東海道RTA(T=徒歩): 旧東海道を半年かけて踏破した話 4章 上洛編
はじめに
本稿は続き物の第4章。前編と「本文」まとめは以下の通り。
東海道RTA完走しました
— Nadir_RL (@0905Imai) October 2, 2022
以下、まとめ
1章 箱根越え編https://t.co/t1pyzL0hoK
2章 駿遠編https://t.co/vYZAyM3cUm
3章 三尾編https://t.co/Eq62qRIcEk
4章 上洛編https://t.co/xrCGw5YgEB https://t.co/YBI828DYWk
幕間: 鈴鹿峠攻略を考える
2章冒頭に掲げたように、予め毎回どこまで進めるかの行程を考え、それに従い粛々とここまで進めてきた。桑名に入り、もう後5手でゴールとなる。しかし最後に鈴鹿峠という実質ラスボスといって良い難所が控えている。
鈴鹿峠とはNo.48坂下宿-No.49土山宿の間の峠。静岡県内にもいくつかあった鉄道復活禁止区間と似たような様子に見えるが、実際の様子はかなり異なる。詳しい方はご存知だろうが、名古屋以西草津までの東海道本線は東海道には沿っておらず、代わりに寄り添うのは関西本線と草津線で、要は本数の乏しいローカル線。更に、鈴鹿峠を越えて最初の鉄道復活可能となるNo.50水口宿の水口石橋駅は、そんなローカル線に接続する地方私鉄である近江鉄道線。つまり、これまでと違って峠を越えさえすればそれで良しではなく、水口はセーブポイントとしてはかなりしんどいのだ。
したがって、鈴鹿峠を含む区間は、No.50水口で一泊して一気に草津まで進むことが好ましく、9月のシルバーウィークをこの行程に充て、そうすることで京都の紅葉入り前である10月初旬にゴールを果たすことを目標とした。
・・・この直後、シルバーウィークの全日程の水口宿付近のホテルと、10月前半の土日すべての京都の宿を押さえた。我ながら正気ではなかったと思う。

行程20: 桑名-四日市-石薬師-庄野(2022/9/3)
区間データ: 距離 6里26丁(26.38 km), タァイム 7:59:47~15:04:42 (7:04:55)
イクゾー デッデッデデデデ pic.twitter.com/WYZaeN7Hz2
— Nadir_RL (@0905Imai) September 2, 2022
前回桑名の渡しまで進めたおかげで、ここから再開できる。のぞみに抜かれない最速ひかりと接続の良い近鉄特急のお陰で、割と早いスタート。しかし、これ以降のセーブ&ロードは本数の少ない関西本線。漫然と歩いていては駄目で、ある程度は帰りの列車にうまく接続することも念頭に置かなくてはならない。さすが最終章は気が抜けないのだ。
さてその桑名の渡しから伸びる旧東海道まで駅から1 km以上あるので、最初から結構削られるにも関わらず、旧東海道はまた駅の方に戻ってくるのでやれやれである。

ぼちぼちぐねぐね歩かされて桑名宿を出る。まともな時間だったらはまぐりでもつまんで行きたかったのだけど、開いている店はない。この辺から四日市~鈴鹿くらいまでは、沿岸のコンビナートに並行して南北を結ぶ重要な役割を背負った現道の裏道を進む形で、さらには近鉄線も並走しているので、旧道といっても車(特に抜け道として使う車)で結構賑やかなところである。道中実況でも拾ってるけどちょっとニコりたい看板がいくつかあったので、こちらでも挙げておこう。


