100名城RTA(023-024/100): 人吉城・飫肥城
この記事は「100名城RTA」シリーズの構成記事です。いきなりこちらの記事にたどり着かれた方は、Indexページも適宜ご参照ください。前回はこちら。
'25/2/21: 人吉城(No. 93) - 023/100
昨晩は結構楽しんで飲んでしまったので、さっと流し込める朝食で実質的な最終日はスタート。いい宿なので、せっかくだからいただいていく。

今日のゴールは志布志のフェリーで明確にケツが切られている。順路直行でも4時間とそれなりの距離。なんせ南九州を横断するわけで。というわけで、例によって9時前に現地入り。
到着してやけに工事状態が目立つと思ったら、ここもか。まあ、超メジャー観光名所でもなく、かつ、インフラというわけでもないところ、人不足だと自ずとこうなってしまうか。

駐車場から素直に登城すると、今は相良神社になっている城主の(?)御館跡地。「相良」というのは藩主家の名で、鎌倉時代から続き、秀吉や家康による領地変更もくらわずに、ずっと藩主として明治まで存続したとのこと。



神社を横断すると、球磨川からの入口(水手門)からの登城ルートに合流する。




最上部の庇状のものが「武者返し」








一通り見学したのでスタンプをいただくのだけど、本来の設置場所である資料館が修復工事中とのことで、なんとも寂しい感じに。


駐車場の外れ側には大手門跡があるので、出る前にそちらも見ておく。


この奥に隅櫓も修復されていて、見栄え的にはハイライトだったみたい
'25/2/21: 飫肥城(No. 96) - 024/100
人吉を後にすると、上述の通りケツが切られているのでひたすら移動。途中トイレ休憩がてら道の駅に入りはしたけど、本当にそれだけ。そして到着。良い時間なのでまず腹ごしらえ。


独特の甘みとフワフワ感のあるすり身の天ぷらである「飫肥天」と、さぬき的ではない柔らかいうどん。そしてちょっと驚いたのが厚焼き卵。見た目からして予想外だったのだけど、プルンとしてそうな見た目通り、堅焼きのプリンみたいに甘い。ごちそうデザート的な扱いだったそうで、全然知らない郷土料理がまだまだたくさんあるものよ、と。
食べ終わったら、登城開始。・・・の前に、大手門のすぐ外にある、最後の城主だった人の居館である豫章館。



いよいよ登城開始。






この裏側に本丸の敷地ほぼ全域を占める小学校がある。もちろん撮影するわけには行かない。本丸の隣には松尾丸がある。御殿ぽい建物が設けられている。ここで、秀吉~家康の時代の藩主だった伊東祐兵の超苦労人人生を語る展示が印象深かった。

更に奥に旧本丸跡がある。本丸が現役だった時代にはほとんど使われていなかったとのこと。



時系列としては、ここで資料館に入ってスタンプをいただく。

資料館の周りに桜や梅がいい感じに咲いていたので、ちょっと撮っておいた。


少し時間があるので、近くの史跡を訪ねて回る。


写真的には飛ばしているけど、小村寿太郎記念館も観覧している。というか、ここが小村寿太郎ゆかりの地とは知らなかった。






この後、ちょっと武家屋敷のカフェで一服して時間切れ。一路志布志へ。
旅の終わり
志布志-大阪フェリーは通算3回目。にも関わらず、毎回旅程がギリギリで、これまでここに来訪していなかった。ついに実績解除。

フェリーターミナルにたどり着いて、待機車列に停車して10分くらいで乗船案内。毎回ギリギリ。


ここまでいい宿を続けておいて、今更雑魚寝はないので、割と良い個室を。前回学習したのだけど窓側の部屋を取らないと電波が拾えない。なので、窓側が確約される「いい部屋」を取った。

乗ってしまうと特にすることがないので、ちょっと撮って回る。




陸地から離れると電波も拾えなくなったので、おやすみなさい。
さて翌朝。風が強いだとかで、展望デッキは封鎖されていたところ、気を利かせてくれたのか、日の出の時間帯、東側だけ出られるようにしてくれた。曇り気味だったけど、結果的に雲の隙間からいい具合の日の出が撮れたと思う。最後の最後でクリティカルヒット。




上陸後はストレートに帰宅した。時間的に掛川城くらいを落とせたのかもしれないけど、カレンダー上3連休初日のよく晴れた日中に、そこそこ著名な観光地に車で乗り入れるのはあまりに筋が悪い気がしたので。というわけで、約1週間の列島縦断100名城RTAはこれにて完了。
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GWで季節の写真が増えたわけではないので、また来週ですかね。→5/10書きました!
