『万葉集』~あらゆる人の”言の葉”を集めた、現存する日本最古の和歌集~
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5月の最後は『万葉集』を取り上げます。
『万葉集』は、九世紀の初め頃に成立した日本最古の和歌集です。
収録されている歌が作られたのは、飛鳥時代から奈良時代までの約130年間。
全二十巻に収録されている歌は長歌・短歌、その他合わせて4500余首。
内容は「雑歌」「相聞歌」「挽歌」から成ります。
「雑歌」は宮中での公式行事や旅等で歌われたものや、景色を題材にしたもの。
「相聞歌」は男女の恋を詠みあう歌。
「挽歌」は死者を悼む歌です。
「万葉集」

【主な歌】
籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち
この岳に 菜摘ます孤 家 聞かな
名告らさね そらみつ 大和の国は
おしなべて われこそ居れ
しきなべて われこそ座せ
われこそは 告らめ 家をも名をも
大意:
美しい籠と美しいヘラを手に持って、この丘で菜を摘む娘よ。
あなたはどこの家の娘か。
名は何というのか。
大和の国は、すべて私が従え、すべて私が支配しているのだ。
私のほうこそ、私の家柄も名も明かそう。
(巻第一・一 雄略天皇)
◆補足◆
万葉集の最初に収められている歌。
かつて名前には霊魂が宿っていると考えられ、
通称ではない本当の名前は親と本人しか知らない時代があった。
男性が女性の名前を訊ねることは求婚を意味し、女性が名乗ることはそれに応じることだった。
熟田津に 船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
大意:
熟田津の船着き場で船出をしようとして、
よい月を待っていると、
潮の流れもちょうどよくなった。
さあ、今こそ漕ぎ出そう。
(巻第一・八 額田王)
◆補足◆
松山から博多に向けての航海の際に、潮の流れがよくなることを祈って詠まれた歌とされる。
あかねさす 紫野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る
大意:
茜色を帯びる紫草の野を行き、その天皇の御料地の野を行くあなた。
そんなに袖をお振りになって、野の番人は見ていないでしょうか。
(巻第一・二十 額田王)
◆補足◆
天智天皇が蒲生野(滋賀県蒲生郡)に行かれた際に、后の額田王(額田女王)が詠んだ歌。
「袖を振る」ことは、恋しい人の魂を招きよせる行為とされていた。
紫草の にほへる妹を 憎くあらば
人妻ゆゑに われ恋ひめやも
大意:
紫草のように美しいあなたが憎かったら、
人妻であるあなたを、どうしてこんなにも恋い慕うことがあるだろうか
(巻第一・二十一 大海人皇子)
◆補足◆
後の天武天皇である大海人皇子が、前掲の額田王の歌に返して詠んだ歌。
兄である天智天皇との三角関係を想定されるが、天智天皇の命により、宴会の余興で詠まれたという説が一般的になっている。
大君は 神にし座せば 天雲の
雷の上に 廬らせるかも
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