さてなんやかんやで四日市。この辺を勤務地としていたこともあって、大まかな土地勘はあるのだけど、なかなか通ったこともないルートから駅前商店街のはしの方ををかすめて抜けていく。なんか小僧みたいなのが四日市のマスコットだというのはなんとなく知っていたのだけど、こんな妖怪だったのか。退治しなきゃ(使命感)。
退治しなきゃ(使命感) pic.twitter.com/zezYQYV475
— Nadir_RL (@0905Imai) September 3, 2022
四日市を出てからもしばらくは国道一号の裏道を南下していく。この区間は在住当時に抜け道的に通行したこともある。国道一号が東海道ってことくらいは知っていたので、その裏道なんだからなんとなく旧東海道に関係あるんだろうと思っていたら、実際わりとそのものだったという。とはいえ、まさかそれと知らずに一里塚No. 100の横すらも通っていたとはね。

寄り添う鉄道は近鉄ではなく、四日市あすなろう鉄道。車を使わないときはやはり普通に利用していて、旧最寄り駅もある。ここでの勤務はまあなかなか心身ともにあれだったので、懐かしさと一緒に苦さもこみ上げながら歩いていた…と言えるほど物思いに耽る余裕はなく、まあ暑かったです普通に。
旧最寄り駅、感慨深…やっぱつれえわ pic.twitter.com/JG1wLaMlAV
— Nadir_RL (@0905Imai) September 3, 2022
上記の内部駅は四日市あすなろう鉄道の終点。ここからしばらくは国道25号と重複する国道1号そのものまたはその一本裏道を進んでいくことになる。地味に最初からいきなり鉄道復活禁止区間が入ってきている。自動車でもそれなりに登りを感じる坂道区間に並行するところはやはり、杖衝坂というちょっとした難所だった。既に4里強歩いているのでなかなかきつい。

坂を越えると後はゆるい下り~平坦路を粛々と進む…というか、ゴールの駅は1時間に一本しか来ないので、適切な時間に滑り込めるようにちょっと急いで進んだというのが実態。ほぼ現道に沿って進み、あるところで旧道に入り込んで石薬師宿。わかりやすく残った宿場の建物は無く、○○跡の看板がメイン。その代わりとと言っては何だが、宿の名前になっている石薬師寺に軽くお参りをしておく。

石薬師から次の庄野までは27丁(0.75里)と、鉄道復活禁止区間としては良心的。列車の時間を念頭に置きつつ進む。途中、なんだか心が洗われる気がした風景があった。

程なくして庄野宿入り口。ちょっと足踏み入れて復活フラグを立てた上で、最寄り駅の加佐登駅へ。30分待ちというまあまあな時間に到着。まずまずなタイムマネジメントですね。
行程21: 庄野-亀山-関(2023/9/10)
区間データ: 距離 3里18丁(13.73 km), タァイム 8:54:32~13:37:29 (4:42:57)
イクゾー デッデッデデデデ pic.twitter.com/AgQ2E2Priy
— Nadir_RL (@0905Imai) September 9, 2022
名古屋から関西本線の普通に乗り換えて約1時間、遂に8時台スタートもおぼつかなくなってきた。鈴鹿峠越え前最後のセーブポイントは峠直前の坂下宿ではなく、その一つ前の関宿になるので、この日の行程は結果としてかなり余裕のあるものとなった。実は、坂下宿付近まで運行しているコミュニティバスを使うことで、坂下宿到達フラグを立てつつ日帰りし、次回はタクシーで坂下宿にリスポーンする案もあったのだが、オーディエンスにより却下となった。尚、まともな時間に坂下宿に到達するコミュニティバスに乗るためには、この鈴鹿や四日市で前泊となってしまい、それは流石にね。
「公共交通を使って良い」と称してタクシーを使うのは
— Nadir_RL (@0905Imai) September 3, 2022
庄野宿は資料館と往時の雰囲気を残した建物がいくつか。後は各種跡地の看板がちらほら。本来の東海道筋とは言え、やはり鉄路の「東海道」からは外れ、沿岸のコンビナート地帯からも離れた場所がら、これまでで最も寂しい感じがした。
暑さも寒さも彼岸までとはよく言ったもので、暑いのは暑いけど、もう立ってるだけで体力がゴリゴリ削られる感じではない。この東海道RTAをやってると、1週間単位が凄く早く感じて、その意味でどんなきついシーズンも高々5,6回の週末で終わると考えると物悲しいもんだ(間違いなく歳のせい)。というわけで、平坦路なのもあって亀山まですんなりと。

