財牟一家の家計事情(続) (日本経済の問題点:税金のムダ使い?)
財牟一家の家計事情 (日本経済の問題点:税金のムダ使い?)で、日本の経済問題を、「財牟一家の生活」に託した小話にしてみた。
私も含め一般人からすると、国家レベルの兆円単位の議論はピンとこない場合が多いのではないだろうか。
でも、上のリンク先の投稿を読んでいただければ分かると思うが、兆円を万円にすれば、おおよそ我々の実感でも感覚的に理解しやすい話になると考えている。
(実際に読んで、確かめていただきたい)
小話と言ったが、色々な経済的な問題事例を盛り込んだら結構長くなってしまった。
更にいくつかのケースを追加した上で、全体に共通する問題があることを指摘してみたい。
その一部を先に言ってしまうと、国会その他で議論されている経済問題はほとんどが国内の分配に関する議論でしかない、ということだ。
そもそも、分配する為の稼ぎを、どう増やそうとしているのか?
日本国内で稼ぎを増やしても、財牟家の例で言えば、家庭内での手伝いの対価をどうするかという話でしかない。
(国内経済の議論として、それはそれで大切だとは思うが)
しかしその前提として大切なのは、どうすれば社会(国際社会)にどのような付加価値を提供して、家庭全体の稼ぎ(家族=日本の収入)を増やせるか、であろう。
そもそも、もし家族全員が、より良い生活を望むのであれば、一家全体の稼ぎを増やさなければ、パパやママの稼ぎの取り合いにしかならないのは明白だ。
そんなことを頭の片隅に置きながら、続きも読んでいただければ幸いです。
小話に出てくる金額、円を億円、万円を兆円、と読み替えれば、日本の国レベルで、どのような「税金のムダ?」が発生しているか、感覚的に分かると思います。
後編:財牟家の将来への投資? ― 博打か、消耗か、それとも未来への再設計か
第八章:書斎の奥の「謎のドル」
廊下の突き当たり、誰も立ち入らないおじいちゃんの書斎の奥には、古びた金庫が鎮座しています。
そこには、おじいちゃんが町の銀行から100万円の借金をしてパパが海外で稼いできたドルが180万円分も眠ってます。
今はドルが値上がりしたので80万円もの含み益があります。更に米国金利も高いので、毎年3万円もの利息が入ってきます。
おじいちゃんはたまに何食わぬ顔をして、その利息で佳子姉ちゃんと正くんに町のレストランでご馳走を振る舞うのでした。
佳子姉ちゃんや正くんも、薄々おカネの出どころは分かってても、ママやパパにはわざわざ言いません。
ママとパパは、毎日「雨漏りの修理代をどうしよう」「ビールを一本減らさなきゃ」と、1円単位の節約に追われています。
おじいちゃんが二人を外食に連れ出してくれるのを見て、「おじいちゃんも、孫たちを可愛がってくれているのね」と、感謝さえしていました。
実は、ママはある日「金庫に入ってる、パパが稼いだドルは使えないの?」と聞いたことがあります。
でもおじいちゃんは慌てて、「あれは、わしが借金をしてまで、いざという時の為に備えて取ってあるんだ。使えるわけがないだろう」と、その話題には触れようとしないのでした。
だから誰も「どういう時に使う」つもりなのかは分かりませんでした。
第九章:ミライ応援プロジェクトと、行けなかった水泳教室
ある日の夕食後、おじいちゃんが意気揚々と切り出しました。
「わが家の宝、ミライの将来のために、今日から『ミライ応援プロジェクト』を始動する!
