検知ロジックが誤認した、もう一つのジェネシス|SF小説 Memory Banker #35
はなとのメモリーチェーン審査に関する会話のあと。
「少し、考えさせてください」
そう言って、はなはノードを後にした。
残された静寂の中で、佐倉は小さく息を吐く。
「……いきなりは、抵抗感が否めないか」
端末に視線を落とす。
表示されているのは、Memory Banker審査原則。
指先でスクロールする。
やがて、その一文で止まった。
MEMORY BANKER REVIEW PRINCIPLES
メモリーバンカー審査原則
Principle 1 : Genesis Priority
原則1:ジェネシス優先
Principle 2 : Continuity Priority
原則2:連続性優先さらにスクロールする。
Principle 3 : Body as Supporting Evidence
原則3:身体は補助証拠
Principle 4 : QS as Behavioral Evidence
原則4:QSは挙動証拠
Principle 5 : Approval over Proof
原則5:証明ではなく承認「証明ではなく、承認……か」
なぞるようにその一文を見つめる。
数学的な正しさではない。
人格とは、最終的に“社会が認めるかどうか”で決まる。
だからこそ、難しい。
だからこそ、やりがいがある。
そのときだった。
ピコッ
ノード内のチャットが通知を上げる。
「……誰だ?」
表示された名前を見て、少し眉を上げた。
同期のメモリーバンカーだった。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Colleague : Two trainings are scheduled in Cognitive Belt
同僚:Cognitive Beltで研修が2つ予定されている
Colleague : Registration deadline is today evening
同僚:参加申請の締切は今日の夕方だ「研修?」
佐倉は短く打ち返す。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Sakura : What is the content
佐倉:どんな内容だすぐに既読がついた。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Colleague : You did not notice
同僚:気づいてなかったのか
Colleague : Your name was not listed
同僚:お前の名前がなかったから変だと思った(……そういうことか)
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Sakura : Is it mandatory
佐倉:必修か
Colleague : Yes mandatory
同僚:ああ必修だ一拍おいて、次のメッセージが送られてくる。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Colleague : Includes Memory Chain update briefing
同僚:メモリーチェーンの更新説明が含まれる
Colleague : And Memory Chain Bank system overview
同僚:Memory Chain Bank制度の説明もある「……は?」
指が止まる。
メモリーチェーンの、プログラム更新?
そんな話は聞いていない。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Sakura : Do you know what was updated
佐倉:何が更新されたか分かるかすぐに返信する。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Colleague : Materials were shared yesterday
同僚:昨日資料が共有されている
Colleague : Wait
同僚:ちょっと待ってろ佐倉も端末内を検索する。
(どこだ……)
数秒後。
見つけた。
「あった……これか」
ファイルを開く。
次の瞬間、視線が止まった。
MEMORY CHAIN UPDATE NOTICE
メモリーチェーン更新通知
Category : Cyber Security Enhancement
区分:サイバーセキュリティ強化
Threat Model : Infostealer
脅威モデル:インフォスティーラーチャットに、同僚が資料を貼り付けてくる。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Colleague : It is cyber security update
同僚:サイバー対策の更新だ続けて、説明文が流れる。
Infostealer Definition
インフォスティーラー定義
Malware specialized in extracting credentials and personal data
認証情報および個人データの窃取に特化したマルウェアさらにスクロールする。
Target : ID Password Wallet Cookies
標的:ID パスワード ウォレット Cookie
Behavior : Stealth extraction and resale
挙動:潜伏 窃取 売買「……なるほど」
小さく、声が漏れる。
点と点が、つながる。
いままで表に出てこなかった。
五十嵐はなの、ジェネシスブロックの異常。
なぜ、今になって“観測された”のか。
「……そういうことか」
今回のアップデート。
Akashicに組み込まれた新しい監査ロジック。
それが――
(誤認した)
はなの“もう一つのジェネシスブロック”を。
不正アクセス。
もしくは、情報窃取の痕跡として。
「インフォスティーラー……」
本来、外部から侵入するはずの異常。
だが、今回は違う。
内側に、存在している。
消えなかった“もう一つ”。
ゴーストブロック。
「……なら」
思考が加速する。
(これは、バグじゃない)
(検知されたんだ)
正しく。
あまりにも正確に。
“存在してはいけないもの”として。
沈黙。
数秒。
佐倉は、チャットに指を戻した。
NODE CHAT LOG : INTERNAL CHANNEL
ノードチャットログ:内部チャンネル
Sakura : I will join the training
佐倉:研修に参加する
Sakura : Thank you for the information
佐倉:情報ありがとう既読。
スタンプが返ってくる。
佐倉は軽く息を吐き、端末に向き直った。
五十嵐はな。
そのケースの核心に、ようやく触れ始めている。
そう感じながら、
彼は、資料の続きを開いた。
