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136:サウナという余白の時間

・創作活動ばかりに励んでいると、何も経験しなくなるので何も思いつかなくなる。
・「なにが創作活動(笑)じゃ」みたいなご指摘は一旦置いておいて欲しい。その時間を何と定義するかは人それぞれ、ということでここはひとつご容赦してくれ。

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・現状の自分は「毎日noteを更新する」「同人サークルで出すための冊子を制作する」「新人賞などに応募するための小説を書く」の主に3つを創作活動と捉えて日夜それに時間を注いでいる。
・そこに付随するデザイン(冊子の制作やnoteのサムネ、告知用バナーのための)や動画編集(告知動画などをつくるための)など技術獲得のための勉強も含め、そのあたりを創作活動と呼んでいる。

・会社員をやりながら、交友関係もある程度切り詰めながらできる限界が今のところはこのくらいだった。

・本当は昔綴ったYoutubeも継続したいし、別に交友関係も切り詰めたくない。もう少しいろいろなことができるよう時間をよりうまく使えるようにならなくてはならない。
・が、まぁそのあたりの話は今回の主題ではない。余談。

・上述のような創作活動を行っていると、他の経験へ投入する時間が減る。
・また、たまの息抜きと思って仮に他の消費活動へ身を投じていたとしても「自分は今何をやっているのだろうか」「もっとやらなくてはならないことがあるのではないか」というのが常に頭の中に存在してしまうので、結果的に遊びにも本腰を入れることができない脳みそになった。

・要は、人生経験におけるインプットみたいなものが格段に減った気がしている。
・そしてそうなると、このnoteにおいてはブログという性質から顕著だが、自分のアウトプットの基となる体験が少なくなる、と思う。

・書くネタに困ることが増えた。こんな記事をネタとするくらいには。

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・そのようなことを思ったので、この前久々に創作活動の時間を一部削って自分が昔はよくやっていた休日の過ごし方みたいなものを送ってみた。
・一人カラオケと、サウナ。

・カラオケに関しては単純なストレス発散にはなるなと思った。
・今回特筆したいのはサウナ。

・もう数年前、サウナブームが到来する一足先に「サウナで整う」という体験にハマっていた自分は、サウナによく足を運んでいる時期があった。
・身体が慣れたのか最初に快感を覚えた整うという感覚も今や感じなくなったし、逆張りという悲しい性格をしているが故に流行りのものと化してしまったサウナには最近はあまり行かなくなっていた。

・ただ久しぶりに行ったサウナは、マジで普通に良いじゃん、と思った。
・スマホやその他の娯楽道具はもちろんのこと、創作するための道具なども含めすべてを自分から切り離し、裸でしかいれない状況で一定時間を過ごす。
・こんなに素晴らしい空間、今のご時世ではあまり見つけることができないだろう。

・デトックス的な観点ではもちろんそうだが、サウナ室に入ってる時間や外気浴の時間などは本当に無の時間なので、空想せざるを得ないところが良い。
・その状態になると「あれはこのようにしていこう」などのアイデアめいたものがいつもより簡単に、短時間で思い浮かんだ。

・だから、サウナは普通に良いぞ、という記事。
・整うことができない体質の人でも価値ある体験だと思われる。

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・書いた後に綺麗にスライドさせてしまったことに気づいたが、人生経験におけるインプットのようなものは別にサウナで得られるものではないな。
・サウナ後も結局その施設に併設されているコワーキングスペースのようなところで創作活動に打ち込んではいた。
・この記事、余談から始まって余談で繋ぎ余談で終えてしまっている。余りにも余りある内容だ。

・もともと綴りたかったのは、何らかそういった経験を得るための時間を捻出したいなと最近は考えている、ということだった。

・これの難しい部分は「人生経験を得よう!」と意気込んでとりかかる物事ほど別にそこまで特筆すべき経験は得られないという点である。
・何かしらのアウトプットを創出できるほどの経験は、その経験をする前の最初の自分が予期できるところからは生まれないのだ。

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