パパ、管理費の中からプロジェクト費として5万円を確保したぞ」
ママは驚き、そして期待しました。「5万円もあれば、ミライが行ってみたいと言ってたスイミングスクールに通わせられるわ」
でもおじいちゃんは、「それはプロジェクト担当が決めることだ」と言い、佳子姉ちゃんと、正くんに任せました。
佳子姉ちゃんは、「まずはミライに寄り添ったプロジェクトじゃなきゃ」と言い、「ミライ君がこれを選んだ」という理由で「ミライの成長日記」というインスタ投稿を始めました。
そして、インスタ撮影の小道具に、ミライ君が欲しがるちょっとした小物を買っては、一緒に喜んでます。
最近では再生回数やフォロワー数を目標に掲げ、アフィリエイト収入まで得られるようになったと嬉しそうです。
正くんは「ミライの体験格差をなくす!」と宣言しました。
ミライ君をあちこちに連れ出しては、一緒に遊んでいるようです。
おじいちゃんがプロジェクトの進捗を確認しに来ると、二人はミライくんのインスタ投稿のフォロワー数や再生回数、ミライ君の「活動記録」を報告します。
おじいちゃんも満足げに頷きます。「そうかそうか、わが家の未来は明るいな!」
ママも、二人が一生懸命なのはよく分かっていました。
ある日、ミライが学校から水泳教室の申込書を持ち帰りました。
「ぼくも行ってみたい。」
ママはプロジェクトの予算を思い出します。「このお金は使えないの?」
佳子姉ちゃんは申し訳なさそうに答えました。
「今年の予算は、もうプロジェクトに使うことになってるの。」
正くんも、「今さら変えたら計画が進まなくなるよ。」と言います。
その日ママは、おじいちゃんに尋ねました。
「おじいちゃん。このプロジェクトは、ミライの為になってるのかしら」
「もちろんじゃ。二人とも頑張ってるし、ミライも喜こんどる」
数日後。ミライ君は、水泳教室へ向かう友達を見送りながら、「また今度でいいよ」と笑いました。
その夜も、佳子姉ちゃんは投稿の再生回数を喜び、正くんは次のイベントを考えていました。
第十章:半年間の「パン祭り」と、庭の不思議なモニュメント
ある日、おじいちゃんが「ママのパン屋の評判を上げよう。半年間の『ロングラン・パン祭り』を開催するぞ!」と意気揚々と宣言しました。
おじいちゃんは、このイベントを盛り上げるために、庭に「特別な飾り付け」をすることにこだわりました。
まず作ったのは、庭の中央に大きな「木製の円形パーゴラ(日よけの棚)」。
おじいちゃんは最初、「材料費なんて知人に頼めば1,250円で済む」と言っていましたが、いざ作り始めると「木材が足りない」「土台をしっかりしなきゃいかん」と次々に管理費を上乗せし、結局2,350円まで膨らみました。
さらに、佳子姉ちゃんが「イベントにはキャラクターが必要よ!」と言い出し、流行ってた小さなミャクミャク君マスコットを大量に発注しました。
おじいちゃんは喜んで、そのマスコットをパーゴラにつけたり、先着100名様に無料配布と言って、チラシを作って配ったりしました。
しかし、ママが本当に驚いたのはその後でした。
おじいちゃんは「毎月なんらか新しいことをやらないと、意味がない」と言って、佳子姉ちゃんの友人たちにバイト代を支払って、コスプレ大会をやったり、アマチュアバンドに演奏してもらったり…
結局、この半年間のイベントのために家計から消えた総額は、結局10万円にもなってました。
しかも、どうも佳子姉ちゃんがバイト代を全額友達に渡してなかったようで、一部の友達からは直接苦情が来たようです。
おじいちゃんは、「お客さんが増える」と言ってましたが、ママが毎日集計している数字はあまり変わってません。1割ぐらいは増えたかもしれません。
ママが家の一角でやってる自家製パン屋さんは、1日150人程度は入ります。
庭を見に来てくれた人は、そこそこいましたが、それでも1時間あたりにすれば1~2人程度でした。
結局、新しく増えたお客さんはいなかったようです。イベントが終わり、いつものお客さんがパンを買ってくれてます。
第十一章:外国人助っ人と多文化共生
おじいちゃんがまた新しい「改革」を思いつきました。今度は、近所の古いアパートに住んでいる外国籍の人たちを、ママのパン屋で雇うというのです。
「これからは『多文化共生』の時代だ。町長もスローガンに掲げているし、わが家が率先して多様性を受け入れよう。人手不足も解消するぞ!」
おじいちゃんはパパから預かった管理費から、5,000円を「多文化共生予算」として計上しました。
