SF小説 Memory Banker Ghost Block編 第52話|ミライの初めてやってみた☆
土曜日。
Cognitive Belt中央区。
巨大なHelix Experience Centerの前で、はなは思わず立ち止まった。
「大きい・・・。」
ガラス張りの建物は空まで続いているように見える。
隣では友達が興奮していた。
「すごい!」
「本当に当選したんだ!」
「ミライの企画だよ!?」
はなは苦笑する。
数日前。
人気インフルエンサーであるミライの配信で募集されていた企画に友達が応募した。
『ミライの初めてやってみた☆』
今回は。
最新のVR Memory Experience体験会。
実際のチェーン同期ではない。
Memory Chainに保存された経験をVR空間で疑似体験するイベントだった。
Memory Bankerの承認も不要。
誰でも体験できる。
それが売りだった。
受付を終える。
案内スタッフが微笑む。
HELIX EXPERIENCE CENTER
Helix体験センター
EVENT STATUS : ACTIVE
イベント状態:開催中二人は会場へ案内された。
中央にはミライがいた。
ライブ配信中らしい。
「みなさんこんにちはー!」
歓声が上がる。
ミライがカメラへ手を振る。
「今日は世界中の体験をVRで楽しんじゃいます!」
「ミライの初めてやってみた☆」
会場が盛り上がる。

はなは少し緊張していた。
ミライは画面で見たままだった。
明るくて。
話しやすそうで。
どこにでもいそうな人気者。
だが。
時折。
耳に付けたイヤホンへ意識を向けている。
誰かと通信しているのだろうか。
そんなことを思った。
やがて体験するMemory Chainを選ぶ時間になった。
巨大スクリーンに候補が表示される。
EXPERIENCE LIBRARY
体験ライブラリ
AVAILABLE CHAINS : 124
利用可能チェーン:124件火星。
ハワイ。
北極。
エジプト。
アフリカ。
深海探査。
月面基地。
友達は迷わなかった。
「火星!」
「絶対火星!」
はなは少し考える。
火星も面白そうだった。
だが。
画面の中に映るサバンナが気になった。
「私は・・・。」
「アフリカかな。」
友達が笑う。
「はならしい。」
VRユニットが装着される。
世界が暗転した。
そして。
次の瞬間。
アフリカだった。
乾いた風。
太陽の熱。
草原の匂い。
遠くで鳴く動物の声。
はなは思わず立ち尽くす。
「すごい・・・。」
風を感じる。
草が揺れる。
遠くにキリンがいる。
ライオンもいる。
まるで本当にそこにいる。
そう錯覚するほどだった。
歩く。
視線を上げる。
空が広い。
どこまでも広い。
はなは笑った。
自然に。
心から。
その瞬間だった。
遠く。
草原の向こう。
誰かが立っている気がした。
少女だった。
こちらを見ている。
だが。
次の瞬間には消えていた。
はなは首を傾げる。
「気のせい・・・?」
VR体験は続く。
やがて終了時間が来た。
視界が白くなる。
そして。
現実へ戻った。
ゴーグルを外す。
友達が興奮している。
「やばい!」
「火星すごかった!」
「本当に宇宙にいるみたいだった!」
ミライが笑う。
「どうだった?」
友達は勢いよく答える。
「人生で一番すごいVRです!」
会場が笑う。
ミライも笑った。
その時。
イヤホンから何か指示が入る。
ミライの笑顔が一瞬だけ消えた。
本当に一瞬だけ。
「はなさんは?」
突然。
自分に話が振られた。
「え?」
「アフリカ。」
「どうだった?」
はなは少し考える。
そして正直に答えた。
「感動しました。」
「動物も。」
「景色も。」
「全部本物みたいで。」
ミライは頷く。
「怖くなかった?」
「怖い?」
「うん。」
「知らない場所とか。」
「初めての体験とか。」
はなは少し不思議そうな顔をした。
「怖くなかったです。」
「むしろ。」
「行ってみたくなりました。」
ミライは微笑む。
だが。
イヤホンの向こうから再び指示が飛ぶ。
「そうなんだ。」
「ありがとう。」
会話は終わった。
だが。
ミライの視線だけが。
はなを追っていた。

その頃。
Helix Research Center。
一般公開エリアから何十階も下。
存在すら知られていない研究区画。
研究員たちがモニターを見つめていた。
COGNITIVE TALENT INDEX : ACTIVE
認知才能指数:解析中
SUBJECT : HANA IGARASHI
対象:五十嵐はな一人の研究員が眉をひそめる。
「おかしい。」
隣の研究員が振り向く。
「どうした?」
研究員は画面を指差した。
Memory Chain Divergence Detected
メモリーチェーン分岐検出
Confidence : 87%
信頼度:87%沈黙。
部屋の空気が変わる。
「またか。」
誰かが呟く。
別の研究員が立ち上がる。
「報告する。」
通信回線が開かれる。
PRIORITY CHANNEL : OPEN
優先回線:接続中
CLASSIFICATION : RESTRICTED
機密区分:制限情報研究員が言う。
「対象に異常を確認。」
数秒の沈黙。
やがて。
通信先から声が返る。
「継続観測。」
「了解。」
研究員はためらった。
そして。
恐る恐る尋ねる。
「レン博士へ報告しますか。」
再び沈黙。
そして返答。
「既に把握している。」
研究室が静まり返る。
誰も何も言わない。
モニターだけが青く光っていた。
GHOST PROBABILITY : RISING
ゴースト存在確率:上昇中
CURRENT VALUE : 0.87
現在値:0.87誰も気付かない。
地上では。
はなが友達と笑いながら建物を出ていた。
だが。
その笑顔を。
Helixはずっと見ていた。