シャープ液晶がめちゃくちゃ元気だった頃はまた違ったのかもしれないけど、まあ典型的な寂れゆく駅前商店街といった趣。旧東海道ルートから少し外れるだけで亀山城跡とか色々見られるところがあったようなのだけど、順路直行スタイルは遵守。ただ、この先ゴールまで1里あまりと相当余裕があるので、極めて久々にちゃんとした昼ごはんを。基本的におにぎり複数個をスタート時に買っておいて、道中休憩がてら食べることがほとんどで、稀に街道の茶店マクドに入るくらいなので助かるラスカル。

ゆっくり体を休めて再び西へ。程なくして関宿。ここは積極的に旧街道の街並みを観光資源として打ち出しているので、時間帯も込みで観光客がそこそこ歩いていた。ただ、二川宿や有松のような残し方ではなく、町並みが残りながら廃れずそのまま昭和・近代を迎えた感じで、江戸と昭和のハイブリッドのような印象を受けた。詳しい歴史や因果関係は知らないが。到着してからは列車の少なさによる時間の余裕を活かして、色々写真活動を。箱根以外で、東海道RTAの中で初めて観光らしい観光をした気がする。


いよいよ鈴鹿峠前の最後のセーブポイントに到達してしまった。そして翌週はに控えるシルバーウィーク。秋雨や台風など妨害要素の多いシーズンだけど、17, 18, 22, 23, 24のすべてがハズレってことはないだろうと思いながら帰路についたのだった。
幕間: シルバーウィーク顛末
はい、そうですね。↑は振りですよね。天気予報の精度向上は残酷なもので、シルバーウィーク全域が基本的に雨で、実際前半は全滅。そしてあろうことか後半にはこいつがやってきた。
これが小田原付近を抜けるのが24日未明~早朝で、抜けたところは台風一過で晴れるし、天下の東海道新幹線ならなんとか動かすでしょとばかりに、気合を入れて新横浜に到着したところ・・・
詰んだ 昼まで動かない pic.twitter.com/RaYlMYhJwT
— Nadir_RL (@0905Imai) September 23, 2022
静岡の河川が危険な領域に突入していたらしく詰み。そして、判断ミスを呪った。これ、先手を取って名古屋前泊とかをやっておいたら、まさに台風一過状態でオンスケジュールにできたんだよね。なので、この日の午前中は呑んだくれた。
さてどうリカバリーを打つか。実はもう10月第1週ゴールは動かせない状態になっていた。翌週の3連休の混んだ京都になんか行きたくない。そしてあろうことか10/13からバ○割全国旅行支援発動なので、そんな状況の京都は絶対行きたくない。当然それ以降は紅葉の魔の手からああ逃れられない。かくして、9/25(日)に水口宿日帰りを決行し、かつ10/1-2で水口-石部-草津(泊)-大津-三条大橋というプランで行くことになった。尚、京都はちょっといい宿に泊まって且つのぞみグリーン車で帰宅するというゴールは譲れなかったので、10/3午前休暇をゴリ押しで取得した。
…正直、舌打ちしつつ、面白いことになってきたとも思っていたのは秘密。
行程22: 関-坂下-土山-水口(2023/9/25)
区間データ: 距離 6里31丁(26.92 km), タァイム 9:19:37~16:38:52 (7:19:15)
イクゾー デッデッデデデデ pic.twitter.com/xPW5ONP3Ic
— Nadir_RL (@0905Imai) September 25, 2022
後に引けなくなったから行くしかない。この区間、6里31丁(26.92 km)は全区割りの中でも最長で、且つ峠越えを含むので、この展開は避けたかったんだけどねえ。。。とりあえず現地入り。新幹線、関西本線(亀山まで)、関西本線(亀山~関)・・・時間自体はかかるけど接続は良い。まずは坂下宿へ。ほぼ国道1号現道沿いに進むので、まあ快走路ではある。台風一過と関係あるのかはわからないが、気温も歩いていて辛くない。適当なところで現道と分かれて坂下宿に向かうところで、ちょっといい感じのところがあった。単に道沿いに東海道の各宿場が書かれた柱が立っているのだけど、ラストダンジョン直前にこれが来ると、もうこれまで倒してきたボスの墓標にしか見えてしかたがない。

