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思考が忙しい日は、身体も緊張している

こんにちは。ピアノ講師・メンタルコーチの One Heart です。


今日は、「思考」の話をしてみたいと思います。


✧✧✧


何か大きな問題が起きているわけじゃない。
失敗したわけでも、トラブルに巻き込まれているわけでもない。


むしろ、
「それなりにやれている」
「ちゃんと回っている」
そんな日常の中で、ふと、
落ち着かない感覚がやってくることってありませんか?


休憩しているはずなのに、なんだか休まらない。
ひとつ終わって「さて」と腰を下ろした瞬間に、ざわっとする。
特に理由は思い当たらないのに、
「何かしなきゃ」という感じだけが、あとに残る。


スマホを手に取ってみたり、
次にやることを頭の中で並べてみたり、
何となく動いてみるけれど、
それでも、すっきりはしない。


この感覚、
うまく言葉にできないまま、
「まあ、こんなものか」と流している人も多いかもしれません。


✧✧✧


それ、あなたの性格じゃないかもしれません

こういうとき、わたしたちはつい、


「真面目だからかな」
「考えすぎるタイプだから」
「心配性だから仕方ないよね」


そんなふうに、自分の性格の問題として片づけてしまいがちです。


もちろん、性格の傾向がまったく関係ないとは言いません。
でも、それだけでは説明がつかない感覚が、確かにある。


同じような違和感を抱えている人は、実は少なくありません。
これは、年齢も、立場も、環境も関係なく起きます。


仕事をがんばってきた人。
責任ある立場にいる人。
ちゃんと考えて、ちゃんと選んで生きてきた人ほど、
この「説明のつかない落ち着かなさ」を経験していることが多いんです。


