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「私は私だ」と老人は言った|SF小説 Memory Banker #04


佐倉は端末を閉じかけて、手を止めた。
五十嵐はな。
Unclassified。
その表示が、記憶の奥をかすかに揺らした。
 
指先が無意識にアーカイブ領域を開く。
検索履歴は残らない。
Memory Bankerだけに許された参照権限。
 
Elysion Case。
23年前。
 
画面が暗転し、古い評議記録が立ち上がる。
 
——会議室は静まり返っていた。
7人のMemory Banker。
中央の表示には、若い男性の人格チェーンが投影されている。
Genesis:不一致。
 
「説明を。」
議長が言う。
 
老人が立ち上がった。
身体は衰えているが、声ははっきりしていた。
「私は私だ。」
 
背後に座る
記憶を売却しすぎて、人格をうしなった若いBlank。
ジェネシスのみを持ち、人格を持たない身体。
記憶を書き込まれる前の、人間。
 
「記憶は完全に移植できる。」
「家族も私を認識できる。」
「社会的関係も継続できる。」
老人は続ける。
「何が違うと言うのですか。」
 
沈黙。
 
Bankerの1人が口を開く。
「ジェネシスが違います。」
 
別の者。
「だが人格連続性指数は98%だ。」
 
「数値では人格は定義できない。」
 
「では何で定義する?」
 
議論は平行線を辿った。
 
佐倉は当時、最年少だった。
発言権を与えられ、言葉を選ぶ。
 
「……社会が同一人物として扱い続けるなら。」
 
視線が集まる。
 
「連続性は、成立していると見なすべきです。」
 
誰かが小さく息を吐いた。
 
議長が確認する。
「前例になります。」
 
沈黙。
 
やがて投票が始まる。
承認。
承認。
否認。
承認。
承認。
 
5/7。
 
APPROVED.
 
老人は涙を流していた。
救われた人間の顔だった。
 
「Finalizationを実行します。」
議長の声だけが静かに響く。
 
7名のBankerが署名端末に手を置く。
光がひとつずつ灯る。
 
その場にいる全員が、判断者である前に観測者だった。
 
Consensus Achieved.
 
Blank側の同期端末が起動する。
Quantum Signature 再同期。
 
沈黙。
 
Network Finalized.
 
若い身体の指が、わずかに動いた。
呼吸が変わる。
目が開く。
 
だが。
 
表情がない。
 
安堵も。
混乱も。
何もない。
 
ただ存在していた。
 
佐倉は、隣を見た。
老いた身体もそこにある。
同じ姿勢のまま。
 
どちらが続いているのか、
その瞬間、誰にも分からなかった。
 
議長が告げる。
「主体ID移行を確認。」
 
制度は完了した。
社会は次の日から何事もなかったように動いた。
 
だが佐倉の中では、終わっていなかった。
 
連続性は証明されたのではない。
決定されたのだ。
 
意識が現在へ戻る。
 
端末を開く。
五十嵐はなのチェーン。
 
滑らかすぎる。
揺らぎがない。
 
Elysion Caseとも違う。
移植でもない。
欠損でもない。
 
空白。
 
「……これは。」
 
正式監査を起動すれば国家層が動く。
市場監視も連動する。
疑念は連鎖する。
 
佐倉は操作を止めた。
 
Priority Monitoring: Level 2
観察のみ。
 
判断ではない。
見届ける。
 
それが、いま彼に許された唯一の行為だった。
 
新しいログが生成される。
Observer Status: Active
 
その表示は、担当Bankerである自分の観測とは別系統だった。
 
佐倉の指が、わずかに止まる。
 
誰が。
 
見ている?



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