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「この世の喜びよ」を読んでみた【芥川賞候補作全部読む】

優れた新人若手の純文学に送られる芥川賞の候補作が5つ発表されました。1/19の選考会受賞作発表までにその候補作を全部読む、にチャレンジします。

今回のチャレンジ4冊目は「この世の喜びを」(著:井戸川射子)です。読み終えたばかりの最初のインスピレーションをサクッと記事にしていきます。

「荒地の家族」(著:佐藤厚志)「グレイスレス」(著:鈴木涼美)「ジャクソンひとり」(著:安堂ホセ)はすでに読んで最初のインスピレーションを記事にしています。)

このnoteでは、書評を中心に読書に関する記事を発信しています。ぐちゃぐちゃになった頭の中を読書で整理してみると、それだけで人生がラクになります。人生をラクにする1冊を紹介するnoteです。

「この世の喜びよ」はこういうお話でした

正直あまり読み慣れていない、得意ではないカタチの小説でした。
言葉遣いはとても柔らかく、難しい言葉もシチュエーションも出てこないけどすごく難しかった。

読み終わった時のインスピレーションは「どう受け止めればいいのか?」でした。

主人公は、自分のことを「あなた」と呼ぶ。

あなたは努めて、左右均等の力をかけて立つ。

あなたは昼ごはんを食べなくても平気なのだ。

喪服売り場の店員になって良かったことは、仕事着で通勤でき、そのまま電車にでも乗れることだとあなたは思っている。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

あなた = 主人公だ。

あなたは、自宅から見える近所のショッピングモールの喪服売り場で働いていて、子供もひとりはなりたての社会人、もうひとりは大学生。夫は単身赴任中。

あなたは、最近ショッピングモールのフードコートに夕方から暗くなるまである席にへばりつくように座っている少女がいることに気づいていた。

「バレッタの。喪服売り場の、いつもバレッタしている方の」

つけていなきゃ、顔の周りに毛が垂れるでしょう、面接とか、接客の時なんか困るでしょう、と答えるが、あなたは早口になり少し説教くさくなってしまったかと反省した。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

あなたがその少女がいたことに気づいていたように、少女もあなたがいることに気づいていた。喪服売り場にいる担当の2人、ミニスカに安全靴の加納さんと髪にバレッタをつけているあなたをちゃんと認識していた。

「お母さん、結婚してすぐ私が生まれて、たぶん男の子がずっと欲しかったんだよ、あと、子どもは三人生みたかったんだって。それはいいんだけどさ、私が弟の寝かしつけとかさせられるの。」

あなたは昔の自分に言ってあげられるように、大変だ、と頷いた。娘たちの一歳の頃の記憶などあまりに遠く、こんなにうるさい場所と固い頭ではなかなか思い出せなかった。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

少女の母親は専業主婦のため1歳の弟が保育園に入れず、しかも「3人目が欲しい」と病院に通っているため、弟である1歳の赤ん坊の世話を自分がしていると言う。だから勉強するためにこのショッピングモールのフードコートに来ているのだと言う。

少女の目には涙が盛り上がっているように見え、自分の思いを主張しているうちに泣いてしまうというのは、若い時にはよくあった、胸ってすぐに詰まるもの、とあなたは思い出した。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

あなたは少女の発する言葉を正面から受け止め、少女との距離が近づいていく。

「喪服売り場の向かいにゲーセンあるじゃん、あそこのお兄さんで、かっこいい人いるの分かる?多田さん。休みの日で混んでいると、忙しくて走り回っている」

でも十歳くらい上なのか、あなたが呟くと、少女はたちまち元気をなくしてしまう。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

ゲームセンターの23歳の青年やいつもメダルゲームをしているおじいさんも巻き込みながらあなたは少女は仲良くなっていく。

「分かってるよ。でもそんなんを言ってほしいのが、穂賀さんじゃないだけで」

娘というのは、何か意に染まないことを言われるとすぐにふてくされてしまう。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

ある日少女がやってきてマスクをずり下げると炎症なのか全体が赤く、白い皮が剥けているところがあった。

ピーリングとかって、あんまりし過ぎない方がいいんじゃないかな、肌、そんなに削っていったら、何も防げないようにならないかとあなたは遠慮がちに言う。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

あなたの話は少女には最後まで聞いてもらえない。

「説教は娘たちにしなよ。早く年を取りたがっている方の娘だったら、分かってもらえる可能性も高いよ」

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

言い争いの次の日から少女とあなたは同じところにいても、目を合わせない。

あなたに何かを伝えられる喜びよ、あなたの胸を体いっぱいの水が圧する。

「この世の喜びよ」(著:井戸川射子)

もう一度読む時はこう読んでみる

少女の発言を主人公のあなたが受け止めて、それに対して過去の経験、特に自分の子どもが小さかった時のことを思い出しながら、少女にひとつひとつ丁寧に応えていくというお話。

主人公は丁寧に答えているのに、それなのになぜか最終的は少女と話ができなくなってしまう。

なぜそうなったしまったのか?それを次の3つのポイントからもう一度見ていこうと思います。

①主人公あなたと登場人物の距離感

主人公は少女との距離感を変えようとしたから、最後はそうなってしまったのか?

少女とは、最初話をしない関係から少しづつ話をするようになり、だんだん距離が近づいているように見て、最後は話をしなくなる。

一方、同じ喪服売り場で働く加納さん、ゲーセンの店員の多田くんとは最初から最後まで距離感は変わらず、だからなのかある意味良好な関係が最後まで続いていく。

②データ収拾→データ照合→発言

主人公のコミュニケーションが冷たく見えるのはなぜ?

相手の服装、仕草や言葉などを収拾して、自分の過去の経験と照合することで、少女に対して何を言うかを決めているようだ。

主人公は使っている言葉はその都度異なるが、少し機械的な繰り返しをしているように見える。それが少し"冷たい"という印象を受ける原因なのかもしれない。

③コミュニケーションのデータベース

コミュニケーションは発する言葉や仕草、表情だけで成立しているんじゃなくて、その背景にあるデータベースのようなものを含めて成立するものじゃないか?

同僚の加納さんや一緒のショッピングモールの多田くんと主人公は同じようなデータベースを共有している。仕事場にいるだけで自動的にある程度のデータベースが共有される。だから距離感を変えないことでこれまでの良好な関係が続いていく。

でも少女とは何も共有していないところから、そのデータベースの共有を試みたがうまくいかなかった。なぜ?

コミュニケーションは基本的に模倣だとしても、物理的なコピーのような言葉や行為ではなく、どのような意図を持って行われたかなど相手の人の心の状態を読んで模倣する必要があるのかもしれない。

難しかった1冊でした。

候補作はラスト1作。次はグレゴリー・ケズナジャットさんの「開墾地」です。

*参考記事

*プロフィール記事


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