SF小説 Memory Banker Ghost Block編 第36話|「MCR100%」なのに不安が消えない?父に話す真実
はなは、端末の前で動けずにいた。
検査を受けるべきか。
受けないべきか。
答えは出ない。
指先だけが、決定ボタンの手前で止まっている。
もし、何かが見つかったら。
父と離れることになるのか。
学校には、もう行けなくなるのか。
想像が、勝手に広がる。
そのとき、通知音が鳴った。
佐倉からのメール。
はなはゆっくりと開く。
短い文章だった。
だが、その内容は重い。
未成年である以上、父親の同意が必要であること。
そして――
事故のことを、聞くべきだということ。
母の事故。
自分の事故。
そこに、何かがあるかもしれない。
画面を閉じる。
息が、浅くなる。
(……言えるの?)
父に。
あの話を。
母がいなくなってから、二人でやってきた。
壊さないように、触れないようにしてきた。
それを、今さら。
はなは視線を落とす。
そして、端末を操作する。
自分の状態を確認するために。
画面が切り替わる。
Identity Verification
アイデンティティ検証
Bio ID : Verified
生体ID:確認済み
Quantum Signature : Matched
量子署名:一致 一瞬、呼吸が止まる。
さらにスクロールする。
Identity Verified
本人性:確認済み
MCR : 100%
保持率:100%
Status : Normal
状態:正常 Normal。
その文字が、妙に浮いて見えた。
「正常」。
なのに。
どうして、こんなに不安なんだろう。
はなは、ゆっくりと画面を閉じた。
立ち上がる。
今日は、自分が先に帰っている。
夕食を作る番だ。

「……カレーにしよう」
小さくつぶやく。
父の好物。
――話をする前に。
少しでも、いつも通りにしたい。
キッチンに立つ。
にんじんの皮をむく。
包丁を入れるたびに、単調な音が響く。
トントン、と。
規則的な音。
思考が、それに引っ張られる。
タマネギを切る。
目が、痛くなる。
(……違う)
涙は、そのせいじゃない。
鍋に油を入れる。
じゅ、と音がする。
その音に、少しだけ安心する。
変わらない手順。
変わらない匂い。
ここだけは、いつも通り。
肉を入れる。
色が変わる。
水を注ぐ。
沸騰する。
その様子を見ながら、はなは思う。
もし、この日常が壊れたら。
鍋にルウを入れる。
ゆっくりと溶けていく。
最後に、チョコレートを少しだけ。
我が家の、いつもの味。
スプーンで、ひと口。
(……おいしい)
少しだけ、笑った。
「今日は、うまくできたかも」
その声は、小さい。
でも。
届いてほしい相手は、一人だけ。
父。
このカレーを食べて。
いつも通りに、笑ってくれたら。
そのあとで。
はなは、深く息を吸った。
「……話そう」
逃げない。
Normalのまま、終わるとは限らない。
だからこそ。
今、聞くしかない。
はなはエプロンを外し、静かに椅子に座った。
夕方の光が、部屋に差し込む。
その中で、ただ。
父の帰りを待っていた。