当然最後数本はこれから向かうところ。これから難所に向かうこともあり、無駄にテンションが上がってしまった。

坂下宿自体は、申し訳ないが寂れた住宅街。観光的なのは関宿が全部持っていってしまっていて、〇〇後の石碑や看板がちらほらあるのみ。
んで、いよいよ峠越え。じわじわ勾配がきつくなり、ピーク直前にはつづら折れもあった。一部現代的なバランス調整がなされていたが、往時は本当に難所だったであろうことが想像できた。



ただきつさでいうと明らかに箱根のほうが上だとも思った。箱根ほどの急坂ラッシュはなく、挙げた写真がほぼ全てといっていい。楽に越したことはないのだけど、微妙な消化不良感をいだきつつ、峠越え達成、滋賀県入り。
越えたぜ。
— Nadir_RL (@0905Imai) September 25, 2022
投稿者: 鈴鹿糞土方
滋賀県に、入っ…ちゃっ…たあ pic.twitter.com/BLmh9QjZv0
ちなみにまさに峠を越えて一息ついているときに、一通のメール。
昨日貴方が泊まる予定だったホテルです。
来なかったので、キャンセル料をいただきます。よ ろ し く。
…飲んだくれている場合じゃなかった。速攻で支払いましたよ。峠越え道中でもその場で支払える辺り、便利な世の中ですな…。ま、気を取り直して歩みを進める。鈴鹿峠の地形は、急勾配なのは江戸方だけで、京方はゆるい勾配がダラダラ続く。ほぼ現道沿いにのんびり進む。途中、新名神高速の高架の真下をくぐる。かつての難所を建設技術の暴力で殴り倒すのはすばらしいことだ。

程なくして土山宿の入り口の道の駅に到着。ちょうどいい時間なのでうどんをいただいたのだが、ここでうどんのつゆが関西仕様になっていることに気づいた。果たしてここまで来たか。

土山宿自体には特別な印象は残らず。これまで50の宿場町を歩いてくると、なんかもう相場観が出来上がっていて、ここは藤川宿程度の残り具合…これでどれだけの人がわかるのやら。
土山宿を出てからさしたる見どころさんもなく、黙々と歩く。と言うより、帰り道のことを考えると、とてものんびりなどしていられない。比較的距離のある宿場間の定石通り、間の宿「大野」があった。残せるものを適宜残して現代まで来た感じ。

間の宿を抜け、明らかに西日になってきた辺りで、地番表示に水口の文字が見え始めた。秋分を越えているので、西日に全く力がない。また、距離的にはこれまでで最長を歩いているにも関わらず、歩いた距離ほどのしんどさも感じない。暑くないだけでこんなに変わるものかと思いつつ、水口宿に入った。 ここも関宿をもうちょっと近代に寄せた感じの江戸と昭和のハイブリッドな感じだった。


まあ、そんなこんなで本日ゴール…いや長ーい帰り道のスタートである。

水口石橋 →(近江鉄道)→ 貴生川 →(接続40分くらい) →(草津線)→ 柘植 → (関西本線) → 亀山。もう真っ暗。
ここで来た道を帰らずにオリチャー発動。
亀山 → (紀勢本線) → 津 → (近鉄・特急火の鳥) → 名古屋 あとは新幹線。

