代わりにしてあげる事は親切か?
当院をご利用くださる方の目的は、大きく分けて2つあります。
・痛みあるいは、不具合を解消すること
・健康を維持するためのメンテナンス
このうち、身体のメンテナンスを目的として通ってくださっている70代の女性が、施術後に自力で起き上がれなくなってしまいました。
このクライアントさんだけでなく、同様の現象がみられる方が数名いらっしゃいます。
上体を起こすために必要な筋肉が低下したことが原因ですが、長期にわたる自粛の影響は否定できないでしょう。
1)故障のきっかけ
さて、自分の力だけでは起き上がれない場合、第三者の選択肢としては、①『助け起こす』、②『起き上がれるまで待つ』が考えられます。
僕の都合だけで言えば、①の方が断然楽です。
②を選んだ場合、ご本人様が起き上がろうと試行錯誤しているうちに、身体のどこかを痛めてしまう可能性があります。
それはそうですよね。今までの動作では起き上がれなくなったのですから、身体の違う部分を使わない限り結果は変わらないでしょう。
「普段とは違う動作をとってしまう」ことが、故障のきっかけになりますので、決してリスクは低くないのです。
お越しくださっている間に、どこかを痛めてしまう事態だけは回避しなくてはなりません。
とすると、やっぱり①を選択するのが無難ということになりますが、本当にそれでいいのだろうかと思案しているタイミングで、@GOHさんの記事を拝見しました。
職種の影響もありそうですが、学び、気付きが多くいつも参考にさせて戴いています。
2)代行と支援
上記の記事内で、GOHさんはこうおっしゃっています。
私が対人援助で最も大切にしていることは、「対象となる方が自分の足で立って生きていくためのお手伝いをすること」です。この「お手伝い」は、代行ではなく、支援です。
なるほど、確かに「代行」と「支援」は似て非なるものでありながら、混同されやすい傾向にありますね。
実際にやってみると明らかですが、適切な支援を提供しようとすれば、時間・注意力が必要になりますので事のほか難しいです。
そのうえ、あくまでも支援ですから、ご本人からすれば「困っているのに助けてくれない」と解釈されるケースもあるでしょう。
要するに、支援される側、支援する側、双方にとって厳しい選択肢ということになりますね。
とはいえ、通院してくださっている目的は「1日でも長く健康的に過ごせる身体づくり」です。ここを忘れてはいけません。
それなら、②の『起き上がれるまで待つ』を基本として、動作を観察しつつ、自力で起き上がるために必要な筋力を取り戻すための適切な助言が求められます。
安易に、①を選択してしまうところでした。
ところで、「代行」と「支援」という概念は、意外と私生活にも潜んでいて、ご年配のご家族がいる場合、うっかり「代行」してしまいがちなのです。
代行は安全なうえに楽ですが、「自分でできること」が減ってしまいます。
そう考えると、何でもかんでも代わりにやってあげることは、決して親切とは言えません。
宿題は自分でやるからこそ意味をなします。状況に応じて「代行」と「支援」を使い分けたいものですね。
