「あなたは誰?」――夢で伸ばした手|SF小説 Memory Banker #09
夜。
Cognitive Belt の住宅区画は、昼よりもずっと静かだった。
通りの照明が、一定の間隔で並んでいる。
車の音も少ない。
はなの部屋の窓から、遠くに Zenith Ring の光が見える。
高い場所ほど、光は静かに見えた。
はなはベッドに横になった。
昼間のことを思い出す。
ショッピングモール。
友達の話。
医大受験のメモリーチェーン。
経験を買う世界。
そんな社会が、当たり前のように存在している。
はなは手を見た。
昼間、ほんの一瞬だけ感じた違和感。
自分の手なのに、
少しだけ遅れて動いたような感覚。
もう一度、指を動かしてみる。
何も起きない。
普通だ。
はなは小さく息を吐いた。
「気にしすぎか。」
部屋の灯りを落とす。

Moon がベッドの足元で丸くなっている。
黒い毛玉のような体が、ゆっくり上下していた。
静かな呼吸。
はなは目を閉じた。
暗い空間。
音がない。
上下も分からない。
その空間に、一本の線が浮かんでいる。
Genesis Block
Block 1
Block 2
Block 3
人格チェーン。
はなは、それを見ている。
線は静かに続いている。
滑らかだ。
揺らぎもない。
そのはずだった。
ふと気づく。
名前がない。
識別情報が表示されていない。
本来あるはずの Genesis Reference が、空白のままだった。
人格チェーンが、わずかに揺れる。
Block 2 と Block 3 の間。
何かがある。
ブロックの形。
けれど。
識別情報が表示されない。
Ghost みたいな Block。
はなが近づいた瞬間、チェーンがわずかに揺れた。
一本だったはずの線が、ほんの一瞬だけ二つに分かれる。
そして、すぐに元へ戻る。
何もなかったかのように。
Block の奥で、何かが動いた。
小さな影。
誰かが、そこにいる。
子供?
声は聞こえない。
けれど。
こちらを見ている。
Ghost Block の向こう側から。

あなたは誰?
はなは手を伸ばす。
触れれば、何かが分かる気がした。
その瞬間。
チェーン全体が、強く揺れた。
はなは目を開けた。
部屋は暗い。
窓の外に、街の光が見える。
胸が少し速く動いていた。
夢?
はなはゆっくり体を起こした。
足元で、Moon がこちらを見ている。
黒い目が、まっすぐはなを見ていた。
はなは何も言わない。
ただ、さっきの夢を思い出していた。
Ghost Block。
あのブロックの向こうに、
確かに
誰かがいた。
小さな、
はなより少し幼い
女の子だった。