せっかくだから乗りたかったし、実際このルートで一本早いひかりに足が届いたので趣味と実益ですな。結局帰宅は23時前。ようやっとる。
行程23: 水口-石橋-草津(2023/10/1)
区間データ: 距離 6里1丁(23.65 km), タァイム 10:34:49~16:48:25 (6:13:36)
出発前夜

本編
イクゾー デッデッデデデデ pic.twitter.com/zkYzRSfw6x
— Nadir_RL (@0905Imai) October 1, 2022
5時起きで6時始発のひかり533号乗って、最速で10:30スタート。だからこの展開は避けたかったのだけど・・・ただ、これで良かったようにも思い始めていた。というのも、仮に予定通り草津にいけたとすると、合理的なリスポーンは米原で在来線に乗り換えての草津入りになるだろうけど、ここに引っかかりを覚えていた。東海道に沿ってない鉄道で復活するのはどうなのよと。既に箱根越え区間を熱海経由の東海道新幹線で散々越えている以上、ダブルスタンダードのそしりは免れ得ないけど。水口の町外れの神社に道中の安全を祈念して、本格スタート。神社から出た辺りで、地元のおばちゃんに「頑張ってください」とお声がけいただいた。がんばりますとも。

すっかり秋の陽気と言って良い快晴のもと、荷物は重いけど心地よく歩みを進める。野洲川を超えるちょっと前の彼岸花を愛でたり、野洲川支流の天井川をくぐり、気づいたら寄り添ってきた草津線の走行音を聞きつつ、石部宿へ。


石部宿は積極的な観光地化はされていないように見受けられるものの、残っている道の幅はまごうことなき旧街道規格。

先は長いのでかつての名所茶店の復刻版のお店で休憩。

石部宿を出ると、国道1号現道に加え、名神高速も伴走するようになる。住宅の密度や作りが都会の町外れのそれに変わってくる印象。その意味では、定期的に一里塚がやってくる以外は、歩いていてそれほど楽しくない道を黙々と歩いて行く。

栗東インターへのランプウェイをくぐった辺りで、足に違和感を覚えだした。荷物が二泊三日分あるのに加え、ノートPCも入っているものだからかなり重い。そして、前行程を日曜にこなしてからの土曜日ということで、疲労が溜まってたんだろう、曲げ伸ばしが痛くなってきた。これ、台風で予定が狂わなかった場合、この日と同程度の荷物を背負って峠越えをしたはずなので、かなり危なかった、むしろ台風に救われていたんじゃないかと思い始めていた。足を引きずって、キツイ西日に耐えながら草津入り。

翌日までにこの足を少しでも癒やしておかないと、とばかりに駅前のドラッグストアで湿布を買ってホテルにチェックイン。例によって、ちょっと盛った。

もう歩く気力がなくなったので、併設のレストランで近江牛をいただく。そして、少しでも足が治りますようにと祈りながら、眠りについた。

行程24: 草津-大津-三条大橋(2023/10/2)
区間データ: 距離 6里24丁(26.16 km), タァイム 7:44:34~15:35:50 (7:51:16)
イクゾー デッデッデデデデ カーン! pic.twitter.com/oueyyZAyep
— Nadir_RL (@0905Imai) October 1, 2022
最終回だから「カーン!」をつけたけど、誰も反応してくれなかった。悲しい(´・ω・`)。なんとなく、少し足が楽になったのを感じつつ、最終回スタート。早朝だからそもそも開いてないし、完全にメンタルが体力温存守りモードに入ってたので手も足も出なかったけど、草津宿は街並みは都会だけど、結構宿場を生かした観光施設もあったので、余裕があるときにまた来ようと思った。