だからこれは、
「あなたが弱いから」でも
「どこかおかしいから」でもありません。


もう少し別のところで、
静かに起きていることがあるのかもしれない・・・
そんな視点を、ここではそっと置いておきたいと思います。


✧✧✧


実はこれ、「考え」の問題でもない

ここで、少しだけ視点をずらしてみますね。


この落ち着かない、ざわっとした感じは、
「ネガティブだから」とか
「ポジティブに考えられていないから」
という話ではありません。


メンタルが弱い、強い、という話でもないし、
気合いや努力で、どうにかするたぐいのものでもありません。


むしろ逆で、
ちゃんと考えてきた人ほど、起きやすい感覚でもあります。


先のことを見て、
起こり得ることを想像して、
できるだけ備えてきた人。


周りをよく見て、空気を読み、
自分なりにベストを選ぼうとしてきた人。


そうやって「考える力」を使って生きてきた人ほど、
何も起きていない瞬間に、ふっと力が抜けたとき、
この違和感が顔を出すことがあります。


思考が止まった“すき間”に、残っているものがある、
という感覚に近いのかもしれません。


✧✧✧


身体が先に、反応している

実は、このとき、
身体のほうはもう、静かに反応しています。


たとえば・・・


肩が、いつもより少し上がっている。
気づくと、身体が前のめりになっている。
呼吸が浅く、胸のあたりだけで息をしている。


特別な違和感ではありません。
「あ、そういえば・・・」と、
あとから思い出すくらいのちょっとした変化です。


無意識のうちに、
身体に力が入っている。
力を抜いたつもりでも、
どこかで、まだ構えている。


ここで何かを感じ取ろうとしなくて大丈夫。
内側をじっと見つめる必要もありません。


ただ、思考が忙しいとき、身体も一緒に緊張していることがある
そのことを、知っておくだけでOKです。


この違和感は、
頭だけで起きているものではなく、
身体を含めた「全体」で起きているできごとなのかもしれません。


✧✧✧


脳(思考)には、そういうクセがある

わたしたちの脳には、もともと備わっているクセがあります。


それは、先回りして考えること。
失わないように守ろうとすること。
足りない状態を避けようとすること。


何かが起きてから動くよりも、
起きる前に備えるほうが、安全だから。


だから脳は、「大丈夫そう」なときほど、
次の心配を探しにいきます。


比較したり、コントロールしようとしたり、
「もっとやったほうがいいかも」と考え続けたり。


これらは、サボっているからでも、
怠けているからでもありません。


むしろ、ちゃんと生きようとしてきた人ほど、
自然と身についていく働きです。


思考が忙しくなると、身体も一緒に緊張する。


それは、脳が「備えのモード」に入っているサイン、
とも言えるのかもしれません。


✧✧✧


仏教では「自我」、現代では「エゴ」と呼ばれることもある

こうした心の動きは、
昔から、いろいろな言葉で表現されてきました。


仏教では、この「わたしを守ろうとする思考の働き」を
「自我」と呼びます。


現代では、心理学や自己探究の文脈で、
まとめて「エゴ」と呼ばれることもあります。


どちらも、
なくすべきもの、悪いもの、
という意味ではありません。


人として生きていく上で、
自然に備わっている働きです。


大切なのは、
名前がなんであれ、
その動きに、巻き込まれすぎていないかどうか


思考が前に出すぎるとき、
身体は、少し緊張する。


そんな関係性があることを、
知っておくだけでいいのだと思います。


✧✧✧


なくそうとしなくていい。ただ、知っておくだけでいい

思考が忙しくなること。
身体が緊張すること。


それ自体を、
「よくないもの」
「手放さなきゃいけないもの」
として扱わなくて大丈夫です。


この働きは、
あなたを守ろうとして、
これまでずっと動いてきたものだから。


無理に静めようとしなくていい。
正そうとしなくていい。
戦う必要もありません。


ただ、「あ、いま思考が前に出ているな」
「身体、ちょっと構えているかも」


そんなふうに、
あとから気づくくらいで、ちょうどいい。


気づいた瞬間、
すでに一歩、巻き込まれるところから離れています。


それだけで、
呼吸が少し深くなったり、
肩の力が、ほんのわずか抜けたりすることがあります。


✧✧✧


まとめ。自由って、こういう瞬間かもしれません

自由になる、というと、
何かを変えたり、
できる自分になったり、
不安を感じない状態になることのように思われがちです。


でも、もしかしたら・・・


思考に引っ張られていることに気づいたとき。
身体が緊張していることを、責めずに見られたとき。


その一瞬に、
もう少し静かな自由が、戻ってきているのかもしれません。


何も足さなくていい。
何かにならなくていい。


ただ、いま起きていることに、
そっと気づける時間。


思考が忙しい日は、
身体も緊張している。


その関係性を知っているだけで、
日常の中に、ほんの少しの余白が生まれます。


✧✧✧


✧˙⁎⋆合わせて読みたい

ここまで読んで、
「これ、たしかにあるかも」
「もう少しだけ、自分の中を見てみたい」
と感じた方へ。


今回の記事では、
思考と身体の関係を、できるだけ日常の感覚からたどってきました。


もしよければ、
この心の動きを、もう少し具体的に見ていく記事もあるので、
読んでみてくださいね。


思考がどんなことを好み、
どんな方向へ引っ張りやすいのか。
逆に、どんなときに力を失いやすいのか。


そんな視点から書いたのが、
以下の記事です。

✧˙⁎⋆「エゴの好きなこと」

✧˙⁎⋆「エゴの嫌いなこと」

“めんどくさい”が口ぐせのように出るとき、じつは思考(エゴ)が操縦席にいるサインかもしれません。
小さな我慢がたまる前に気づくための記事も置いてあります👇

✧˙⁎⋆めんどくさい・・・も、エゴ?!

※ ここでいう「エゴ」は、
思考や脳の自動的な働きを指しています。

答えを出すための記事ではありません。
「直す」ためのものでもありません。

ただ、自分の中で起きていることを、
少し離れたところから眺めるためのヒントとして、置いておきますね。

必要なタイミングで、
気になるものだけ拾ってもらえたら、それで十分です😊




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