SF小説 Memory Banker Ghost Block編 第8話|大学受験もメモリーチェーン次第?高値で取引される大学受験チェーン
土曜日の午後。
Cognitive Belt のショッピングモールは、週末の人でにぎわっていた。
ガラス張りの天井から、柔らかい光が落ちている。
店の前には学生の列。カフェには社会人。家族連れも多い。
はなはエスカレーターの前で立ち止まった。
「ごめん、待った?」
後ろから声がする。振り向くと、同じクラスの友達が手を振っていた。
「全然。いま来たところ。」
「よかった。今日はちょっと気分転換しようと思って。」
二人は並んで歩き出す。
靴の店。雑貨。服のショップ。
休日のモールは、どこかゆっくり時間が流れている。
「はな、最近ちょっと元気ないよね。」
友達が言う。
「そう?」
「うん。授業中ぼーっとしてる。」
はなは少し笑う。
「そんなことないよ。」
友達は肩をすくめた。
「まあいいけど。」
少し歩いたあと、友達がふと思い出したように言った。
「そういえばさ。うち、今ちょっと家族会議なんだ。」
「家族会議?」
「お姉ちゃんの受験。」
はなは頷く。
「医大だっけ?」
「そう。でも偏差値がちょっと足りなくて。」
友達は苦笑いした。
「それで今、メモリーチェーン買うかどうかって話になってる。」
はなは足を止めた。
「受験チェーン?」
「うん。」
友達はスマート端末を出す。
画面にはマーケットの一覧が表示されていた。
Experience Chain Market
カテゴリーの中に Academic Preparation という表示がある。
「大学受験の経験チェーンって、結構売られてるんだって。
模試の解き方とか、勉強の習慣とか。過去の受験者の経験ログ。」
はなは画面を覗き込む。
「でも、それって普通に買えるの?」
友達は首を振った。
「認可がいる。」
画面の上には表示がある。
Licensed Memory Exchange
「Memory Chain の売買は全部許可制。
国の認可を受けた会社だけが扱える。」
Memory Chain は、ただのデータではない。
人格チェーンの一部だ。
そのため売買は厳しく管理されている。
「Exchangeって、あの大きい会社がやってるやつ?」
「そう。Helix。」
友達は画面をスクロールする。
「大学受験。外科手術。パイロット訓練。
経験が希少なほど値段は上がるんだって。」
はなは小さく息をついた。
「すごい世界だね。」
「まだあるよ。」
友達は少し声を落とした。
「DeFi型のマーケット。」
「DeFi?」
「分散型取引。人格ログをトークン化して売るやつ。」
「でも多くの国では違法かグレー。」
はなは画面を見つめた。
この社会では、経験は資産になる。
人生そのものが価値を持つ。
それが普通の世界だった。
「でもさ。」
友達が言う。
「医学受験チェーンって人気らしくて。」
画面をスクロールする。
ほとんどが Sold Out だった。
「ほら。トップ医大の合格者チェーン。」
価格が表示されている。
12,400 Credit
はなは目を見開く。
「そんなに高いの?」
「うん。」
友達は肩をすくめる。
「だから家族会議。買うべきかどうかって。」
はなは少し考える。
「買ったら、どうなるの?」
「勉強のやり方とか、思考の癖が同期されるんだって。
完全コピーじゃないけど、参考経験みたいな感じ。」
はなはモールの天井を見上げる。
経験が売られる世界。
それが普通の社会。
「でもさ。」
友達が言う。
「うちのお母さんは反対なんだ。」
「なんで?」
友達は少し考えた。
「お姉ちゃんの人生じゃなくなる気がするって。」
二人はエスカレーターに乗る。
ゆっくり上の階へ運ばれていく。
はなは自分の手を見る。
ほんの一瞬。
また同じ感覚がよぎった。
自分の手なのに、どこか借り物みたいな感覚。
はなはそっと手を握った。
そして何も言わず、また歩き出した。