足がちょっと治った気がしたと言うのは嘘だった。すぐに痛くなってきた。なので、15-30分ごとに足を休めるという徹底した温存策で進めていくことにした。ゆっくり足を進めて一里塚No. 120。はっきりとした痕跡が残っている一里塚は江戸方から見るとこれで最後。当然ここでも休憩をさせていただく。

このあたりまではまだ割りと余裕があって、休憩を取る場所も公園のベンチとか、上記一里塚のような休憩場所として作られたところを利用していたが、明らかに足が休みを求める頻度が上がってきて、遂にはスーパーの駐車場の縁石も使うようになった。地図を見ながら、次はこの辺まで頑張ろう、その次はここまで頑張ろうといった具合である。

このスーパーを越えてしばらく行くと、瀬田の唐橋。ここは、先述の三重近郊勤務時の休日に来て以来。まっとうな精神状態なら当時のことを思い起こしつつ、感慨にふけるのだろうけど、もはやただの休憩ポイントでしかない。

橋を渡り、石山寺や建部大社の門前町になっている商店街を抜け、途中休憩2回くらい挟んで膳所。近くのコンビニでちょっと食べ物を仕入れ、膳所神社で湿布(ロキソニンテープ)を交換する。ロキソニンが鎮痛剤であることが文字通り身に沁みてわかった。実際のところ動かすと痛いので全く治ってなんかないのだけど、ジンジン痛み続ける感じだけはスッと消えた。

カロリーを入れて、クスリが効いて、割と回復した感じで再開。もう辺りは大津近郊の住宅が絶えることが無く、琵琶湖のすぐ横を歩いているけど、結局瀬田の唐橋以降一度も琵琶湖を見ることがなかった。ちょっと調子が良くなったので、次の休憩地は義仲寺。この後京阪の線路を超えて、ようやく大津宿入りました。

大津はまあ、県都だけあってお店も多い。旧東海道沿いは旧宿場町であることを生かして街を発展させた感じの街並み。何かのお祭りの準備と観光客でわりと賑わっていた。周りの雰囲気だけでも気分は案外和らぎもする。旧東海道が国道1号現道と合流したところで道路標識。遂に京都を捉えた!

都までの最後の関門である逢坂の関に挑む前にそこら編の駐車場横の自販機前で休憩。逢坂山は国道1号現道の歩道で通過する。通常ならどうということもない道も、足を引きずりながらとなると額面以上にキツイ。特に車道を越える歩道橋は真剣に呪いながら上り下りした。逢坂の関跡とされるところで一服して坂を下るといよいよ山科盆地。ただ、大津市が結構しぶとく入り込んでいて、京街道との分岐(追分)まで来ても、東海道を進む限りは住所としてはまだ大津市。

その後の国道1号の計6車線をまたぐ歩道橋を泣きそうになりながら渡ってしばらくいったところで、ようやく京都入り。
アア・・・ハイッチャッタヨー!アーン、ハイッチャッタヨミヤコニ!!ミヤコニハイッチャッタヨー!
— Nadir_RL (@0905Imai) October 2, 2022
アアースゴイ、ミヤコニハイッチャッタ・・・アアーハイッチャッタヨー!!
ミヤコニハイッテルースゴイー・・・アアースゴイースゴイヨコノミヤコ!
(洛中年) pic.twitter.com/JvbSe3rr89
(↑今思うと「洛中」ではないよね)
四宮かぐや駅、山科駅横を、これに乗ってもうゴールしていいよねと思いながら通り過ぎて、太い車道と合流すると、そこから道は「三条通」に名前を変える。このあたりで、痛めていた右足をかばうという普通ではない負荷をかけ続けた影響で、左足の特に付け根の辺りが露骨に痛くなってきた。

