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『響くって、なんなのだろう』の裏話

※これは『響くって、なんなのだろう』の裏話です


こういう画像を用意したのに、表と裏で切れちゃった。

表では、「響きは自然に生まれるもの、無理に求めない」と書いた。それは嘘ではない。むしろ本心だ。けれど、あれを書き終えたあと、机に肘をついてぼんやりしていたら、もうひとりの自分がクスクス笑いながら小声で言った。

——でもさ、本音を言えば、やっぱりみんなにちゃんと響いてほしいよね。

その声は、妙に生々しかった。数字が伸びれば嬉しいし、反応がなければ少し落ち込む。結果に一喜一憂するであろうことは自分の経験上、火を見るより明らかだ。昔、あるメディア向けに記事を書いてたときに、先方から送られてくるPV(ページビュー)数リストを見て心拍数と血圧を上げ下げして、PVをたくさん稼いだライバルを妬んだもの。ああ鮮明に思い出したよ。

そうなれば「自然な振動」を生むはずである自分の口と唇にはたちまち余計な力が入り、野球で言えば「ストライクを置きに行く」ような小細工混じりの振動になる。力が入れば入るほど振動は貧弱になり、余計に共鳴が失われるのにね。

そんなことを考えている自分を客観的に眺めると、ちょっと笑えてくる。きれいごとを並べた直後に、こんな俗っぽい欲を剥き出しにするなんて。

どうせ欲をかくなら、ポジティブに考えよう。より響かせるために言葉を選び、何度も書き直し、少しでも届く形を探そうではないか。きっと数字に振り回されるし、振り回されて疲れるだろうけれど、数字がゼロでも平気なふりをするのも、エレベーターの中で透かしっぺをしておいて知らん顔をするぐらい疲れるし、なにより臭い。

響きは自然に生まれる——それは理想だ。響かせたい——それは欲だ。 私はその両方を抱えたまま、今日も文章を書いている。理想と欲のあいだで揺れながら、どちらも否定せずに。私は「理想」さんと「欲」さんのお二人と交際していくことを、真剣に考えています。

あなたにも、そんな二重構造の気持ち、ありませんか。たとえば仕事や趣味、人間関係で、理想と欲のはざまで揺れたことは?

よし、書き終えた。何人が読んだか気になるから見に行こう。

――そういうとこだよ、あんた。

こんな感じの気の抜けた文章を今後も書いていきます。
なんか、いいなと思ってもらえるとうれしいです。ではまた次回!

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