そのうち1500円は、おじいちゃんが佳子姉ちゃんや正くんに、「外国人の方々が、気持ちよく手伝ってくれるよう、お世話してあげて」と手渡しました。
彼らは、応募してくる外国の方たちの面接や、健康相談にのってあげたりしているようです。
そうして一人目の助っ人がやってきましたが、すぐに思いがけないことが起きました。
「おじいちゃん! さっき焼きたての売り物のクロワッサンを、彼が勝手に食べちゃったのよ!」
ママが慌てて報告すると、おじいちゃんは鷹揚に笑いました。
「ママさん、しょうがないじゃないか。彼らは日本人みたいに細かいことは気にしないんだから。我々も、彼らのいい面も見てあげないと」
しかし、混乱はそれだけではありませんでした。
「家の空いている部屋を貸してほしい」と頼まれたおじいちゃんが、独断でミライの勉強部屋の隣を部屋代が入るからと言って、彼に貸してしまいました。
そのうち、時々彼は友人を呼んで騒いだりしています。佳子姉ちゃんや正くんも時々一緒に盛り上がったりしてるようです。
いつの間にか、雇ってたはずの人はいなくなり、自分が代わりに手伝うように頼まれたと言って、別の人が勝手に手伝い始めたりして、あわてておカネを渡して辞めてもらったこともあります。
別の人は、「自分たちは決まったものしか食べられない」と言って、昼のまかないは、よその店の食べ物を買ってこなければならなくなったこともありました。
佳子姉ちゃんは、時々日本語が通じない外国人スタッフに、日本語を教えて、外国人からも少額の「授業料」を取り、おじいちゃんからも1000円の「補助金」をせしめているようです。
「おじいちゃん、もう限界よ。私の仕事は増えたのに、パンの売り上げは減っているわ。パンも時々「味見」と言って勝手に食べられちゃうし…
ゴミ処理も中にはいい加減な人がいて、近所の人から怒られたりするわ」するとおじいちゃんは、反省するどころか、すぐさま外国人の友達が多い佳子姉ちゃんの友人に紹介料として2000円を払って、新しい人を呼び寄せました。
「また新しい人を雇うの!? 紹介料だけでまたお金がかかるじゃないか!」パパが抗議しても、おじいちゃんはどこ吹く風です。
「パパさん、大事なのは『共生しようとする姿勢』だ。人が入れ替わるのは、軌道にのってないからだ。もっと予算を増やして、佳子ちゃんや正くんにも頑張ってもらわないとな」
実は、「もっと給料がいい場所がある」と言って、すぐに辞めてしまう人も多く、そのたびに最初から色々教えなければならず、これまでの頑張り方ではぜんぜん対応しきれずにいたのです。
パン屋の厨房では、新しい助っ人がママの指示を聞かずに、慣れない手つきで生地をこねています。
ママはその横で、彼がムスリムのお客さんを増やすんだと提案したイスラムの人たち向けのハラール食材のレシートを見つめ、深いため息をつきました。
おじいちゃんが町内会の会合で「わが家は多文化共生のモデルハウスだ」と胸を張っている裏で、財牟家の家計とママの精神は、確実に削り取られていくのでした。
第十二章:おじいちゃんの「隣町拡販・クールザイム計画」と
魔法の財布
ある日の夕食時、おじいちゃんが1,260円を抜手にして言いました。
「いいか、これからわが財牟家の知名度を隣町まで広める『クール・ザイム計画』を始める。これは将来、何倍にもなって返ってくる『魔法の投資』!」
おじいちゃんは、このプロジェクトのリーダーに、佳子姉ちゃんを指名しました。
佳子姉ちゃんは「待ってました!」とばかりに、隣町の友達に声をかけ、ポスターを貼らせてもらったり、公民館で「アンテナショップ」を開いたりして、頑張りました。
でも、全く効果はありません。佳子姉ちゃんも「たった350円じゃ何もできないわよ」と開き直ってます。
ママもちょっと期待してただけにがっかりですが、お姉ちゃんもそれなりに協力はしてくれたので、あまり文句も言えません。
でも、まだポスターは貼り続けているので、コピー代の30円はいつまでも使われ続けてます。
「このままじゃ、全然おカネを使った意味がないじゃない。もう止めましょうよ」ママは言いましたが、おじいちゃんは、
「フン、投資に失敗はつきものだ。ここでやめたら350円は死金になるだろう。もっと追加しなきゃだめだ。もう少し頑張ればなんとかなる。200円も追加すればいいだろう」
「ええっ! ?」あきれるママに、おじいちゃんは「魔法のルール変更」を告げました。