ゴールの京の都は京都盆地。そしてここは山科盆地。そう、まだもう一つ峠を越えないといけない。兎にも角にも燃料がないと駄目だろうという感じで、この看板のすぐ近くのセブンイレブンで、ウィダーインのブドウ糖と、塩おにぎり一つを入れた。我ながら見苦しいまでの必死具合。
旧東海道はそのセブンイレブンを過ぎてすぐのところで三条通と分かれてじわじわ峠を登っていく。それで、200 m程度進み、勾配がきつくなり始めた辺りで、左太ももが攣る予兆が出た。あの筋肉がボコッと裏返る直前のような動き。少しでも対応を間違えると、本当に攣って詰んでしまうのでゆっくり自然な形に足を戻し、太ももをなだめすかすように揉む。文字通り血の気が引いたし、真剣に投了が頭をよぎった。ここまで来てそれはないだろうし、足が痛いだけで、HP自体はある。行ける(はず)。
ここからの歩みはもう本当に惨めなもので、200 m程度歩いたら、休憩して太ももをなだめるというのをひたすら繰り返すという流れ。絶えず休憩ポイントを探しながらジリジリと歩みを進めていく。メンタルの追い詰められ具合は相当なもので、道路標識に「三条大橋」の文字を認めただけで、本当に気力が戻ってくるくらいに。
気力が100回復した! pic.twitter.com/xw0yoaPKfx
— Nadir_RL (@0905Imai) October 2, 2022
蹴上駅を通り過ぎ、坂を下りきると、いわゆる京都の街が見えてきて、条里制の街並みにおける本当の「三条」通に差し掛かる。予定ではよっしゃよっしゃと疲れをにじませつつも満面の笑みで歩いていたはずなのに、なんと惨めなことだろう。ただ、ここまで来るとHPが赤表示だけど気力がMAXで、敵の攻撃は凄いけど、絶対に負けはないイベントバトルのような精神状態だった。

東山駅を通り過ぎた辺り、三条大橋が見えた所で、不覚にもかなりうるっと来てしまった。そして・・・
やったぜ。
— Nadir_RL (@0905Imai) October 2, 2022
投稿者: 上洛糞土方
実績解除: わし(53次)…東海道五十三次を徒歩で上洛を成し遂げた pic.twitter.com/BPBWsLdO0y
ここでタイマーストップ。記録は
延べ 161日7時間51分16秒
実質 23日7時間51分16秒
実働 132時間46分48秒
でした。(直後のツイートとは違うがこっちが正しい。三条大橋たもとでこんな集計がまともにできるかっての)
終わりに
いやもうこのときの気持ちは ↓ に尽きる。
洛北の川の土手の下でもう歩けない
— Nadir_RL (@0905Imai) October 2, 2022
完走した感想ですが、
ぬわあああああああああん疲れたもおおおおおおおおん
人生で一番遠い京都だった
ここ20年無い達成感
二度とやりません
フォローしてくださっている方の幾人から祝福の言葉をいただいた。この場を借りて改めて御礼申し上げる。どうも当方がゴールする瞬間を物陰からチラチラ見ていた御仁がいたようだが、未だ邂逅は果たしていない。まことに遺憾である。
さて、頑張った末のゴールということで京都の宿は当然に盛った。

余裕があれば街に出てちょっと美味しいものでも食べたんだろうけど、もうダメ、死んじゃう。なのでルームサービスで晩ごはん。料理が届く直前くらいにこうなった。

まあまだ当分生きるんだろうけど、これは終生忘れない景色のベスト10から外れることはないんじゃないかと思う。そして、先程遺憾の意を表明したけど、もし会って話などしたらこの景色には逢えなかったはずで、これでよかったのだろう。
一晩開けてもゲームじゃないので、右足は痛いまま。

職場の人への免罪符お土産を買って、のぞみグリーン車に乗って普通に午後から出社した。社会人の鏡である。

ん?
いただいた祝福のメッセージの中になにやら不穏なものが。
57次まで行って真勝利目指しましょう
ほー…
紅葉散ったら大阪行くぞオラァン!
2023/4/23追記: 行ったぜ。
