181:京都の大学生|人生#012
・毎日の鬱備忘録を生み出す思考回路の原体験。
・前回。
・2016年春、同志社大学に入学した。福岡にある実家から抜け出し、離れた地で一人暮らしを始めた。
・晴れて京都の大学生になった。
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・四条烏丸西入ル鉾町生まれのお嬢さんと知り合うこともなければ、黒髪の乙女に巡り合うことも残念ながらなかった。
・とは言え、充実した大学生活を送った。
・同志社大学には京田辺と今出川に2つのキャンパスがあり、その間が約35kmあるのだが、そこを1日かけて歩きましょうというイベントを開催しているサークルに入った。
・高校の頃の部活動で苦い経験があったので、しっかりとした?イベントをやってみたいという気持ちがあった。
・そのほかにも、社会課題を解決すべく大学からお金をもらいながら1年間動くみたいな志願制の授業があり、そこで「和婚を海外に広めよう」的なプロジェクトにも参加していた。
・留学生向けに着物のファッションショーを開催したりした。
・真面目な活動以外にも、友人と喫茶店でのんべんだらりと茶をしばいたり恋愛にうつつを抜かしたり。
・三条大橋で一丁締めしたあと鴨川を北に上りながら今後を憂いたり。出町柳にある居酒屋でホールのアルバイトをしながら常連さんにお酒を奢ってもらったり。
・寺社仏閣巡りをしたり。嵐山にある化野念仏寺の雰囲気が特に好きだった。
・本当に人生の夏休みを謳歌していた。大学での生活にはかなり満足していた。
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・一方、大学生活を送る中で自分のコンプレックスが膨らんでいくのも感じていた。
・同志社大学は私立大学であり、付属の高校などもたくさんあるのでお金持ちの家庭の子供が多かった。
・自分と似たような境遇の人間もいるにはいたが、大半の人間はお金に不自由のない人生を送ってきた者たちばかりで、嫉妬する心があった。
・自分は勉強も金策も苦労してきたのに、お前らにはその気持ちがわからないんだろう、というのは頭のどこかにはずっとあった。
・とは言え別に周りの友人たちにその嫉妬心を向けるのはお門違いも甚だしい。なんなら彼らは金のない自分に随分優しくしてくれた。
・だから、その妬みから生まれるドロドロとした感情の矛先は家族に向いていた。正確に言うなら、親か。
・もっと不自由ない生活の中で育ちたかった、とずっと思っていた。
・被害者意識のある、シンデレラ的な感情を持っていた。
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・地元にも友人は多くいたので、長期休みには数日間帰省していた。
・帰省はするものの、実家にはあまりいなかった。基本的には地元の友人たちと遊んでいた。
・家族に時間を注ぎたくなかった。
・年末年始などは帰らないこともあった。基本的には地元の友人たちは家族で過ごすので、遊び相手がいなかった。
・遊び相手がいないのであれば特段帰省する必要はない。京都の寺社仏閣で年越しカウントダウンに参加していた。
・自分はこのまま、家族からぬるっとフェードアウトすることで縁を切ろうと思っていた。
・このまま大学を卒業し、自分だけの人生を歩み始めるのだ、と強く意気込んでいた。
・女手ひとつで育ててくれたのにも関わらず、親に対する感謝などは1ミリもなかった。
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・そんな中、成人を迎えた。
・成人式や高校の同窓会に参加すべく、年末年始に帰省する年があった。
・その年の年末年始は基本、実家にいた。
・母親とこれまでのことについて話す時間が生まれた。
・次回。