「安心しろ。今年までに成果が出なければ、このプロジェクトは終わるつもりだったが、特別に期限をあと2年延ばすぞ。その間に一度でも当たれば万事OKだ!」
つまり、おじいちゃんは自分の失敗を認めないために、「この赤字プロジェクトの継続に佳子姉ちゃんを指名し、お金を出し続ける」と決めてしまったのです。
佳子姉ちゃんは、これからも、何らかの工夫をして、隣町への「拡販」を目指して頑張り続けるのでしょうか。
そのたびに、「おカネが必要」になるのは間違いありませんが、「成功するまで」おカネを出し続けるのでしょうか。
ママはため息しか出ませんでした。
第十三章:十万円・一発逆転学資資金
ある日の夕食時、おじいちゃんがこれまでにないほど大きな鼻息とともに、計画書を食卓に広げました。
「これからは知力の時代だ。ミライにも素質がある。そのために、10万円前後の『ハイレベル家庭学習ファンド』を創設する!」
そんなお金、今のうちの家計じゃ無理ですよ。驚くママを尻目に、おじい
ちゃんは続けます。
「安心しろ。これは家計から直接出すのではない。銀行ら借りてきた10万円を元手に、プロに投資させて増やすのだ。その『儲け』だけでミライの塾代を賄う。元手は減らさず、果実だけを食べる。これぞ究極の『魔法の財』だ!」
しかし、ママが話を聞いて他の案を一緒に考えようとしても、すぐに「ミライが遅れをとってもいいのか!」「結局、やるのかやらないのか」となぜか結論を急ごうとします。
ママが「その10万円を借りれるなら、老朽化したパン焼き器や設備を効率のいいものに買い替えて、お店の儲けを増やせた分をミライの塾代の足しにした方がいいんじゃないの?」と提案しても、おじいちゃんは「目先の小銭を追うな!」と、他の選択肢を検討することすら拒絶したのです。
ママはおじいちゃんの思い込みが強すぎるような気がしてなりません。
「おじいちゃん、10万円を借りれば、儲けが出なくても『利息』はパパの給料から引かれ続けるのよ?
それに、正くんが大学の友達にアドバイスをもらうためのお礼と言って数百円は出してるんでしょ。これ、ミライくんの為に直接使ったほうがよほどいいじゃない」
しかし、その「小さな費用」は計画書の隅っこに小さく書かれているだけで、おじいちゃんが語る「華やかなミライ」の陰に隠されてしまいました。
ママがおじいちゃんと話して感じるのは、おじいちゃんが全く「楽観的な予想が外れた時の事を考えてなさそうだということです。
もし世界的な不況が来たら? もし金利が上がって利払いが膨らんだら? もし運用益が目標の4%に届かなかったら? ――そんな「もしも」の事態に対するプランBも、どの程度損を出したら事業を畳むかという撤退基準(エグジット・ルール)も、どこにも記されていません。
「失敗など考えん。成功させるのが私の責任だ!」
おじいちゃんの言う「責任」とは、失敗した時にパパの財布で穴埋めをするという、無責任な「白紙委任」に過ぎませんでした。
数ヶ月後、ママの懸念は現実となりました。
世界的な株安によって、10万円の元本はあっという間に9万5千円に目減りしました。儲けが出るどころか、大赤字です。しかし、おじいちゃんは「これは一時的な調整だ」と言い張り、失敗を認めようとしません。
その間も、パパの給料からは「借金の利息」と「プロへの高額な手数料」が、無慈悲に引き落とされ続けています。
肝心のミライくんには、結局一円の支援も届かないまま、ただ「十万円の借金」という巨大な重荷だけが、将来の彼に向けて積み上げられていきました。
「おじいちゃん、これは設計図じゃないわ。ただの『宝くじ』よ。それも、外れた時にパパとミライが全額払わされる宝くじなのよ」
ママの悲痛な叫びは、豪華なオフィスで手数料を数える正くんたちの笑い声にかき消され、財牟家の家計には、また一つ「止めることのできない
ムダ」が定着してしまったのでした。
エピローグ:パンの香りと、新しい地図
窓の外が白み始め、ママは焼き上がったばかりのパンを並べながら、静かに考えを巡らせていました。
今までママは、おじいちゃんの言う「借金」や「維持費」、「新しいプロジェクト」の提案を、嵐が過ぎるのを待つようにやり過ごしてきました。
でも、今のままでは、たとえパパがどれだけ働いても、そしてママがどれだけ工夫してパンを焼いても、この家が本当の意味で「豊か」になることはないと、ようやく気づきました。
