に、一度ではとても見切れない席だなとも思いました。
心が感じる速度よりも、舞台の熱量のほうが早すぎて。
1列目には、あらゆるものが濃密に詰まっている。
そして舞台が終わると、緞帳が静かに下り、
客席が明るくなって、少しずつ現実が戻ってきます。
「あぁ・・・終わってしまった」
そんな寂しさと、でもどこか満たされた感覚と。
ぼんやりと余韻にひたっている中で、ふと気づいたんです。
あぁ、ここは“アウェイ”じゃなかったんだな。
ちゃんと、わたしのままで、あの空間に“居られた”。
背伸びして取り繕うこともなく、
ただ静かに、でも深く舞台とつながっていた。
そう思えたことが、なんだかとてもうれしかったんです。
舞台のあと、生まれた“新しい願い”
最前列の席が当たったと知ったとき、
正直なところ、心のどこかで思っていました。
「こんな機会、もう一生に一度あるかないかだよね。
だったら、一度体験できただけで十分かも。」
そんなふうに、自分に言い聞かせるような気持ちもあって、
“味わい尽くして終わり”という感覚でいたんです。
でも・・・
観終わって、余韻がじんわりと残るにつれて、
その気持ちは少しずつ変わっていきました。
「あの景色を、もう一度見たい。」
「あの場所で、また舞台の空気を感じてみたい。」
そして、ふと浮かんできたのが、
「次は、雪組で・・・」
という、新しい願いでした。
星組も好きだけど、わたしが一番観たいのは、雪組。
その舞台に、あの距離で向き合えたら、どんな景色が見えるんだろう。
どんな感情が芽生えるんだろう。
朝美絢さんの舞台で、またぜひ1列目で観てみたい。
あの世界観を、あの目線の高さで、もう一度全身で味わってみたい。
行く前は「1回で満足」なんて思っていたのに、
実際には、心の中で、もっと見たい、もっと感じたいと静かに揺れていました。
舞台を観ることで、眠っていた願いが目を覚ます。
そんな体験だったように思います。
余韻の中でつながる〜宝塚とわたしの物語
宝塚の舞台は、どこまでも夢のようで、きらびやかで、完成されていて。
でも同時に、そこに立つひとりひとりの中に、“まだ進化していく”という予感も感じさせてくれます。
その瞬間ごとに確かに輝いていながら、
次にまた観たときには、もっと深く、もっと美しくなっている・・・
そんな“生きている舞台”だからこそ、
観るたびに、「生きているって、いいな」と思わせてくれるのかもしれません。
最前列という、あまりにも特別な場所でその舞台を観られたことは、
たしかに一生の記憶に残る体験になりました。
でも、時間が経っていちばん心に残っているのは・・・
「わたしも、たしかにあの空間の一部だった」という実感です。
舞台のきらめきや音、香りを感じながら、
そこに居たのは、いつもの“わたし”で、
緊張しながらも、目の前のすべてをただまっすぐに受け取っていた。
またいつか、あの景色に出会えるように。
またいつか、心がふるえる瞬間を受け取れるように、
“毎日”を丁寧に生きていこうと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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宝塚の舞台が終わったあと、ふと静かな時間に読みたくなる・・・
そんな「余韻の続き」のような記事を3つご紹介します。
✧˙⁎⋆合わせて読みたい記事
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“豪華すぎる観劇かぶり”に居合わせた日のこと。
「うれしい!」のあとに顔を出した“もっと…”という心の動きを、
〈差取り〉の視点でやさしく観察しました。
✧大人にこそ必要な“音の時間”。生ピアノで満たされる心
宝塚の1列目で“音を浴びる”体験をしたあと、ふと思い出したのは、
わたし自身が「音に包まれる安心感」を味わった瞬間のことでした。
それは、ピアノの“生の響き”が、心まで届いてきたあの時間。
✧ フランス音楽って、なにが“フランス的”なの?──曖昧さを愛する美学
音楽の間(ま)と余韻。
はっきりしない“ゆらぎ”が、違和感だった心もいつのまにか惹きつけられてしまう。
フランス音楽の美学を探りました。
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