金曜日の知らんけど_自問自答
ヤスシさん主催の「放課後ライティング倶楽部」で幽霊部員の私が、ここのところの金曜日、何度となく倶楽部纏わりの記事を書いている。
私は、企画ものが大の苦手で。四苦八苦なのであるが。
さて。今回のお題は……。

いつものごとく、勝手気ままに、いい加減なことを書くが。
noteの世界でずっと書いたり読んだりして居たいなぁと素直に思っているうちは良いのだが。
もういいやと思ってしまう一番のきっかけは、「何のために書くのか?読むのか?ここにいるのか?ふと、自分に問いただしてしまうことである、と、思っている。
まあまあ書き続けた。読み続けた。でも、変わり映えはしないしなぁと思ったら、もう、その、noteの世界から去るための準備は整っていると思った方が良い。
ヤスシさんや、イトーダーキさんや、ごく一部の人気を保持している人達でも、少しはそうなんだろうとは思うが、そういう人達は、とにかく続けると心のどこかで既に決め込んでいるように思う。
人間の習慣なんて、いとも簡単に、消えてしまう。それも、真面目に自問自答したものから消えていく。
まあとにかく、やってみようか。なんだかんだで、やってみようか。なんとなく、やってみようか。
これぐらいがちょうど良いのだ。
あんまり自分の現在地とか、将来とか、ましてやその行為に意味があるのかなんてことは、自問するもんじゃない。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
心の中の悪魔って、悪の道に引きずり込むのに、だいたいは、自問しろと言ってくるもんなぁ。
今のまんまでいいじゃない。進化しなくていいじゃない。評価されなくても、見向きもされなくてもいいじゃない。生きてるだけで、丸儲け。
こんなふうに思えたら、自然に目の前に道が開けてくるように思うのだ。
さて。ヤスシさんの記事に書いてあることをバッサリ私流に要約するとこのようなことが書いてある。
一度初心に戻る。それから改めて、今の手持ちの技で書けるだけ書いてみることから始める、と。
なんだか、私の言わんとしていることと似ているような気がするけれど。それはきっと、思い過ごしだろう。
ちなみに、リトルkojuroは、随分いい加減でいてくれるので、悪魔ではない。と、信じている。
なんのはなしですか。

そんなこんなを家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑っていた。
「コジくんがいる意味って、私にマッサー(注1)してくれることだよね?」
「…」
マッサージをすると、家内は、上機嫌である。
家内が上機嫌だと、我が家は平和である。
だから。
これで、いいのだ。

知らんけど。
(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。

