早々にフランス語に挫折した理由
大学四年生当時、私はそこそこ暇だった。
卒業に必要な単位はゼミを除いてほとんど取り切ってしまっていたので授業数が少ない。
とある理由から四年生の秋まで就活らしい就活をしていなかったので、時間を持て余していた。
授業のコマ数が少なくても、
授業で1週間がぱんぱんでも学費は変わらない。
空き時間を活用できないか考えた際に
第三外国語としてフランス語の授業を取ってみようと思いついた。
少しだけ私のバックグラウンドをご説明しておくと、一応帰国子女の私は大学では授業の3分の1くらいを英語で受けていた。
そして第二外国語の中国語も取れる授業は全部取り切ってしまっていた。
そもそもなぜそのタイミングでフランス語を学ぼうと思ったのかというと、私は大学四年生当時、空港の国際線制限区域内の薬局でアルバイトをしていたことに起因する。
アルバイトを始めた当初は英語スタッフとして働いていたのだが、当時お客様の半分は中国人のインバウンドだった。
彼らは臆することなく中国語で話しかけてくるので、接していくうちに薬局で使う用語(風邪、鼻水、目薬、美白、コラーゲン、ビタミンCなど)を普通に覚えてしまい、徐々に中国語でも対応していたら店長から「普通に中国語で接客できてるから中国語スタッフ手当もつけてあげるね」とありがたい評価を頂き毎日楽しく働いていた。
薬局には様々な国の渡航者がご来店されたが、大半はヨーロッパ・欧米・中国のお客様。
中国のお客様は先の通り中国語で話しかけてくるが、基本的にヨーロッパと欧米圏の方は英語で話しかけてくれるので日本語と英語と中国語で対応していれば基本的にほとんどのお客様とのコミュニケーションが可能だった。
稀に英語も中国語も日本語も話さないお客様も来店されたものの、そういう場合は翻訳機片手に質問してくれたのであまり困ることはなかった。
さて、枕詞に「基本的に」や「ほとんど」とつけているということはお察しの通り、例外が存在する。
そう、フランスから来たお客様である。
基本的にドイツから来た人もオランダから来た人もスペインから来た人も、訛りやアルファベットを自国言語のままの読み方で発音してしまうなどはあっても英語を話そうとしてくれた。
しかしながら一部のフランスから来たお客様(マダムに多い)だけは頑なにフランス語で話しかけてくることがある。
スマホ内の翻訳機も探さず、凛として当然のごとく”Bonjour!”から始まるのだ。
そしてその後怒涛の如きフランス語で質問してくる。
彼女はきっと端的に要望を告げているのだろう。でも知っているフランス語がBonjourとMerciだけの私には彼女の言葉はおしゃれなボサノバにしか聞こえない。
このままではちゃんと接客できないと思った私は気を取り直して英語で返した。
「申し訳ないですが、私はフランス語がわからないです。何かお手伝いできることはありますか」と。
しかしながら彼女は何度英語で返してもフランス語で話しかけてくる。
5分ほどフランス語の質問(主観的にはボサノバ)を聞き、英語で返すというやりとりをした後彼女は諦めて“ohhh, non”というようなことを言ったか言わないか去っていった。
驚くべきことにこういうことは一度ではなかった。大抵のお客様は自国の言葉が伝わらないと知ると翻訳機などで理解し合おうという歩み寄りがあるが、フランス人のお客様だけ毅然としてフランス語一本勝負で話しかけてくる。
遠い異国に来ておいて自国の言葉が通じて当然というスタンスはちょっとどうなのかしら、と思うと同時に、多少変わったオタク精神を持つ私は「ここまで自国の言語に誇りを持つというのはなぜなのか」とフランス語という言語に関心が湧いたのだった。
ということで大学四年生、
空きコマを活用して大学一年生と混じりフランス語のビギナークラスを受講してみた。
最初はやる気満々な私。
フランス語の授業を通年頑張った暁には、フランス映画の「危険なプロット」を原語で理解できちゃうかも!なんて浮かれてた私。
甘かった。
私とフランス語はことごとく相性が悪かったのである。
以下、私がフランス語に持った(言語としての)不満を書いていきたい。否、フランス語は悪くない。私のわがままです。
1.まずアルファベット。
元々アルファベットを見ると脳内で英語発音されてしまうのが悪いのだが、まず覚えづらい。
特にH。アッシュと読むのは良いが単語になった時発音が消えるってどういうこと?
消えるなら書かなくて良くないだろうか。
そしてR。英語での君の発音は確かにトリッキーだけど、フランス語ではHの発音になるってどうゆうこと?RがHになって役目を取られたHは発音が無くなっちゃったということ?
2.女性名詞と男性名詞。
ドイツ語には中性名詞もあるんだから、というお説教は置いておいて、英語・日本語・中国語話者からすると名詞に性別が分けられていること自体がしっくり来ない。
しかもその分け方に傾向はあるものの明確な論理性が無い。
この辺りで少し苦しくなってくる。
3.読まない文字、多くない?
例えば英語でのWhat is this?はフランス語で
Qu'est-ce que c'est ?になる訳ですが、読み方はカタカナで書くと“ケスクセ”になる。
沢山文字書いた割に読む文字、少なくない?
