「泣いたらスッキリした!」小3の娘が涙を流した日のこと
こんにちは。
今日は「感情って、どうやって整えていくんだろう?」というテーマで、小学3年生の娘の話をしてみたいと思います。
運動会が雨で延期になった日。
ただそれだけのことだったのに、なんだか娘の様子がちょっと変だったんです。
特に理由はないはずなのに、なんとなく元気がない。
そういう“言葉にならないサイン”って、ありますよね。
そして夕方、ぽろっとこぼれたのがこんな言葉でした。
「明日、やすみたい」
感情がことばになるまでの「沈黙」って、大事かも
わりと感情を出すのが上手な子なんですが、その日は言葉が少なくて。
目がうるうるしてるのに話さない。
私の手を振り払って「離して」と言ってくる。
……こういうとき、大人の方が不安になりますよね。
「話してくれない=信頼されてない?」
「もしかして、わたし何かした?」
でも感情って、いつもすぐに言葉になるわけじゃないんですよね。
心理学(NLP)的に言うと、感情は「身体反応」として先に出て、それを“頭の中でどう言葉にするか”は、ちょっと時間がかかる処理なんです。
だから私は「今はまだ、言葉になってないだけかも」と思ってそっと抱きしめてみました。
あふれた涙と、小さなつぶやき
しばらくぎゅっとしていたら、娘が大泣きしはじめて、そして少しずつ言葉がこぼれ出てきました。
「席替えしたい」
「勉強、むずかしい」
「仲良しと別のクラスになっちゃった…」
一見バラバラに聞こえるけど、全部「がんばりすぎてた気持ち」のかたまりだったんだなと。
こういうとき「どうしたの?」って問い詰めるより「言葉になる前の感情」に気づけるかどうかが大事な気がしています。
甘え上手な弟の影で、がんばり屋の娘が見えにくかった
弟は年長で、甘え上手タイプ。
「ママ〜!」って全力で飛び込んでくるので、どうしてもそっちに手がかかってしまう。
対して娘は“できる子”に見える。
宿題も自分でやるし言葉もしっかりしている。
だから「あ、大丈夫そうだな」とつい思ってしまう。
でもがんばってる子って「本当はちょっと休みたい」「見てほしい」っていう気持ちをうまく出せなかったりするんですよね。
心理学で言うと「外的基準」が強い子は“まわりの期待に応えよう”とするあまり、自分の感情を後回しにしがち。
だからこそ「がんばったね」よりも「今つらかったんだね」と寄り添う時間が、すごく大事だと思っています。
「泣いたらスッキリした」って、最強の自己調整
その後、お風呂あがりに娘はけろっとしてこう言いました。
「泣いたらスッキリした〜!」
……なんか、すごくかわいくて、そしてすごく賢いなあと思ってしまった。
実はこれ「感情の自己調整(セルフレギュレーション)」という観点でもとても理にかなっていて、涙を流すことで興奮していた脳の扁桃体(へんとうたい)の働きが静まり、呼吸が整って、前頭前野が働きやすくなるんです。
子どもって、意外と自然にそういうリズムを知ってるんですよね。
「がんばれ」は言わなかった
翌日の今日は、延期された運動会の日。
でも私は「がんばって」とは言いませんでした。
代わりにこう伝えました。
「〇〇ちゃんなら、大丈夫」
これ、実は心理学でも大切にされているスタンスのひとつで“人はすでに必要なリソース(力)を持っている”という考え方に基づいています。
つまり「外から励まさなくても、その子の中にちゃんと力はある」だから「ちゃんとあなたでいいよ」と伝えることが、いちばんのエールになるんです。
小3って、ちょっと大人びて見えるけど、まだまだ感情の整理も難しい時期。「ちゃんとしてるように見える」その影に、たまってる気持ちがあることも、あるんですよね。
わたしも毎日100点の対応なんてできません。
でも「あ、この子、今くずれそうかも」と思ったら、言葉より先に、そっと寄り添えるようにしていたいなと思います。
泣いたあとに「スッキリした〜」って言える子どもって、すごい。
そう思えた春の夜の記録でした。
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