私が誰かの「特別」になれた日 名指しの愛が教えてくれた、可能性の光
私が誰かの特別になる―
その想定ってなかった。
秋口の陽だまりになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
窮屈さを感じたら、より自由を感じる方へ踏み出して。
あなたの特別な人、あなたを特別だと思ってくれる人はいますか?
家族、親友、恋人、信頼している、されている仕事仲間。
特別大事な人。
この言葉を私はnoteに書いていた。
そして、「特別」という言葉ではなくても、「人生で一番影響を受けた人」、私の「かわいい妹」、妹にはマストでかわいいという言葉がつくよねって感覚は、「特別」。
だけど、私が誰かの「特別」になるということは考えたこともなくて、それが起きました。
「好き」が「好き」で返ってくることも同時に起きていて、「特別」という言葉を贈ってもらった。
愛が循環していて、照らし照らし返されていて、本当に幸せだ。
幸せは基本ずっと更新されていく。
あたたかくておおらかな愛を持った人から、好きと特別を贈ってもらいました。大好きがもっと大きな愛を連れてきてくれた。
誰もがかけがえのない特別な存在。
その意味の特別ではなく、私もあなたにとっての「特別」になれる可能性があることに気づかせてもらった。
あたたかくておおらかな愛の人だから
私は、愛があるにOS更新したのが8月なので、その人にある愛について丁寧に感じたり考えたりはしていなかったと思う。
愛を感じる、受けとるを練習中。
けれど、「深い」でも「大きい」でもなく、とてもおおらかな愛がある人だと思う。すべてを受け容れてくれている感がとてもしていて、おおらかさで見ると、私はこの人以上におおらかで、受けとめるよって穏やかさを持つ人に会ったことがない。
愛にあふれているけれど、とてもあたたかくて時間の流れがゆっくりした愛なのだ。
この感覚、伝わってほしい。
そこでは、ただいるだけで良くて、何も急かされたり、不安になったりしなくてもいい。
まさにプールに浮いているだけが許される、むしろ泳ぎたいという気を起こさなせないような存在。
焦っていたら、うんうん、焦っているんだね。
まずはお茶でも飲んだら?って言ってくれるような感じなの。
けれど、それは達観した仙人が目を細めて落ち着かせようとしてくる感じじゃなくて、気軽さやラフさという空気も同時にふわっとひとひら混ぜてくれる感じ。
安心とともに、同じ目線に立ってくれる。
そして、にこって笑いかけてくれたり、空気を和ませてくれる。
「特別」という言葉
日常的に使っているし、まさに特別大事な人と私はすでに使っていた訳で、自分が誰かに対して、特別大事、好き、興味がわく、素敵って思うことは起きている。
けれど、立場が逆転して私が誰かの特別になれる、はなかった。
私は私であるだけで満ちている
私は私であるだけで、唯一無二の存在。
欠けたる所はたなくて満ちた存在。
全体性のある存在。
どんなにお金を積んだって私と同じ人間は作れない。
だから、役に立つ私ではなくてもただ生きているだけで価値はある。
それは、だいぶ腹落ちしてきていると思う。
私が私という人間を肯定する、愛する、信じること。
「特別」になりたかったんだ
かえがえのない大事な人だよ。
これは、私に限らずすべての人に対してそう言える。
すべてのヒトは、満ちている存在。
光も影も抱いて存在している。
すべてのヒトが愛される存在。
けれど、その意味での特別なヒトではなくて、誰かにとっての「特別」になりたかったんだろうな、と思いました。
だから、「言葉」という分かりやすい表現、私にとって最も受けとりやすい「愛の通貨=言葉」で、それを伝えてもらったことが、心に響いた。
存在として、1人のかけがえのない人間としては、私は受容されていて、信頼もされていて、愛を浴びさせてもらってもいる。
これだけでも、もうこれ以上ない程に感謝すること。
そのラインから1歩踏み込んだことが起きたと感じました。
「特別」って伝えてもらったことで、嬉しい、ありがとうって思ったと同時に、私も誰かの特別になれるんだって可能性に気づかせてもらった。
私の目にはその可能性、映っていなかった。
多分、親から見たら、私は特別な存在なんだろうし、妹から見ても私は特別な存在なんだと思う。家族だから。
けれど、それは当たり前過ぎて言葉にされないし、親との関係においてはそもそも愛が薄い感じって受けとめているから、難しい。
私も特別になれるって伝えてくれてありがとう
すべてのヒトが特別な存在だよ。の意味での特別ではなくて、あなたと私という関係性において、「特別だよ」って言葉を贈ってくれたことに心から感謝です。
私も大好きです。
とは伝えていたけれど、それは私の感じていることで、ただ伝えたいで、受けとるも受けとらないも自由で、もうそれを伝えられただけで、私が私に愛を贈るでした。
大好きは、表現するだけで完結させることが出来ます(心の内で祈るだけでもいい)。
だから、その呼びかけ、私の音に響いたよって音を返してくれることは、響きあっていて、奇跡。
大好きが受けとってもらえて、受けとったよ、特別だよ、好きだよって伝え返してもらったことは、奇跡の領域と思っていて、それを起こしてくれて、ありがとう。
私も「ありがとう」以上の言葉を持ち合わせていないのだけど、光が満ちた世界に一緒に立たせてもらっているなと感じました。きっとあなたの光に包んでもらっている。
特別になるのは、憧れではなく可能性
私にとって、誰かに「特別だよ」って伝えてもらえる、そういう存在になれるというのは、憧れだったんだと思います。
親から、あなたは特別だよ。世界で一番かわいいよって言われていたら、それは憧れなんかじゃなくて当たり前に存在するものになっていたんだと思います。
けれど、私にとっては誰かの「特別」になるのも、やっぱり何かが出来る私、役に立つ私であるからこそ、「特別」になれる訳で、そのままの私が「特別」になれるは想像すら出来ないことだった。
私が誰かのことを特別って感じるように、私のことも「特別」って感じてもらって、伝えてもらった。
だから、私も誰かの特別になることは出来る。
憧れなくて大丈夫。
私にも誰かの特別になる可能性はちゃんと開かれている。
今までもあったけど、見えていなかっただけだ。
「大好き」と感じる心、それをまっすぐに伝えること。
それが、私に愛を運んできてくれて出会わせてくれる。
そして、何よりもあたたかくておおらかなあなたの愛が私に「特別」になれるよという可能性と、空気のようにそこに存在する愛ではなくて、「特別」という名前のついた私に向けて贈る愛を届けてくれた。
本当にありがとう。
やっぱり、私はあなたが大好きです!
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私にある愛を見つけた時は、「それ愛だよ、あふれているよ」って教えてもらえると助かります!
これからも「愛って何?」について書いていくので、フォローして楽しみにしていて下さいね。
読んで頂き、ありがとうございました!
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