「愛が深い」と自ら言えることの尊さと、心のやわらかい場所を見せること。 愛にふれさせてもらった話
「私、愛が深いんです」という言葉。
冬の静けさと灯りになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、ころん、と生きる。
きらきらしたら、ぷかぷかに戻るリズムの中で、私のままで、もうすべてそろってる。
あなたにはこの人、愛が深いな~と思い浮かぶ人はいますか?
長年愛用している仕事道具への愛が深い。
私のパートナーは私への愛が深い。
私は愛が深い人間だよ。
とんでもなく深い愛の人、愛が大きいなと思う人、あたたかい愛だなと思う人、人によって愛のかたちが違うと感じます。
それを何となく感じられるようになってきたんだと思う。
そんな中で、自分で自分のことを「愛が深い」って話す人と出会った。
2人目。
だから、私はまっすぐに「その愛にふれさせてほしいです」って伝えたことがあります。
彼女の愛にふれさせてもらった、と思ったから残しておく。
愛が深い人、自分でそれが分かっている人に出会えたことがまず感謝で尊いことだ。
彼女の深い愛にそっとふれさせてもらったこと、そのことにまず「ありがとう」だ。
「愛」という言葉が私の世界に存在し始めたから
そもそも私が自分で自分の言葉を奪う、愛がない設定の世界を生きていたから、言葉としても「愛」という言葉を自分で奪っていた、に気づいた時がありました。
だって、存在として「ない」のに言葉があったら秩序が崩れるでしょ?
だから、存在させないために言葉を奪った。
そこから、愛がある世界にOS更新ができた、というか今も途中だけど、愛が見えるように、ふれられるようになった。
そこから、少しずつ言葉としても私は「愛」が使えるようになってきた。
だから、とんでもなく深い愛にふれさせてもらったり、大きい愛だな~って感じたりもできるようになってきた。
まあるい愛の人もいて、とても面白い。
愛のかたちは、変化したりするんだよ!
愛がとんでもなく深い人
1人目の愛が深い人は、「とんでもなく」深い。
そう感じる。「深い」では足りなくて、愛のかたまりみたいな人だ。
その人と出会った時は、私は愛がない設定の世界を生きていたので、ふーんって全然愛だって認識出来ていなくて、分かってしまった時、どうしようもなく恐かった。
愛だって気づきたくなかったって思うくらいに恐かった。
ただ、私が愛と呼んでいなかった(言葉を奪っていたからね)だけで、全部愛なんだって理解してしまったのは、その回路を眠らせていた、感じる心、OSは私にも搭載されていたけど、動いていなかっただけで、回路が開いた、目覚めた、ということが起きたでもあり、起こしてもらった。
「愛の扉は、ここにあるよ」って、開けてみて?って私の中にもともとある愛の扉を見せてもらった。
本当に今書いてみても感謝という言葉では言い尽くせない。
ありがとうございます。
2人目の愛が深い彼女
自分で自分のことを「愛が深い」と話す人に出会ったのが2人目だった。
愛を探求中なので、私は嬉しかった。
彼女がとてもあたたかい空気をまとっていて朗らかでかわいらしい人だ、というだけで、好きだと感じたけれど、その上に「深い愛」の人だなんて、出会えて幸せだと思った。
なので、「その愛にふれさせて下さい」って伝えてみた。
ふれたい~って思ったから。
自分から「愛が深い」なんて言う人のことを、以前の私なら、華麗にスルーしていたと思う。
否定はしなかったと思うけれど、愛が分からなかったし、ない設定にしていたから、「ふーん、そうなんだ」で流しちゃっていたと思う。
だけど、「愛が深いんだ」って自分で自分のことをそう言える、分かっている人のことを、今の私はとてもまぶしくて、素敵だと感じる。
私は私にもあると思う愛がよく分からないから。
やわらかい部分をそのままに
彼女の愛にふれさせてもらったと感じたのは、心のやわらかい場所をそのまま見せてもらった、と感じたからだ。
「何か感じることがあれば、メッセージを下さい」という主旨で彼女は考えたこと、感じたことなど心のままに書いた文章を共有してくれた。
そこには彼女のそのままの心があって、私は何か感じたことを伝えなければに頭が走っていったので、感じたことをちょっぴり返した。
けれど、その前にすることがあったよねって気づいた。
揺れを揺れのまま、分からなさを分からなさのままに彼女は見せてくれた。
それは私たちを信頼してくれているからであり、彼女の深い愛だと思った。
「今日気づいた愛は?」
という問いを毎日自分に投げかけているのは、その瞬間に私はそれが愛だと気づけないことがあるからだ。時差がある。
愛があるにOS更新中、愛がある世界とない設定の世界のあわいに腰かけている、探求中だから、ふれた時にすぐに気づけない。
ふり返ってみて、あれも愛だったよね?って分かることがある。
先に相手を信頼するでもあると思った。
愛が深い人は、自然とそれが出来るんだ、と改めて感じた。
1人目の愛がとんでもなく深い人も、同じように私に接してくれたから。
(かわいらしい人というのも共通点だわ、メモ)
本当にありがたいことで、感謝で幸せなことが起きていると思った。
私のことを信頼してくれているんだって分かったし、彼女からあふれている深い愛に私はふれさせてもらった。
まとめ
深い愛にふれさせてもらった。
それが分かったから、心のやわらかい場所を共有してくれてありがとう、を彼女に伝えた。
本当なら、真っ先にこれを伝えるべきだった。
だけど、気づいた時点でちゃんと伝えられたから、及第点だよね!
彼女の深い愛にふれさせてもらったこと、そして、ふれたいんだって思った私がいたこと、彼女と出会えたことそのものにも感謝だ。
魔法使いな彼女がご縁を結んでくれたから、彼女にも感謝です。ありがとうございます。
ぜひ、私も深い愛があると思われる方、私にその愛にふれさせて下さい。
あなたの愛はどんなかたち?
私の周りのすべての愛をもって接してくれる人に感謝だなって思った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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