新緑の碓氷峠「アプトの道」を行く。で、アプトって何よ ー 旅の栞 みなかみ紀行編 ー
絶好の散策日和であった。
5月初旬は、新緑の季節。
薫風快晴
とは言えない天候ではあったが、日差しも少なく、むしろ散策向きであった。緑に囲まれた道を歩くだけで、ちっぽけな悩みなんて吹き飛んでしまう。

はーい、なぐなぐツーリスト(なぐツー)に参加いただき、ありがとうございます。今日こそ、アプトの道を歩きます。
全長5.9km、標高差170mのひたすらまっすぐな(鉄道にとっては急こう配な)道。ここは、かつて信越本線だった線路。今では、一部が廃線となりぶった切られている。その欠けた部分、それが「アプトの道」。
えっ? アプト?
▼ アプトって何よ(美川憲一風で)
あぁた、それはね、急な坂道をぐいぐい登るための特別な鉄道のことよ。普通の電車じゃ滑り落ちちゃうのよ。そんな坂道でも、歯車をガッチリ噛み合わせて力強く進むの。あぁた、それが、ア・プ・ト、よ。
急こう配な区間になると、通常の機関車とは別に、歯車付きのアプト式機関車を連結する。そしてその機関車に、ぐいぐい運んでもらうんだ。
廃線跡を歩いていると、こんな鉄道遺構を見つけることができる。これも歩く楽しみ。

▼ 変電所
30分程歩くと、緑の芝生に囲まれたレンガ造りの建物が見えてくる。
近づき、見上げる。
かつてはこの建物の中から、騒々しくけたたましい音がきこえていたんだろう。いまでは、森の中に佇む静かな建物。だが、圧倒的な存在感は変わらない。格調高い機能美を併せ持った、オトコの香り漂う遺構だ。

開通当初は、蒸気機関車が走っていたが、いち早く電化されたんだ。そのための変電所。
▼ 碓氷峠
ただ、ここ碓氷峠は、電化されてもアプト式のままであった。アプトのままなのに、なぜ電化したの?意味ないじゃんと思ったアナタ、ふふふ、ココを歩けばわかる。(正解は、あ・と・で)
また、アプトの道がある碓氷峠は、古代から旅人が行き交う交通の要所であった。人や馬なら、くねくね道も登れるが、電車はそうはいかない。
となると?
そう
トンネルが続く路線だったんだ。

トンネルを抜けると
そこは、

やっぱり、トンネル
なのかーい
▼ あるよ(田中要次風で)
もちろん、トンネルがあれば

橋もあるのだ。
この橋が、有名な「めがね橋(碓氷第三橋梁)」。近くに駐車場があるので、急に観光客が増える。
第三橋梁ですが、四連橋です。
そして、日本最大級なのだ。
せっかくなので、橋げたに降りてみよう

迫力満点なのだ。
よくこんなもん造ったよね。
考えてみて欲しい、線路を造らないと物を運ぶ機関車は走れない。そして当時は、広い道路も重機もトラックもない。って、ことは? そう、この橋の資材は、すべて馬や人で運んだんだ。(一部で、蒸気クレーンが使われてます。)
総数200万個!のレンガと石を積み上げて、モルタルで固めた橋梁。鉄骨を使ってないって知ると、さらに驚くよね。よくまぁ壊れないもんだ。
おったまげーなのが、工期2年を待たず、完成しているという事だ。そして、突貫工事のため、多数の犠牲者が出ていることを忘れてはいけない。
先人に感謝
▼ ゴール!(往路の)
歩くこと2時間。
熊ノ平駅(跡)に到着

ここが、碓氷峠の最高地点。群馬側から登ってきた列車は、ここでアプト機関車を切り離す。少し開けた場所なので、蒸気機関車の給水と給炭。及び、列車の待避線として駅が設けられた。
ここには、鉄道員とその家族が暮らす公舎もあった。
そして、煙害の街でもあった。
機関車から出た煙は、煙突状態のトンネルを伝って登ってくる。そして、最高地点の熊ノ平に充満したのだ。
この煙害を減らすため、蒸気機関車を電気機関車に置き換えたんだ。それが、この路線がいち早く電化された理由。でも、電気機関車になっても勾配は登れず、アプト式は残ることになった。
▼ みなかみ
碓氷峠の最高地点である熊ノ平に降った雨は、ちょっとした違いで群馬側に流れていくチームと、長野側に流れていくチームに分かれる。
でもそれが、永遠の別れになる。
長野側の雨粒は、小川となり次第に大きな川に合流し、信濃川となって日本海にそそぐ。群馬側の雨粒は、利根川となって太平洋にそそぐ。ちょっとしたすれ違いで、永遠の別れを迎える恋人たちのようだね。ちがうか・・
こういった場所を「分水嶺」と呼ぶんですが、ちょっと固いなぁと思って、若山牧水的に「みなかみ」と表現しました。
今回の旅は、みなかみ(源流)を巡る旅でもあるのだ。
熊ノ平では、土砂崩れ復旧工事に絡んで凄惨な事故も起きている。
今では、長野新幹線を使って快適に旅ができているが、忘れてはいけない歴史だ。
祈りを捧げたら
さぁ、戻ろう。
▼ 碓氷湖
途中で、碓氷湖に寄り道。
熊ノ平に降った雨粒ちゃんたちも、この「たまり場」で休憩中。我々も湖畔のベンチで休憩。

絶景を眺めながら・・
高崎名物

「だるま弁当」と「鶏めし」を喰らうのだ。
(横川に来て、峠の釜めしを食べないなんて・・)
ぱかっ

だるま弁当は「普茶料理」と呼ばれる、江戸初期の精進料理を模した味わい。やっと、この手の美味しさがわかる年齢になったと実感。しみじみ美味い。
ちなみに、弁当箱は、貯金箱としても使える。ひとつ上の写真を見て!だるまの口が、空いてるでしょ(笑)
って、使わないでしょー!
鶏めしは、つくねにそぼろにローストに、とにかく鶏づくし、こちらも優しい味わいで、疲れた体に沁みわたる美味さであった。
▼ 戻ります
往路は汗ばむ陽気に感じていたが、緩やかな下りの復路は、(体力を使わないので)寒くなってきた。ウィンドブレーカーを羽織る。
発電所まで戻ってきた。
観光列車も入線。

平安時代から江戸時代、そして平成に至るまで、人々が行き交った難所「碓氷峠」。時代が移り変わっても、ここを通らずには行かれないという地形の特異性は変わらない。この地では、歴史がミルフィーユのように積み重なっていく。みなかみは、水だけでなく、歴史も湧き出す場所なのだ。
群馬の旅は、まだまだ続きます。
次回もおったのしみにー!
(つづく…)
前回の話を読んでない方は、コチラ
いいなと思ったら応援しよう!
♡スキは、誰でも押せます。
読んだらハートマークをポチリ!♥️お願いします!
チップは、旅先でのアテにアテます!