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看病の中で生まれた、泥のような感情

看病や介護の話になると

「つらかった」
「悲しかった」
「でも最後までがんばりました」

そんなふうに
きれいに語られることが多い気がします

でも

実際の心の中って
そんなに整っていない

 

わたしがいちばん苦しかったのは
夫が亡くなった後よりも

むしろ
亡くなる前でした

(入院の経緯は別記事で触れています)


退院当時

夫の看護を
義両親にお願いして
別居することになりました

 

本来なら
わたしが看るべきなんじゃないか

そんな思いが
ずっとどこかにあって

 

それでも現実的には
仕事と子育てをしながら

自立歩行が困難な夫の看病まで
ひとりで抱えることは難しくて

頼らせてもらうしかなかった

 

「これでよかったんだろうか」

という感覚が
ずっと消えませんでした

 

そして
退院から1年ちょっと経った頃
コロナ禍になり

義実家との行き来が
できなくなったとき

 

ちょっとだけ
ホッとしてしまった自分がいました

 


ただでさえ抵抗力の落ちている夫に
会いに行って
もしものことがあったら
いけないから

「会いに行かなくていい」
「会いに行かないのが夫のため」
「もしもの原因を子に負わせないため」

そんな風に
自分の思考を正当化して

夫や子達が
会いたい気持ちを
知っていながら無視している

そんな自分のことを
ひどい人間だと思いました

 


ただ
悲しいだけでいられたら
つらいだけでいられたら

今よりずっと楽なんだろうな、と

ドラマで見かける「悲劇のひと」を
思い浮かべては 

安堵も
逃げたい気持ちも
正直しんどいという感覚も

確かにあるのに

それを
かたくなに認めることなく
拒んでいた時期でした

 


「頼りになるのはアナタだけだから」

そう言われ続けた言葉は
信頼でもあったし
同時に
とても重たいものでもありました

そして

子育てや夫の看病を支えてくれた
わたしの母は
この時期に
重度のうつを発症して

わたしが
無理をさせてしまったという
罪悪感もありました



逃げたくても逃げられない中で

「だからわたしがちゃんとしなきゃ」
そう思うことで
なんとか立っていた気がします

 


こういう時
こんな気持ちは
なかなか人に言えません

 

「ホッとした」なんて
「逃げたい」なんて
思ってしまったなんて

 

そんなことを口にしたら
もっと責められるんじゃないか

そう思っていました

 


夫が亡くなって
葬儀が終わったあと

同級生がランチに誘ってくれて
介護の経験がある友人から
開口一番

「ホッとしたでしょ🙂」
と言ってもらった時

久し振りに
大きく
深呼吸ができた気がしました

 


今ならわかります

あの頃のわたしに必要だったのは

「そんなふうに思っちゃダメだよ」
ではなくて

「そう思うくらいしんどかったんだね」と

矛盾した感情ごと
受け止めてもらうことだったんだと



泥のような感情を持つことと
ひどい人間であることは

同じではない



これは

あの頃のわたしに
ほんとうに伝えたかったことです

 

この経験が

今のわたしのカウンセリングの
原点になっています



この続きは
次の記事で書きました✍🏻
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