人生初のフルマラソンがホノルルマラソンになった理由#3葛藤
《横浜本郷台40代・50代からのネイルスクール&サロンGreen/おうち起業サポート 47都道府県制覇を目指すネイリストランナーの伊藤みどりです》
※この記事は連載になっています。
前回の「神奈川マラソン(10km)」をなんとか完走した私ですが、その後世界はコロナ禍へ突入。楽しみにしていたマラソン大会は、次々と姿を消してしまいました。
「大会が再開されたら、ホノルルマラソンに出るんだ!」
その想いを胸に、私は焦らず、いつも通りのスローペースで走り続けました。
「動けるうちに、動く」50歳を過ぎての決断
そしてようやく、世界に日常が戻り始め、マラソン大会が再開され始めたころ。 私は50歳を過ぎていました。
ふと、頭をよぎったのは「人生の折り返し地点」という言葉。
「今、動けるうちに動かないと、本当に走れなくなっちゃうかもしれない」
人生なんていつ何が起きるか分からないし、年齢を理由に諦めるのではなく、今だからこそ挑戦したい。
そんな想いで、私はついに2023年のホノルルマラソンへのエントリーを決めました。

地元・横浜での前哨戦、そしてまさかの…
ホノルルマラソンは制限時間がないのが魅力ですが、さすがに人生初のフルマラソン。ぶっつけ本番は怖すぎます。
「本番の前に、一度フルを経験しておきたい」
そう考えて前哨戦に選んだのが、0歳から私を育ててくれた大好きな地元を走る「2023年10月横浜マラソン」でした。慣れ親しんだ横浜の街が、私の初マラソンを応援してくれるような気がしたのです。

ところが、大会直前にまさかのハプニング
なんと、足を捻挫してしまったのです。
悩んで下した苦渋の決断
「走れないことはない、かもしれない」 頭の中で葛藤が始まりました。
だけど、目の前にあるのは42.195キロという未知の長距離。
ここで無理をして足を完全に壊し、大本命のホノルルマラソンを走れなくなったら、それこそ本末転倒です。
悔しさはありましたが、私は横浜マラソンを「棄権」するという決断をしました。
というわけで。
紆余曲折を経て、私の人生初のフルマラソンは、「ホノルルマラソン」に決定したのです。
しかもその旅は、家族はお留守番。
「50代、女一人旅」の海外フルマラソン挑戦記
が、始まります
(次回に続く)
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