という感想になること多し。
中国語も日本語も書いた文字を飛ばして発音することが無いし、英語も子音を追いかける言語とはいえ、フランス語ほど「書いた文字数分、発音しないのね」と思ったことがない。
読まへんのにじゃあなんで書いたんや、という気持ちにさせられる。
4.数字がクレイジー
私が完全にフランス語をギブアップした直接的な要因と言っても過言ではない。
これはもうディスとかではない。
ただの事実。
フランス語の数字の数え方はおかしい。
聞いて驚け、フランス語には70から90までが存在しないのである。
もう、よくわからない。
女性名詞と男性名詞は作れるのに、
70から90を作れないのはなぜなんだ。
授業で数字を学んだ日のことは今でも忘れない。先生の朗読でUn, Deux, Troisから始まり最初は順調だった。そう、69まで順調だった。
そして次は70の段となるときに急に先生が告げたのだ。
「フランスには70が存在しません。なのでこう言います、60+10が70!60+11が71!」
そしてその後も72(60+12)に続こうとした。
しかし私は納得できない。
ふーん、70無いんだ。
とはならない。
頼むからなぜなのか教えてほしい!!
ということで先生を遮って質問した。
「なぜ、フランス語には70が無いのですか」と。
それに対する先生の回答がこちら。
「なぜならフランスは哲学の国だからです!」
うん、全然わからない。
そしてわからないまま70の段が終わった。
次にやってくる80の段。
さて、80はフランス語にはあるのか無いのか。
もし無いのなら、60+20なんだろうな。
先生が告げる。
「80の段もフランス語には無いので」
やはり。
「80はこう言います。4×20!」
エッ。
唐突の掛け算。
さっきまでの足し算理論はどこにいったのか。
そして先生からは、70の段はなぜ足し算で80の段は掛け算になるのかの説明はない。
85あたりで無の境地になってきた私。
この様子だとどうせ90も存在しないんだろう。90はなんだろう、3×30かな。
いっそ45×2みたいな方が面白いかも。
そんなことを考えていたら90の段が来た。
「それでは90の段」
来た来た。教えてくれ。
90はナニ×ナニなんだ!
「90の段は4×20+10です!」
まさかの合わせ技。
70と80の段のロジックが合わさって
いっそ論理的に見えてこなくも無い。
でも、考えて欲しい。
これが本当だとする。(本当です)
フランス人はマルシェで買い物するとき、
「93ユーロのお肉と70ユーロの魚と86ユーロの果物セットを頂戴!(実際の相場はガン無視なので悪しからず)」とお願いしたとすると、
実際には
「4×20+13ユーロのお肉と60+10ユーロのお魚と4×20+6の果物セットを頂戴!」と言わなくてはならないということになる。
ややこしい。とても。
何よりもそのややこしさに明確な筋の通った説明が無いことがもどかしい。
そしてそのもどかしさを先生は「哲学だ!」の一言で片付けていることにモヤモヤする。
私はクラスのコースを修了する為、
半年間耐え忍び授業を受けた。
この後も英語・日本語・中国語では名詞+形容詞になるところをフランス語では形容詞+名詞(例:赤い口紅はフランス語では口紅赤いになる)になったり、リエゾン何それ美味しいの?
となったりして苦しみ気が進まないままなんとか単位は取れたが、後期にレベル2へステップアップする気はさらさら起きずフランス語学習を挫折してしまったのだった。
大学の輝かしき成績表にA以外のアルファベットが並ぶことになってしまったのは残念だけれども私の血迷った気まぐれのせいなので仕方がない。
思うにフランス語はニュアンスにより磨き上げられてきた文化によって醸成されてきた言語なのだろう。
そんな言語にロジックや厳格さを求める私がナンセンスだったのだ。
実際このニュアンスの海をすいすいと泳ぎ回れる素敵な日本人マダム達も沢山いるのである。
フランス語に堪能なマダムに出会うと私は必ず、
「70〜90の呼称に不満を抱いたことがないのですか?買い物の時困りませんか?」
と質問するのだが、決まってこう返ってくる。
「あら、そういうものだと思ってあまり不思議に思ったことも無かったわ。確かにマルシェでは大抵計算間違えされるわね。あれってきっと数え方のせいだと思うのよ。しかも必ずお店側が得するように間違えるのよね〜」
鷹揚にうふふっと返されてしまうと自分の狭量さにううむとなってしまうのだ。
フランス語を流暢に操りパリの街をおしゃれに闊歩するには、規則性や論理性よりも独特な言語的メロディを身体に染みわたらせる美的センスが必要なのだと思う。
まあ、私は。
一度その文字の読み方を覚えたら基本的にずっと同じ読み方でいてくれる中国語(この点において日本語よりも親切だと思っている)と、アルファベット圏で最もシンプルな構成でいてくれる英語を引き続き愛し、彼らにも愛されるように精進していきたいと思う。
相性の良いものを見極めて長く付き合っていく。
これも人生において大切なウェルネスの一つだと信じている。
来世はフランス語、
ペラペラ人生も悪くないけれど。
(といいますか、正直憧れる!)
本文冒頭に記載した、大学四年生で就活らしい就活をしていなかった理由はこちらで書いています。
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