花束みたいな愛はほんとにあるんだ
こんなにも私のことを応援してくれている。
秋口の陽だまりになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
窮屈さを感じたら、より自由を感じる方へ、そっと転がって。
花束みたいな愛、感じたことある?
記念日に祝福された時。
たくさんの感謝の言葉をもらった時。
愛をもらっていて、幸せ~って思いました。
クライアントさんからもらった愛。
花束みたいな愛だ。
この表現を私は知っていたけど、
ほんとにあるんだ、を感じさせてもらった。
幸せでぎゅうぎゅうになっている。
そんな感覚になった。
愛が深かったり、大きかったりして恐いってなった時もある。
けれど、このぎゅうぎゅう感をかみしめながら、まっすぐに受けとりたい。
あたたかい日向に一緒にいるような時間を過ごさせてもらっているクライアントさんにインタビューを引き受けてもらった。
今までもたくさんの一輪の花を受けとっていて、まっすぐに応援してもらう愛は花束のようだった。
日向ぼっこ
そこにいるだけで、あたたかい雰囲気のある人で、ぽかぽかして気持ちがいいなぁと感じる人です。
一緒に日向ぼっこをしているような感覚。
少し心をゆるめて休めるような場所になれる人。
「ちょっと元気がなくて…」と言ったら、
そっと背中に手を添えて「大丈夫だよ。元気をゆっくり分けてあげるね」ってその手からあたたかい元気をゆっくり分けてくれる。
心に雨が降っていたなら、黙って抱きしめてその悲しみですらも少し分けて持ってくれるような人。
そして、言葉を大切にしている人。
これは、私も言葉を大切にしているから、感性が近い者同士のご縁なのかもしれません。
小さな一輪の花
セッションが終わった時に、こう感じたよを伝えてもらうことがある。
私の言葉に対して、こんなことを感じました、と感想を伝えてもらったこともある。
学びになりました、と伝えてもらったこともある。
私のままならない心に対して、「大丈夫だよ」ってやわらかく受けとめて、「そのままでいいよ、出来ることをもうやれているよ」って伝えてもらったこともある。
人としてのあたたかい関係
コーチなのに、励ましてもらってるの?
と思われるかもしれない。
確かに、私とクライアントさんはコーチングというコミュニケーションを通して対話している。
お金も頂いている。
確かにその時間はそうだけど、その前に人と人としてのあたたかい関係がある。
土台に健やかなあたたかい人としての信頼が互いにあることが、コーチングという場にいのちを吹き込む。
コーチとクライアントという関係は確かにある。だけど、それだけの関係ではない。
たった1人しかこの世界にいないあなたと私がこのタイミングで出会っている。
私の願いが叶っている
今書いてみて、私の望んでいることが叶っていると思った。
私は看護師として患者さんと関わってきたけれど、もっとそのままの私で関わりたかった。
コーチングなら、それが叶うと思った。
そのままの私で人と関わりたい。
あたたかい双方向の関係を作るんだ。
花束みたいな愛
クライアントさんにインタビューをお願いした。
今までも書面でクライアントさんにご感想をお伺いしたことがある。
その時もそれぞれのクライアントさんから、あたたかい愛をもらっている。
本当に感謝だ。
今回、快く引き受けてもらった。
「なほさんのコーチングがもっとたくさんの人に届いたら嬉しいです」という言葉を贈ってもらった。
インタビューを引き受けてもらったことも嬉しいけれど、何よりも私のことを心から応援してくれている、その応援の形として受けて下さったことが嬉しかった。
愛だと思った。
たくさんの愛の一輪の花を私はずっと受け取っていて、花束みたいな愛として、インタビューを一緒に作ることが出来る。
私のコーチングを受けて、どんな変化があった?ということはお尋ねする。
けれど、クライアントさんにとっても、「これまでとこれから」を見られるような時間になればいいな、と思う。
コーチングにおいて、守秘義務というのがある。
その場で話されたことを漏らさない。
さらに、私のコーチングを受けている事実ですら開示しない。
ということを約束している。
とても繊細なことで、倫理の点でも大事なことだと思う。
私はコーチだけど、クライアントとしてコーチングを受けている。
クライアントの立場から「このコーチのコーチングを受けている」と言ってもいいのかが分からない。
(けれど、世界中に叫びたいくらいマイコーチは素敵な人です!!)
だから、言わないようにしている。
他方、オープンにしている関係性もある。
私は、このコーチとコーチングと重なりのある対話の時間を過ごしています、と言葉にしている。
厳密にコーチングと言い切るには感覚的にぴったりこないので、あいまいな言い方になるけれど、オープンにしている関係性も私は持っている。
コーチングで育ち合う
コーチングとはどんな時間か。
いろんな言葉になる。
広く一般化された言葉だと、対話を通して気づきが起きてそれが行動を変化させるその一連のプロセスをコーチングと呼ぶ。
けれど、ぐちゃぐちゃだったりもやもやする感情を丁寧にひも解いていく時間かもしれないし、ひも解く前にその感情を受けとめてもらうことで癒される時間かもしれない。
思考を整理して、方向を探す時間かもしれないし、心が行きたがっている場所を探求する時間かもしれない。
周りの大きな声に惑わされている時に、自分の本音はどこにあるのか深く潜る時間かもしれない。
ただともに迷い、向き合う時間かもしれない。
コーチという他者に映してもらった自分を見る時間かもしれない。
私のような人間にとっては、親子関係を補完してもらう場になるかもしれない。
心の安全基地として私はコーチングの時間を使うことがあります。
たくさん書いたけど、「育ち合う時間」でもあると思っている。
プロなのに、育てるではなく「育ち合うなの?」と思われるかもしれませんが、言い切ります。
はい、育ち合う時間です。
互いに成長し合うと思っています。成長することだけが良いのではなく、留まることももちろん尊重されます。あなたにとって変わる、成長するタイミングは自然に訪れる。
けれど、今回私は愛が循環していて、育ち合っている関係だと思った。
コーチとクライアントさんは対等な関係で、コーチが教え導くという上下のある関係ではありません。
それを基本に、私もコーチとして人として耕してもらっていて、私もコーチとしてクライアントさんに耕しを提供できている、と思っています。
素直に受けとること
私は何かを返せているのか。
こんなにもあたたかい愛をもらっていいのか。
そんな問いが今までなら浮かんできたのだろうけど、静かにぎゅうぎゅうだけど、受けとりたいと思えた。
成長している。
そして、私はコーチとして受けとった愛を循環させていけるように、また人としても健やかに愛をめぐらせることができるように生きたいと思いました。
まとめ
花束みたいな愛をもらった。
そのあたたかい愛をただ残しておきたいと思って書き始めた。
けれど、コーチングという場やコーチとクライアントと呼ばれる人の関係性、私が築きたいと思っている人との関係の話につながっていった。
私のコーチング哲学、そしてクライアントさんが私というコーチ、私という1人の人間にとってどんな人なのか。
それを考え、感じた時間でした。
大好きです。私はあなたの素直で柔らかくてあたたかい所が大好きです。
出会えたことに私も感謝です。心からの感謝を、まっすぐにあなたの愛は私に届いています。
ありがとうございました。
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あなたの花束みたいな愛もコメントで教えてもらえると、とても嬉しいです!
私にある愛を見つけた時は、「それ愛だよ、あふれているよ」って教えてもらえると助かります!
これからも「愛って何?」について書いていくので、フォローして楽しみにしていて下さいね。
読んで頂き、ありがとうございました!
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▼愛の循環は無限に広がる
▼今回もらった花束みたいな愛も特別な愛でもある
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