だって、過去のプロジェクトで生じた「支出」は今もずっと続いてます。
みんな、これまでずっと続いているから、生活の一部になってしまっているのです。
おじいちゃんを真っ向から否定しても、事態は動かないでしょう。彼には彼の「家族を守りたい」という自負があるからです。
佳子姉ちゃんや正くんも、手当をもらったりしているので、「これまでのプロジェクトをやめる」なんて、すぐには納得しないでしょう。
ママは、冷めた揚げ物を食べている正くんや、実のない流行を追いかける佳子姉ちゃんの背中を見つめながら考えました。 「まずはパパと話そう」
彼らがただ「小遣い」を求めるだけの存在になっているのは、おじいちゃんのせいだけではないかもしれません。
彼らの情熱が、本当の意味で「家を支える稼ぎ」に繋がるような、正しい投資ができていなかったのではないか。
佳子姉ちゃんの隣町への挑戦だって、ただの失敗で終わらせてはいけないはずです。
なぜ届かなかったのか、どうすれば次は「価値」として実を結ぶのか。
それを冷静に見直し、支える仕組みさえあれば、それは「ムダ」ではなく「経験」という資産に変わるはずです。
ママの視線は、書斎にあるあの重い金庫へと向きました。
眠っているドルや預金。それを「いざという時の備え」という名の飾りにしておくのではなく、家の未来を切り拓くための「攻めの資金」として動かすことはできないか。
もちろん、おじいちゃんがやったような「根拠のない博打」ではありません。
どの程度までならリスクを取れるのか、もしダメならどこで手を引くのか。「引き際」を明確にした、生きたおカネの使い方です。
そのためには、まず何をすべきか、ママの心には一つの確信が芽生えていました。
「まずは、あのアートの磨き代や、誰も見ないモニターの維持費……。あの一つひとつの『小さな穴』を塞ぐことから始めなきゃ」
そこから浮いたわずかなおカネを積み上げ、それを佳子姉ちゃんや正くんの「本当の成長」のために使う。
彼らが自分の力でもっと稼げるようになれば、パパの肩の荷も少しは軽くなるはずです。
「おじいちゃん、一緒にこれからの財牟家の『新しい地図』を描きましょう」
そう穏やかに切り出せるように、まずはみんなの想いを一つにしよう。おじいちゃんのこれまでの功績を敬いつつ、今の時代に合った「強い家計」を取り戻すために。
朝日が差し込む台所で、ママはメモ帳を開きました。
そこには、これから家族会議で提案すべき、具体的で、かつ厳しい「再生へのステップ」が書き込まれようとしています。
(財牟一家の具体的な再建案については、また別の機会に)
小話の洗練度は度外視していただきたいが、少なくとも、数字はそれほど違和感がないのではなかろうか。(逆に、違和感がある部分はそれなりに意味があると思うので、その違和感の方を大切にした方が良いと思う)
これらの数字を1億倍すれば、日本経済の問題点をおおよそ表現できているはずだが、どうだろう。
(個人の1万円が、1億人分集まれば、1兆円)
冒頭に出てくる、おじいちゃんが言ってる「1,200万円の借金」というのは、国が言う「1,200兆円もの国の借金」だ。
しかし、財牟家で言えば、パパが2,100万円銀行に預金があり、借りているのはおじいちゃん個人(政府)の話。
「国の借金」というのは誤解を招く。はっきり言えば嘘だ。
だから、最近はおじいちゃんもあまり言わなくなったが、これまで国民を萎縮させてきたその罪は大きい。
毎年10~20兆円(財牟家の10~20万円)規模の「税金のムダ」が
垂れ流され続けているのを「仕方がない」と考えてよいのだろうか。
問題は、これは必ずしも纏まったおカネではないということだ。
あちこちの漏れ穴から数10円単位、数百円単位で毎日流出すれば、あっと
いう間に「ムダ」が膨らむはずだ。
このような視点で、冒頭のメガソーラーや大阪万博、ニチイ学館などの実際報道で流れている「税金のムダ」の事例と比較してほしい。
また、コロナ予備費の使途不明金の約10兆円(10万円)も、その中に入る。
財牟家の家計の状況とのアナロジーは十分成立していると思うが、いかがだろう。
「このアナロジーは正しい」と思った方は、是非、友人や知人とも共有していただければ幸いです。
まだこのテーマを軸に書くつもりでいます(未)
関連ノートの全体像は下のノートマップを参照して欲しい。
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