145:青春と不安と焦り|OUR DAYS #005
・ながめいづきと、この世で唯一ながめいづきと共鳴する研鑽仲間である「彼」との2人の物語。
・前回。
・互いの社会不適合性を確認しあった「彼」と自分は、今後どう生きたら良いか、模索した。
・ちなみに前回では『当時はまだ研修中であったにも関わらず、「会社で働く」ということに対して違和感を強く覚えていた。』と綴ったが、別に本格的に働き始めてからも思いは変わらなかった。
・むしろきちんとした部署に配属されてから、月曜~金曜まで働き、家に帰っても家族に煙たがられるからと平日は飲みに行っているおっさん社員などを見ていると、その違和感はどんどん膨らんでいった。
・「このまま会社員を続ける生活をしていて良いのか」「そんな人生で満足できるのか」そんなことについて、自分たちは各々勉強したことを共有し、対話を重ねた。
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・「FIREという生き方があるらしい」「投資信託にボーナス全部突っ込もう」「アフィリエイトブログをやってみるか」「フリーランスって何?」「プログラミングを学んでみよう」「Youtubeいけるんじゃないか」「ココナラでいったんサービス出してみよう」
・「そもそも世の中にはどんな生き方があるんだ」
・「『渋谷ではたらく社長の告白』参考になったぞ」「『こんな僕でも社長になれた』も良かった」「『たった一人の熱狂』も一応読んでみた」「一旦『ブログ飯』と全く同じことやってみないか?」「中田敦彦のYoutube大学でこの動画が良かった」「イケハヤの言っていることが全て説ないか?」「マナブのこのブログの通りにいったんプログラミング学んでみるか」「リベラルアーツ大学の両学長の言う通りのお金の運用やってみよう」「結局スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』にすべての人生の答えが詰まっているよな」
・そうして、自分たちは実際にいろいろなことをやってみた。
・自分サイドは、この記事の前半に綴ったことをやっていたが、「彼」は他にもいろいろなことをやっていた。
・とにかくインプットし、アウトプットし続けた。
・何がやりたいのかわからない中、いろんなことをやってみた。
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・そんな中、社会人1年目の秋冬頃、Youtubeに力を入れる時期があった。
・自分は何個かのチャンネルを作ってはやり直しを繰り返し、ようやく上述の記事に載っているものでまぁとりあえずの芽みたいなものは出た。
・「彼」は、自分の10倍くらい登録者のいるチャンネルを育て上げた。
・この頃は本当に楽しかったことを覚えている。青春だった。
・毎日電車の通勤時間で原稿を考え・帰ったら撮影・編集し、夜中2時~3時の間にアップロード。「彼」も同じような生活をしていたので、お互いが上げたのを確認し、感想を言い合ってから寝る。
・体力的にはかなり辛かったが、本当に楽しかった。
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・その頃の自分たちは、とにかく時間が足りない、と思っていた。
・なぜかはわからないが、お互いブラックというか、終電ギリギリまで働く羽目になっていた。
・あ、休職すれば良いじゃん、となった。大手の会社に入っていて良かった。
・診断書さえ出せば休めるし、傷病手当金も出る。
・「彼」は休職した。
・自分ももともと精神病を患っており心療内科に通う習慣があったので抵抗が全くなく、「彼」が休み始めた1ヶ月後くらいに、休職した。
・1年くらいの時間を手にした自分たちは、その1年で大成するつもりだった。社会人2年目。
・できなかった。
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・人間、何も与えられなくなると何もできなくなる。
・そもそも休職しようという思考が狂っていたのかもしれない。だらけてしまう時間が増えた。
・もちろん休職期間にもいろいろもがいたし、たくさん遊んだので良い期間ではあったが、結局人生の正解はわからないまま時が過ぎた。
・タイムリミットが来て、結局お互い転職した。
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・休職を終え転職した後、「気持ち」だけでは何も続けることができないことを知った自分たちは、「作業を続けるための環境づくり」に執心した。
・「やる気」など不安定なものに頼っていては、ダメだ。
・「スマホを封じる時間を増やそう」「外で作業ができる環境を作って、外に出るようにしよう」「お互い宣言した時間に起きれなかったらスタバギフトを贈るという罰を与えよう」「家でも作業ができるよう、日常生活を整えよう」「作業した時間は計測しよう」
・もし次時間を手に入れることができた時は絶対にだらけないシステムづくりを心掛けた。
・「次時間を手に入れることができる」保障もないので、時間が手に入らなくても作業に取り掛かることのできるようにした。
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・環境を整えはしたものの、何をすれば良いのかはわからないままだった。
・自分は何をしたら良いのだ。「彼」は「彼」で、どこに向かえば良いのだと思っていたらしい。
・自分は、とりあえず独立するためにYoutubeを牛歩ながらやりつつ、営業という職種をやっていたので、営業代行という道も探していた。人脈とまではいかないが、その道のいろいろな人に話を聞いてみたりした。
・独立した後にやりたいことは考えるべきなのか?などと思っていた。
・けど正直、いろいろやったけど、このまま会社員として生きていくことになるのかもしれないな、とうっすら思っていた。
・社会人3年目と、4年目。
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・その時点で既に、25歳を迎えてしまっていた。
・もう人生が確定する直前になってきている。
・キンコン西野のこの記事を読んで、本当に焦っていた。
・まだ熱狂できる競技を見つけれていないことが、ひどく不安だった。
・お互い、どうしたら良いんだろうな、という話ばかりしていた。
・次回。
