「気をつけてね」も愛だな~って思い出した 過去にも愛を見つけられる
必ず「気をつけてね」と声をかけてくれる先輩がいた。
秋口の陽だまりになりたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、芽吹いていく旅の途中。
きらきらしたら、ぷかぷかに還るリズムを大切に。
窮屈さを感じたら、より自由を感じる方へ踏み出して。
愛にふれたり、発見したりしながら生きています。
たくさんの愛を周りの人からもらっていて、浴びさせてもらっていて、贈ってもらっている。
愛のある場に浮かせてもらっている。
あなたが帰り際に、「気をつけてね」と声をかけるのはどんな相手ですか?
愛について「今日本当にたくさんの愛をもらったな」と、ぼんやり考えていたら、あれも愛だったんだって思い出しました。
愛は心配からも生まれる。
過去において愛だと分かっていなかったけれど、私は確かに愛を与えてもらっていた。
私を通してその愛は今も循環している。
原付通勤
私は、原付通勤をしていました。
雨降りだと、カッパを着る。
時間にして20分ほど。
法定速度を守って走っていたので、そんなに危険ではないと思っていた。
だけど、車より危ないのかもしれない。
必ず「気をつけてね」と声をかけてもらっていた
だから、退勤する時に「お疲れ様でした~」と声をかけると、必ず「気をつけてね」と声をかけてくれる先輩がいました。
私にだけ必ずそう声をかけてもらっている。
多分、最初は気づいていなかった。
だけど、その言葉に心配しているという気持ちが宿っていて、だから私はいつも愛を与えてもらっていたんだ、と思いました。
その時は、ただ心配してもらっていることがありがたくて、安全運転で帰らなきゃな、と思っているだけだった。
親心みたいな愛だったのかなー。
感謝していたけれど、愛だとは分かっていなかったなぁ、と思います。
そして、周りの人はこの愛に気づいていたのかな?とも少し思いました。
その先輩が必ず原付通勤の私に「気をつけてね」と声をかけていることに。
私もそうすることにした
書いていて気づいたのが、私も「気をつけてね」と声をかけるようになった、ということ。
相手がどんな交通手段であろうと、別れ際に「気をつけてね」と声をかけるようにしている。
これはこの先輩が私にそうしてくれたからだ、と思う。
心配する心が愛から生まれている。
これは、分かりやすい。
私が受けとった愛は、先輩に直接返ってはいないけれど、循環している。
互いに循環するもあるけれど、こうやってリレーのようにめぐることもある。
光の重なりが、こうやって照らし照らされて、誰かの心に届いていく。
愛って分かってなかったし、素敵な心がけだなと思ったから、私も相手の帰路が安全であるように願う、その言葉を渡すようになった。
素敵な所を見習うという理解だったけど、私を通して愛が他の人を照らすことが起きている。
先輩の愛は、その瞬間に私に確かに届いていたし、今も私を通して誰かに届いていく。
時間を越えて、これからも先輩からもらった愛はめぐっていく。
循環する愛、その瞬間だけではなくて、こんな風に長い時間を越えていくものもあるんだね。
まとめ
誰かの愛が私に伝わる、満たされる。
それが、あふれたり、他の人に与えるにつながっていく。
愛と呼べるものだと分かってなくても、私は愛の循環の輪にいたんだな、も分かった。
あたたかい人にふれることで、私は愛を思い出す。
愛がない設定だったから、見えないって悲しいと思ったこともあったけど、これからの未来だけではなく、過去にも私は愛を見つけられた。
世界を肯定的に見てごらん。
世界に愛はあるって目で見つめてみて。
今からだけじゃなくて、過去も変えられるし、あたたかさを見つけられる。
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